04 よく目があうけれど

「秀一、アルバイト始めなさい」


 と親から急に電話がかかってきたのは昼休み。

 今日も部室に来てと氷南さんから呼ばれていたので慌ててパンを買いに行っている最中の事だった。


「急にどうしたんだよ母さん」

「小遣い、あげたいけど厳しくてね。私の職場の人の旦那がやってるカフェ、人手足りないらしくてさ。どうかなって」

「まぁ、考えとくよ」


 アルバイトは興味あったし、小遣いも欲しいところだからちょうどいい話だった。

 しかもそのカフェ、学校のすぐそばだから帰りに寄れるし便利この上ない。


 でも、そうなると部活どうなるんだろ。


「お待たせ氷南さん」

「待った。遅い」

「あ、ごめん」


 冷たく。睨むように俺を見る氷南さんは机に弁当箱を……二つ?


「あれ、それって」

「もしかして、パン買ってきちゃった?」

「え、いや何も聞いてなかったし」

「じゃあ、これいらないよね」

「い、いるいる!パンは放課後食べるよ」

「優しい……」

「え?」

「……プイッ」


 いつものように彼女はそっぽを向く。

 プイッとしてぷくっとなるのコンボ技だ。でも、これが本当に可愛すぎて癖になる。


「じゃあ、いただきます」

「迷惑じゃ、なかった?」

「ぜ、全然!氷南さんのお弁当おいしいから嬉しいよ」

「ならよかった……」

「あ、明日も作ってくれる、の?」

「……嫌ならいいけど」

「お、お願いします!でもしてもらってるだけじゃ悪いし……そうだ、今度の休みにどこか食事でも」

「休み?」


 首を傾げながら、氷南さんは俺を冷たい目で見てくる。

 しまった、完全に調子に乗ってしまった。


 休日に食事に誘うなんて、まだ百年は早い……


「ご、ごめんうそだよ!冗談」

「嘘、なんだ……」

「え、あれ?」

「いい。知らない」


 いつにも増してぷくっとする彼女はそのまま弁当を食べだした。

 プルプル震える箸は本当によくおかずをご飯の上に落下させる。

 お箸使うのがちょっと下手、なのか?


「見ないで」

「ご、ごめん」

「うう……」

「ど、どうしたの?体調でも悪い?」


 俺が覗き込むと彼女の顔が瞬間的にカッと赤くなる。

 もう、煙でも出そうな勢いだ。


「み、見ないでって言ってるのに!」

「ごご、ごめん……」

「(私のバカ……)」

「え?」

「な、なんでもない!」


 彼女とはずっとこんな感じだ。

 しかしいつまでもこの調子というわけにもいかないだろう。


 何か、もう一つくらい仲良くなれるきっかけがあればいいのだけど。


「そうだ、今度氷南さんの好きな本も持ってきてよ。読んでみたい」

「私の、好きな本……」

「うん。ラノベとか読まないの?」

「読む、けど」

「じゃあ一冊ずつオススメ、持ってくることにしようよ」

「う、うん」


 ようやくそれらしい話ができた。

 彼女の趣味を知り、俺の好きなものを知ってもらう。

 まぁ、仲良くなるためのベタな通過儀礼だけど彼女のことを少しずつ知って行く以外に仲を深める方法はない。


 そんな昼休みを終えて俺たちは教室に戻る。


 すると


「おい、ちょっといいか泉」


 と言いながら羽田が俺の首をロック。


「いてて、なんだよ急に」

「お前、あの氷南さんとどういう仲だ?」

「は?いや、別に部活動仲間ってだけで」

「昼休みまで部活か?バカ言うな、みんな噂してるぞ」


 羽田は俺がいない間に教室で何が起こっていたかを丁寧に解説してくれた。


 つまりは、俺と氷南さんが二人でコソコソ出て行くものだから、てっきりどこかでイチャイチャしているに違いないと、皆がそう噂していると言うのだ。


「おいおい、俺はただ部活の方針を話してただけだよ」

「え、マジか?なーんだつまんねぇな。ま、あの氷南さんだもんなー」


 羽田は飽きたおもちゃのように、俺をポイっと離してからつまらなさそうに席についていた。


 まぁ、俺が彼女を意識しているのは確かだけど氷南さんはただ痴漢から助けてくれてちょっと話を聞いてくれる同級生くらいにしか、俺のことは見てないだろう。


「でも、部活のこととはいえ誰かと話してる彼女なんて珍しいぞ。案外、脈あるかもな」

「だといいけどなぁ」

「嫌な相手となら二人きりで部室とか行かないって。大丈夫、俺が保証するぜ」

「お前に太鼓判押されてもって感じだけど、な」


 チラッと。彼女を方を見てみる。

 サッと。目を逸らされた。


 ……やっぱりないよなぁ、脈なんて。



 あ、泉君と目が合っちゃった。

 どうしよう……それなのに目、逸らしちゃった。


 でも、羽田君と仲良いみたいだけどいつも何話してるんだろ?

 もしかして私の悪口?


 ……泉君に限ってそれはない、かな。

 でも、誰とでも仲良くしてるし彼は優しいから、きっと私のことも心配で付き合ってくれてるだけなんだろなぁ。


 あー、お弁当作ってきてて迷惑じゃなかったかなぁ。

 絶対困ってた。うん、戸惑ってたもん。


 うう、早く放課後こないかなぁ。



 ずっと窓の外を見ている彼女の方を向いて呆けているとすぐに放課後になる。


 今日こそは、彼女と一緒に教室を出ると授業中に先生の話なんてそっちのけでシミュレーションしていた俺は思い切って声をかける。


「氷南さん、部活行こっか」

「……別に、言われなくても行くもん」


 眉一つ動かさず、彼女は立ち上がる。

 そして声をかけた俺のことなど見えないかのようにさっさと教室を出て行くので慌てて後を追う。


「ま、待って」

「ううう、後ろ歩いて」

「え、わ、わかった」


 あまり顔を見られるのが好きじゃない、のかな?

