34 気合入ってます!


 は、早く食べてくれないかな……

 せっかく泉君にあーんしながらお弁当を消化するという最高のプランを思いついたのに、泉君が食いついてくれない。


 急にこんなことをしてやっぱり戸惑ってるのかな?

 でも、付き合ってるとこういうことするのは普通だって、昨日読んだヤッホー知恵袋にそう書いてたし……


「じゃあ、もらっていい?」


 ようやく泉君が口を開いた。

 な、なんかすごくエッチなことしてるみたいで緊張する……


 ……あれ、よく考えたら、私のお箸であーんしたら。


 間接チューになっちゃう!?


「じゃあ、いただきます」

「ま、待って!」

「え?」

「あっ、ええと……」


 しまった、せっかく泉君が食べようとしてくれたのに。

 で、でもチューなんてまだ早いよう……しかも学校でなんて……い、淫乱だと思われる!


「あ、あの……食欲ないから、食べていいいよ」


 結局あーんは断念して、素直にお弁当を泉君に分けることにした。

 そしてさっきの緊張のせいでバクバクなる私の心臓はおさまらず、ちょっと気分が悪くなっていた。


「ううっ……」

「大丈夫?顔色悪いけど」

「うん……平気」


 それでも彼に心配をかけまいと踏ん張って、昼休みが終わる前に一緒に教室に戻ることにした。


 そういえば放課後は買い物した後でアルバイトもあるのに大丈夫かな……

 なんかせっかく付き合ったのにそれらしいこと、まだなんもないなあ。


 やっぱり私がダメだからなのかなあ。

 ううっ、考えてたらお腹痛くなってきた……



 彼女と共に教室へ戻ると、空気が一変したのがすぐにわかった。


 皆が俺の横を見て焦っている。

 その視線の先には氷南さんが。


 見ると、まるで仇を見るような目で氷南さんが皆を睨みつけている。


 ……こわい。

 あまりの圧力に俺までひるんでしまい、そのまま無言で席に着く彼女に誰も近づくことはできず、そのまま昼休みが終わってしまった。


 授業中もずっと鋭い目つきを変えない彼女は、先生までもビビらせていた。


 一体何があったのか。

 もしかして、あの睨みも彼女なりになにか考えがあってのことなのだろうか?


 でも、こんなことしてたら友達がいなくなるどころかいじめられかねない。

 ……心配だよ、氷南さん。



 お、お腹が痛い……あんまりお昼食べなかったのに、空腹で逆に胃が痛いというか。


 でも、我慢我慢。

 あんまりひ弱いところばっかり見せてたら、それこそ香月さんみたいな元気女子に負けてしまう。


 必死で腹痛に耐えながらもがく私を、泉君が時々心配そうに見てくるのがわかる。

 ……やっぱり顔に出てるのかな?


 なんとか午後はやせ我慢で耐え抜いて、放課後になった途端、今日はいつもより早くクラスのみんなが教室から出て行ったような気がした。

 夏休みも近づいてきたし、みんな忙しいのかなあと帰る準備をしていたら泉君が。


「買い物、行こっか。それにアルバイトあるから早くしないとだし」

「うん、行く」


 そうだそうだ、買い物とアルバイトだ。

 泉君と一緒だしきっと楽しい放課後になるに違いない。


 なんかお腹痛いのもちょっとおさまってきたし、頑張るぞー!



 うーん、彼女の威圧感に気圧されるようにみんな帰ってしまった。

 これじゃあ彼女がどんどん孤立して……いや、以前から彼女は孤立した存在だったけど、それがなんでかってのが仲良くなってみてよくわかった気がする。


 うーん、要するに他人との距離の詰め方が下手なんだろうな。

 それに、あのにらみだってもしかしたら目が悪いだけって可能性もある。


 その辺りがうまくできるようになれば、多分彼女ももっとクラスに溶け込めるはずなんだけど。


 そんなことを考えているうちにホームセンターに着いた。

 この街では一番大きな店で、とにかく広いうえに他の商業施設と隣接していることもあり、暇な大人や学生が夕方はいつもここでブラブラしながら時間を潰している。


 俺たちは後の予定があるため、部室用の本棚を見ていいと思うものを数点ピックアップした後にアルバイトに向かうという流れでさっさと目的を済まそうとしていたのだけど、気が付けば氷南さんの姿が隣から消えていた。


 あれ?なにか他のものでも見に行ったのかな。


 ……でも、時間あんまりないんだけどなあ。


「氷南さん、どこかな?」


 少し大きめな声で呼んでみたけど反応がない。


 そして、まさかの可能性を考えたりしてみたのだけど、それはあまり信じたくはなかった。


 まさか、ホームセンターで迷子?



 まさか、ホームセンターで迷子になるなんて……

 泉君が本棚見に行くのに素直について行ってたらよかった。


 なんでさっきの子供がもってたお人形が可愛いからって、そっちにつられてついて行っちゃったんだろう……

 

 さっきの猫さんのお人形かわいかったなあ、どこで買ったのか教えてほしかったのに。


 ……じゃなくって、今ここどこ?


 そ、そうだ泉君に電話……って携帯教室に忘れた!?


 ううっ、ほんとどうしようもないなあ私。


「あっ、氷南さん。よかったいたいた」

「ご、ごめんなさい」


 困っているところにいつも泉君が。

 もう彼がいないと私、外出も怪しいレベルだ。以前にも増して妄想が爆発しているせいかポンカス具合がひどくなっている気がする。


 で、でも泉君がダメ女製造機とかそういうわけじゃないから!

 私がそもそもダメ過ぎるだけで。


「時間ないし、アルバイト行かないと」

「そ、そうだね。ええと、携帯学校に忘れちゃって」

「え、それは困ったな。じゃあ急いで取りに行こう」

「で、でもそうしたら泉君までバイトに」

「いいよ、一緒に遅刻して謝ろう」


 はうう、なんて優しいの泉君って!

 でも、本当はここで断らないといけないはずなのに、つい彼に甘えてしまう。

 

 机の上に置かれたままの携帯をとってから、アルバイト先に行って二人仲良く三十分遅刻で仕事を開始。

 学校のこととかで遅れたとうまく言い訳してくれるのかと思っていたけど、泉君は自分が手間取っていて遅れましたと素直に頭を下げていた。


 そんな彼を見て私はうっとり。

 もう一生彼について行こうと、勝手に決めちゃってたり。


 そんな状態なのでアルバイトなんて手につくはずもなく、最初の一時間で私がやったことと言えばお皿を三枚洗って二枚割ったくらい。


 ……これはヤバいと、さすがの私でもわかる。

 だから切り替えて、しっかり挽回しないと!


 というわけで氷南円、気合注入!

 

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