35 大変よくできました


 どこから出してきたのかわからないエナジードリンクをぐびぐびと飲んで、すんごい目つきに変貌した氷南さんを見ながら俺は勝手に不安を大きくしている。


 気合を入れたつもりなのだろうけど、空回りしないでくれと願いながらテーブルの食器を下げていると、お客さんの一人が「ひっ!」と声を出した。


 恐る恐る声のする方をみると、まるでその客を殺そうとするような目で睨みながら

オーダーをとろうとする彼女の姿が。


「……ご、ご注文」

「ご、ごめんなさいはやく決めますから、ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってください」

「……ご注文」

「こ、これでいいです!」

「し、少々お待ち……いただけ、ますか?」

「ま、待ちます待ちます!」


 すっかりお客さんの男性がビビッてしまっていた。

 いや、多分緊張してるだけなんだろうけどすごい迫力だった。


「泉君、二番さんのオーダー……あれ、なんだっけ?」

「か、書いてないの?」

「う、うん書き忘れた。もっかい聞いてくるね」

「あっ、待って」


 もう一度同じテーブルに行き、もう一度オーダーを訊きなおしているだけだったのだけど、お客さんは震えながら「僕の滑舌が悪くてすみません」と謝っていた。


 ……大丈夫かな。


「泉君、二番さんハンバーグセットだって」

「そ、そっか。じゃあ出来たら俺が持っていくね」

「私が行く。それくらいできるもん」


 バカにしないでよと、ぷくっとする彼女はすごく愛らしい。

 どうしてその顔をお客さんにできないんだろうと、心の中でため息を。

 それに俺が持っていこうとしてるのは、これ以上あのお客さんをビビらせたくないから、なんだけど……


 結局ハンバーグができた後、氷南さんが二番テーブルにもっていってしまい、しかも重かったせいか「ドンッ」と音を立ててテーブルにそれを置いたことでさらに男性客はビビってしまっていた。


 会計の時にレジで「おつりはいいですから」と千円札を置いて帰ってしまった。

 これってもうあの人来ないよな……。


「あ、あの。どうだった?」


 少し人が落ち着いたタイミングで彼女が俺に質問を。

 多分、仕事ぶりについての感想が聞きたいのだろう。


「う、うん。よく動けてるね。でも、もっと表情緩めてもいいと思うよ?」

「そ、そっか。営業スマイル、だもんね」

「そ、そうそう。ニッコリしてる方が向こうも安心するし」

「わかった、やってみる」

「あっ、待って」


 早速長居するお客さんのところに行って「お水お入れします」と訊きに行っていたのだけど、その時お客さんが「も、もう帰るから!」と言ってビビッて店を出て行ってしまった。

 こっちから顔が見えなかったんだけど、どんな顔してたんだ……


 結局こんなことが何回かあって、正直俺は彼女の進退について不安しかなかった。

 客を追い返すなんて営業妨害もいいところ。

 そんな彼女を店長さんはどう見ているのだろうかと不安で仕方がなかった。

 そして閉店時間が来た時に店長が彼女に声をかけにくる。

 

「あの、氷南さん」

「は、はい」


 俺は怒られるか、はたまたこの場でクビと言われるのかとも覚悟していたのだけど。


「いやあ、今日は助かったよ。あいつら水で粘りやがるからいつか注意してやりたかったんだけど」

「……?」

「喫茶店だしそりゃこっちも文句言えないんだけど、さすがにマナー悪いというかね。だから追い返してくれてスカッとしたよ。はいこれ、二人で帰りに何か食べて」

「……?」


 なぜか店長さんに褒められて、千円までもらっていた。

 そのあと嬉しそうに、まるでお年玉をもらって目を輝かせる子供のように彼女がこっちに戻ってきた。


「泉君、お小遣いもらっちゃった。帰りにどこかで買い食いしよ」

「うん、よかったね。じゃあコンビニにでも寄る?」

「わーい」


 珍しく感情を表に出して喜ぶ姿を見るとホッとする。

 やっぱり彼女は普通の可愛い女の子。いつもはちょっと緊張がひどいだけなのだ。


 店長さんに挨拶をしてから店を出て、駅までの間にあるコンビニで二人でアイスを買った。

 それを食べながら歩いていると、チラチラとこっちに視線を感じる。


「どうしたの?」

「それ……おいしい?」

「うん、チョコ味って大体おいしいし」

「……」


 バニラ味が気に入らなかったのだろうか、俺のチョコ味のアイスをしきりに気にしてくる。


 もしかしてほしいのかな?


「あ、あの、よかったら食べる?食べかけだけど」

「……いる」

「じゃあ、はい」

「わーい」


 俺が差し出すと可愛い舌で俺のアイスをペロリ。

 そして破顔一笑。「おいしー!」と喜んでいた。


「……」

「どうしたの、泉君?」

「え、いやなんでもないよ」


 俺が食べたアイスを氷南さんが舐めて、間接キスかもとか思ってしまったことは言わないでおこう。


 今時そんな中学生みたいなことを話して笑われたくないし。


「遅くなったけど、家までは一人で大丈夫?」

「うん、ありがと」

「じゃあまた明日もよろしくね」

「うん、バイバイ」


 電車に乗るとあっという間。

 氷南さんは一つ手前の駅で降りていく。


 テケテケと可愛らしく改札に向かっていく彼女を窓から見守りながら、俺を乗せた電車は次の駅へと走りだした。



 ひゃううーっ!泉君と間接チューしちゃったー!


 あー、よく考えたら彼の食べたアイスを私がペロリなんて、めっちゃやらしい子だー!


 あー、泉君ドン引きしてたー、死にたい―!


 間接キスで悶える私は、もし本当にキスなんてしたらどうなってしまうのだろうと妄想してしまい、やがて泉君とのキスシーンが頭に浮かんで夜中の自室で盛大に鼻血を出してしまいましたとさ。


 

 

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