 いや、俺がいつもジロジロ見てるから嫌気がさしてるんじゃ……


 うーん、どうしても彼女の方を見てしまうけどちょっと控えた方が良さそう、だな。


 俺は彼女の三歩後ろをついて行き、部室へ向かう。

 そして部活とはいってもいつものように二人で静かに本を読むだけ。


 …………


 …………


 ダメだ、集中できない。

 気になっている女子とこんな静かな部屋で二人きりとか、よく考えたら相当やばい状況だ。


 羽田のせいで変に意識してしまう。

 なんか勝手に気まずい。


 さりげなく。彼女を見るとまたしても目が合ってしまった。


 今度は俺の方が慌てて目を逸らした。

 そしてもう一度だけ、さりげなく横目で彼女を見ると本に集中していた。


 はぁ……今、睨まれてたよな。



 ま、また泉君と目が合っちゃった……


 ど、どうしよう。

 ずっと本を読んでる泉君を見てたの、バレちゃったかな……


 でも、なんで何も話しかけてくれないんだろ。

 やっぱり、私のことなんてなんとも思ってないのかなぁ。



 気まずい空気を打破しようと決意したのは、彼女と目が合ってしばらくしてからのことだった。


 というのも、読んでいた本を最後まで読み切ってしまったのだ。

 また新しいものに手を出す時間帯でもないし、でも彼女はまだ読書を続けている。


 だからもう少しだけ待とうと思っていたのだが、どうもこの空間が落ち着かず、声を出さずにはいられない。


「あ、あの」

「ど、どうしたの?」

「ごめん急に。それ、面白い?」

「うん、おもしろいよ」


 氷南さんが読んでいるのは俺が家から持ってきたラノベ。

 正直な話、氷南さんはもっと難しそうな本を読むイメージを勝手に持っていたけどラノベも読むのだと少し驚いてはいた。


「そっか。じゃあ明日のオススメ楽しみにしてるよ」

「私も……」

「え?」

「き、今日はもうそろそろ、帰ろっか」


 パタンと本を閉じた彼女は慌てる様子で立ち上がりそそくさと帰り支度を始めた。


 急に帰ると言われて、俺も慌てて準備をする。

 またなんか変なこと言ったかな?


 テキパキと片付けをする彼女を見ながら首を傾げていると少し睨むように見られた。


「早く、行くよ」

「ご、ごめん」


 やっぱり氷南さんはクールだ。

 そして綺麗だ。


 でも、全然距離が縮まらない。

 そもそも仲良くなるというのはどの辺りからなのかという明確な線引きを俺は知らないが、まだ彼女と打ち解けたとは言えない状況であるのは確か。


 だって、連絡先も知らないもんな。


 結局無言のまま、学校を出て二人でトボトボと歩く。

 もう、駅がすぐそこになってしまった。



 こうやって彼と夕方の誰もいない帰り道を歩くとき、世界で二人だけがここに取り残されたような気分になるのがとても好き。


 でも、電車に乗ったらまた彼とは明日まで会えなくなる。

 寂しい……せめて連絡先くらい知ってたらなぁ。


 思い切って訊いてみる?

 ……無理無理!絶対無理!そんなことしたら絶対変に思われる。


 ああ、駅が見えてきた。

 はぁ……


「どうしたの氷南さん?」

「な、なんでもない」


 私のバカ―!せっかく泉君が気遣ってくれてるのになんて態度なのよ。

 でも、顔が見れない……鼻血出そうだよぅ。


「電車、時間ちょうどよかったね」

「うん、そうだね」


 結局。いつものように電車に乗って彼の隣で揺られている私。

 連絡先、訊いてくれたりしないかなぁ。しないよなぁ。


「氷南さん、明日はおすすめの本楽しみにしてるよ」

「き、期待しないでね」

「氷南さんのおすすめなら絶対面白いよ」

「だと、いいけど」


 泉君ってラノベ読むんだよね。

 うん、私もラノベしか読まないし持ってくるのは恥ずかしいけど気に入ってくれるといいな。


 明日のことを考えて勝手に緊張していると、私の最寄り駅までついてしまった。

 今日は、どさくさに紛れて彼を電車から引きずり出せそうなほど混んでもいない。


 空気の抜ける音と共に私のくぐりたくない扉が開いてしまった。


「じゃあ、ここで」

「うん、また明日ね氷南さん」


 ……やっぱり嫌。

 このまま別れるとか寂しいよう。


 うう、勇気を出せ私。連絡先くらい別におかしいことじゃないもん。

 

 よし!


「泉君!」

「あ、危ない!」

「へ?ぎゃふっ!」


 私は。電車のドアに挟まれた。

 そして絞り出されるように変な声を出してしまい、私というストッパーのせいで電車のドアがもう一度開く。


「だ、大丈夫?」

「こ、来ないで!」


 私は走った。

 挟まれてジンジンする鼻をおさえながら、涙目になって改札を出て行く。


 もう、私のバカ。ドジ。まぬけ!


 なんともかっこ悪い、可愛さのかけらもない姿を泉君に見られてしまい、私は家で死ぬほど落ち込んだ。


 結局、今日も彼の連絡先を訊けなかったし。


 

 


 



 

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