36 困った時にはいつでも
♥
「私、アルバイトで褒められたの」
朝からどや顔でお母さんに自慢してみた。
そりゃそうだ。人に褒められた記憶なんてないし、まして臨時ボーナスまでもらったのだから自慢したくもなるってもので。
「へー、何したのよ」
「ええと、お客さんに接客してたらみんな帰っていって、よく帰してくれたとかいってくれたけどよくわかんない」
「……あんたって案外運がいいのかもね」
「?」
褒められたのかはよくわからないが、まあよかったんじゃないと笑う母をみると、やっぱり私には追い風が吹いていると、そう確信した。
大好きな泉君と付き合って、クラスでも堂々とできてアルバイトも順調で。
怖すぎるくらい順風満帆な今が少し怖いまである。
「じゃあ、いってきます」
もうスキップなんてしながら駅に行って、改札をくぐって電車に乗って泉君の顔を見たところで思い出したことがある。
……学校の荷物全部忘れた。
♥
そんな浮かれポンチな私はお母さんに泣きながら電話をして学校まで荷物を届けてもらうところから学校が始まった。
今日も泉君は羽田君たちと楽しそうに話している。
一方の私のところへは誰も来ない。
もちろんそれはいつものことだし気にはならないけど、でも時々誰からかはわからないけど視線を感じる。
それが泉君じゃないことはわかっている(だって私が泉君ばかり見てるから)
それなら誰かなとキョロキョロしていると、香月さんと時々目が合うことを確認。
視線の正体は彼女だった。
……なんだろう、昨日しっかり対応したつもりなのにまだ何か用事があるのかな。
そう思っていた昼休み、泉君とご飯に行こうと思っていたところで香月さんに声をかけられる。
「あの、ちょっといいかな」
「? どうしたんですか」
「いいから、ちょっと来てよ」
愛想のいい彼女ではなく、少しムッとした様子で私は教室の外へ連れ出される。
階段の踊り場までくると、他に数人が待っていて私は香月さんたちに囲まれた。
「あのさ、泉君と付き合って調子乗ってない?」
知らない他のクラスの子がそう話す。
それに対して首を傾げると怒った様子でその子が前に来ようとしたところを香月さんが止めていた。
「あのねツンデレラちゃん。私、泉君のことは入学した時からいいなって思ってたの。それなのに横取りってちょっとあんまりじゃないかな」
香月さんは笑っているけど、でも怒っているのがよくわかる。
そしてこれが今どういう状況なのかも、鈍い私でもすぐにわかった。
だって、私は中学の時にいじめられていたから。
だから今ここにいるみんなは私の事が嫌いなのだろう。
きっと何を言っても難癖つけられて終いには殴られたりひどいことを言われたりするんだろう。
でも、一個だけ言いたいことがある。
「……私の方が、先だから」
「は?何がよ。あんた、泉君と話し出したのって結構後でしょ」
「……違う、もっと前から知ってた」
「いつよ。中学も違うくせにでたらめ言わないで」
「嘘じゃない、ほんとだもん!」
そう。私は泉君のことを、助けてくれたあの日からずっと好きだったのだ。
だからぽっと出のように言われるのは気に入らない。私だってプライドくらい……
「急に大きな声出すなよ」
「す、すみません……」
むりー、やっぱり怖い……
高校では流石にいじめとかないかなって思ってたのに、なんでこんなことに。
やっぱりいいことが続きすぎたせいだ。私にはやっぱり不釣り合いな幸せがたくさん起こりすぎてたんだ。だからその反動で……
「ねえ、昨日のこと謝ってよ。私、クラスですっごく恥かいたんだけど」
「昨日……なにかした?」
「あーマジでイラつくわあんた」
香月さんが手をあげた。
あっ、殴られるんだってわかった。
でも、その時に声が。
「おい、なにしてるんだよ」
「い、泉君?」
泉君が来てくれた。
そして私の前に割って入った彼が、香月さんを睨んでいる。
「今、彼女を殴ろうとしてただろ」
「ち、違うのよ。だって彼女が私にひどい対応するから」
「だからって寄ってたかって卑怯だよ。香月さんがそんな人だとは思わなかった。正直見そこなったよ」
「え、いや、あの」
「どういうつもりか知らないけど、俺は氷南さんが好きだから。だから何されても気持ちは変わらないから。彼女に何かしたらもう話さない。行こう、氷南さん」
泉君が私の手を引いて彼女たちを振り切った。
私は連れられるまま走って、やがて部室のあたりまできたところで彼が「大丈夫?」と声をかけてくれる。
「何もされてない?ごめんね来るのが遅くなって」
「だ、大丈夫……私こそ、ごめんなさい」
彼女たちの話を聞いていると、私が怒らせた原因なのはよくわかっている。
中学の時もそう。自覚はないのに睨んでいたと難癖つけられたり、バカにしたような目で見てきたと激昂されたりなんてトラブルが多かった。
多分私は、無自覚だけど彼女たちに不快な思いをさせているのだろう。
だとすれば、やっぱり悪いのは私だ。
なのに……
「氷南さんは悪くないよ。あんな集団で来る方が卑怯だ。でも、相手への言い方とかは気をつけようね」
優しく、それでいて私の至らないところもちゃんと注意してくれる。
泉君はどこまでも素敵だ。そんな彼を見ていると私は泣きそうに、いや泣いた。
「ううっ、ひっぐ、えーん!」
「ちょ、ちょっと氷南さん!?」
「うわーん!」
「と、とにかく中に入ろ!」
部室に入ってからも、しばらく私は泣き止むことができず、そんな私をお昼も食べずに待ってくれている泉君を見て、少しおさまりかけたところでまた泣きそうになった、そんな昼休みでした。
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