第3話 YesかNoか

 1〜9までの数字のカード。その中に1枚だけ、裏面に悪魔の絵柄の描かれたカードがある。


 プレーヤーの2人はそれぞれ一度だけ質問をすることができる。

 その質問に悪魔は“Yes”か“No”のいずれかで答える。


 5分以内に一度だけ解答が許され、的中させることができればゲームクリア。


 これはそういうゲームだ。


 混乱する頭に鞭を打って、御代みしろはルールの要点を振り返った。


 戸惑いは消えるどころか恐怖に変わりつつあった。

 相手は自分の姿をした、悪魔を名乗る女。ゲームに負けたらどうなる?


 けれど、怖がっている時間がないこともまたわかっていた。

 制限時間は5分しかない。


 考えなきゃ、考えなきゃ、考えなきゃ。

 焦燥に駆られながら。あるいは背中を押されながら御代の思考が展開される。


 どこかに解くためのヒントがあるはずだ。


 まずもってゲームを仕掛けてきたのが悪魔だという事実。いろいろ考えても、ここにヒントを見つけることはできなかった。


 “死”を意味する“4”の数字や、“666”のように悪魔と関連付けられる数字が答えであるなら話は早い。

 でもそうである根拠は全くない。


 答えが4の可能性も、6の可能性も、等しく九分の一だ。確率に偏りなんてない。


 おそらく重要なのは2回だけ許された“質問“をどう使うか。

 どんな質問をすれば答えを絞ることができるか、だ。


 御代は指を折りながら、質問の内容を吟味する。

 悪魔からの返事は必ずYesかNoで返ってくる……。


 答えはYesかNoのふたつにひとつだけ。


 あ、だったら。


「先輩。私、思いついちゃったかもしれません」


 隣で考え込む桂木かつらぎに、御代はひらめきの言葉を口にした。


「こう聞いてみるのはどうですか? 『答えの数字は1~5までの間にありますか』って。

 そうすれば答えが何であろうと、選択肢を半分にまで減らせます!」


 御代の考え。それは、並んだ数字の中間にラインを引くといったものだった。

 

 悪魔の絵柄があるのは1〜5の間にありますか。そう尋ねる。


 答えがYesなら次は1〜5までの5択。

 Noなら次は6〜9までの4択に絞られる。


「質問は2回できますから、次も残った数字で同じことを聞きます。

 そうしたら最終的に、かなりの部分まで答えを絞り込めるじゃないですか」


 焦燥の中で見つけた希望を、晴れた顔で御代は語った。


 その希望を、桂木はわずかの間もなく「だめだ」と切って捨てた。


「ど、どうしてですか先輩」


 検討する様子さえ見せなかった桂木に、御代は抗議の目を向けた。

 桂木は「その戦略は分が悪すぎる」と端的に答えた。


「仮に、もっとも俺たちに有利な展開で答えが絞れた場合を考えようか。


 最初の質問で、答えが6~9までの4つに絞れたとする。

 そして次も同じ方法で、答えを半分にまで絞れたとする。


 そうしたら最終的に選択肢が二つ残ってしまう。回答は一度しかできないから、正解できる可能性は50パーセント。

 最も都合のいいパターンでも、勝率50%にしかならない。それじゃあまりに希望が乏しい」



 うまくいっても五分五分。それは御代にとっても歓迎できる展開ではなかった。最後が運任せならばなおさらだ。


 運なんて当てにできない。

 こんなゲームに参加させられている時点で、今日の運勢は紛れもなく最悪だ。


 どうしよう……。呟いて、御代は頭を抱えた。

 このままじゃ、負ける。負けたらどうなる?


 それも自分だけじゃなく、桂木先輩まで。


 悪い想像ばかりが御代の頭を巡り巡る。負の感情が全身を満たしてゆく。


「ごめんなさい。ごめんなさい、先輩」


 御代は謝罪の言葉を漏らした。その眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「私が家に来てほしいなんて言ったばっかりに」

「謝るなよ、御代。そんな場合じゃない」


「でも……だって」

「大丈夫だ」


 しゃくりあげながら言葉を紡ぐ御代の頭を、桂木はそっと撫でた。

 柔らかい笑顔だった。安心させるような表情だった。


「大丈夫。ゲームには勝てるさ。このゲームには、必勝法がある」

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