37 変なことばかりかんがえちゃう


「香月さんたちと、仲直りしようよ」


 さっきまで彼女たちに囲まれて怖い思いをした相手にそんなことを言うのは少々酷なことかとも思ったけど、このままではまた同じようなトラブルが起こるとそう考えて彼女への提案を決断した。


「……うん」


 案外素直に受け入れてくれたのは、彼女自身、自分の振る舞いが周りには悪く映っているという自覚があるからだろうか。

 でも、それなら話は早い。


「よし、それなら羽田に頼んで間を取り持ってもらうよ」

「ま、待って……その、いい考えが、あるんだけど」


 彼女は携帯を取り出すと何かを検索し始めた。

 ……お菓子?


「こ、これ、駅前に売ってるやつ。みんなでわけたらいいかなって」

「ああ、なるほど。じゃあ明日朝買ってから学校でみんなに配るんだね」

「うん。どうかな?」

「いいと思うよ。じゃあ、明日は家まで迎えにいくね」

「う、うん!」


 彼女も色々と考えていたようだ。

 でも案外いい作戦かもしれない。美味しいものをいただいたら警戒心は自然と解けるものだし、なにより彼女がいいと思うことをやった方がうまくいく気がする。


 話がまとまったところで昼休みが終わり、一緒に教室に戻ると少しだけクラスがざわついたのがわかる。


 氷南さんにみんなが反応している。

 早く何とかしないと、だな。


 明日のことを考えながら過ごして放課後になり、今日もアルバイトに彼女と向かう。

 平日だというのに、店には既に多くの客がいて俺たちは急いで着替えてから仕事を始めた。


 今日の氷南さんは昨日より働こうという姿勢がすごい。

 言われてもいないのに積極的に飲み物を訊きにいったりしなくていいと言われているのに勝手にパンケーキを焼こうとしたり、お願いだから触らないでと言われてるのに高そうな花瓶を拭いていたり。


 その一挙手一投足に俺も店長さんもヒヤヒヤ。

 だけど今日は何も壊すことなく、お客さんも追い返すことなく無事に仕事を終えた。


「ふーっ、疲れた」

「お疲れ様、泉君」

「おつかれさま。帰ろっか」

「うん、でもその前に……今日はどうだった?」


 またこんな質問を。

 でも、子犬のように俺に何かを求めてくる彼女は、きっと仕事を頑張った自分を労ってほしいのだろう。


 勝手にそう察して「すごく頑張ってたね」とほめてあげると「えへへ」と見たことのないような笑顔で微笑んでくれた。


 思わずそれにきゅんとしてしまう。

 普段不愛想な子の満面の笑顔は破壊力が強すぎる。


「……あっ、ええと」

「? どうしたの」

「い、いやなんでもないよ。帰ろう」


 彼女を見ながら「可愛すぎて死にそうだった」なんてやっぱり言えたりはしない。

 でも、それくらい可愛くて、頑張り屋さんな彼女と一緒の日々はやっぱり最高だと、噛みしめながら電車に揺られ帰宅した。



「ただーいまー!」


 今日は元気ハツラツ。バイトも泉君との関係も充実している。


「どうしたのよ元気いいわね。いいことでもあったの?」

「お母さんもそう見える?うん、毎日楽しいの」

「ふーん。泉君とキスでもしたの?」

「キキキキス!!?」

「そんな驚かなくてもいいでしょ。今時それくらい中学生でもやってるでしょ」

「し、しないもん!お母さんのエッチ!」


 変なことを言われて慌てて部屋に飛び込んだ。

 そしてベッドにダイブすると、抱き枕をぎゅっと抱きしめて悶える。


 ……付き合ってたら、やっぱりチューとかするのかな。

 それに、もっとすごいことまで……い、泉君も男の子だし、やっぱりそういうことに興味あるんだろうなあ。


 でも、もし彼からそんなことを迫られたら……ど、どうしよう。

 あーもう、せっかくいい気分だったのにまたもやもやするー!



「ただいまー」

「おかえり秀一、遅かったわね」

「バイトが忙しくて。でもまあ氷南さんも一緒だし」

「ふーん。それで、あんたその子とどこまでいったの?」

「はあ?いや、別に仲良くしてるけど」

「なにそれ、あんたってほんと朴念仁ね。女の子の方だって何もしてこなかったら他所に行っちゃうわよ?」

「そ、そんな子じゃないよ!あーもう風呂入ってくる」


 母さんに変なことを言われたせいで、風呂の中でも俺はいらぬ妄想ばかりを巡らせていた。


 そりゃ付き合ったんだし彼女とそういうことをしたくないわけじゃないけど。

 でも、まあ氷南さんって奥手そうだしそういうの絶対に苦手だと思うんだよな。


 だから変に焦って嫌われたりしたら……でも、もし彼女が期待してて俺が何もしなかったらそれはそれで……


 あー、こういう時ってどうしたらいいんだろ。

 明日羽田に相談するとして、一緒に学校に行くのが気まずいなあ。

 よし、デートにでも誘ってそういうことを考えないようにしよう。



 朝、みんなに配るお菓子を買ってから電車に乗ると、もちろん泉君がいつものように隣を空けて待ってくれている。


「お、おはよう氷南さん」

「おはよう」


 今日は泉君の顔色がいつもより悪い気がする。

 毎日彼ばかり見ていると些細な変化に気づくのも当然だ、って何を自慢げにふんぞり返っているのかと首を振っていると、泉君からお話が。


「あの、週末なんだけどよかったらどこか行かない?この前はゆっくりできなかったし」

「う、うん。いいよ」

「じゃあ、せっかくだからカラオケとか行く?あんまり人がいないところの方が落ち着いて話せるし」

「そ、そうだね」


 人の少ない場所……カラオケ……密室……


 こういうところに男女で二人っきりってことは、やっぱりそういうムードになるのかな。


 い、泉君がまさかそんなこと考えてたりはしないよね?


「でも、カラオケ行ってもあんまり歌わなかったりするよね」

「う、うん。私、全然行かないからよくわかんないけど」

「そっか。じゃあゆっくり話しながらぼちぼち歌って帰ろっか」

「そう、だね」


 これは、もしかして歌じゃなくて別のことをしましょうって振りなのかな?

 ま、まさか泉君がそんなやらしいこと……


 で、でももしかしたら私が歌ってるところに急に後ろから泉君が……


 ……にゃー!!


「あの、手繋いでいいかな?」

「え、うんもちろん」


 今日も泉君と手を繋いで仲良く学校に。

 なのに、昨日のお母さんの話のせいで私の頭の中はエロエロな妄想に支配されている。


 だから手を繋いでくれただけなのに、なぜかすっごくいやらしいことをしているような、そんな気分になってしまっていた。


 どうしよう。私、変態になっちゃった!

 

 

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