38 仲良くなるのって難しい


 カラオケはドキドキだけど、その前にもう一つドキドキすることがある。

 

 今日は香月さんと仲直りするために、みんなと仲良くなるためにお菓子をもってきたのだ。


 もちろん全員とはいかないけど、泉君と仲の良い人や香月さん周りには配ろうと、十二個入のミナト大福を買ってきました。


 これ、駅前のお土産なんだけどすんごくおいしいの。

 イチゴとあんこのバランスが最高で、その辺のスイーツより美味しいからたまに自分用で買って帰ったりしてるんだけど、みんなもこれを食べたら思わず笑顔になるに違いない。


 緊張するけど、その反応を見たくてワクワクもする。

 喜んでくれたらいいなあ。


 今日はカバンの中にいれたお土産が気になって授業どころではなかった。

 ていうか最近授業全然真面目に受けてないからちょっとヤバいかも。


 なんて言ってると昼休み。

 あっという間にその時が来て、私は泉君のところに行くことにした。



「泉君」

「あ、氷南さん。お菓子、先にみんなに渡す?」

「食後の方が、いいかなって」

「そっか。じゃあまず部室にいこ」


 まずは二人で腹ごしらえ。

 その後で少し早めに教室に戻ってからみんなにお菓子をプレゼント。


 のはずだったのだけど、昼食を食べていると羽田から電話。

 先生が職員室で呼んでるとのことだったので、氷南さんを置いて俺は職員室にむかうこととなってしまった。


 行ってみると大した用事でもなく、アルバイトの申請用紙を書きなさいというだけの事だった。

 ついでだと思って氷南さんの分も預かって、部室に戻ると彼女がいない。

 綺麗に片付けていたので教室に戻ったのだろう。


 俺も追いかけるように教室へ行くと、氷南さんが皆を睨みつけ、他の連中が金縛りにあっているというよくわからない光景が広がっていた。


「じー」

「お、おい氷南さんがこっち見てるぞ……」

「こわっ、俺たち何かしたっけ?」

「え、もしかして怒ってるのかな……」


 氷南さんの手にはお菓子が。 

 多分渡したくても渡せなくて緊張してるだけだと思うんだけど。


 彼女の緊張をほぐそうと、声をかけてみた。


「氷南さん」

「あっ、泉君。あの、みんなに渡そうとすると、あとずさりして離れていくの……」


 シュンとする彼女が残念そうに話す。

 うん、多分氷南さんの睨みが怖いんだよとは言えず、どうしようかと思っているとみんながぞろぞろと教室から出て行った。


「ううっ、せっかく持ってきたのに」


 あからさまに逃げられたのを見て、彼女はかなり落ち込んでいた。

 でも、すぐにそのお菓子をみて「ぐー」とお腹を鳴らした彼女は俺の方を見て、「せっかくだし二人で食べる」と小さく言う。


「そ、そうだね。それ、俺も食べたことないんだよ」

「え、ないの?おいしいのに」

「そうなんだ。じゃあ一個もらっていい?」

「うん!」


 二人で箱を開けると、結構な数の大福が。

 ……これを見るとなんか可哀そうになる。


 でも、せめて俺だけでも食べてあげないとと、一口食べると確かにおいしい。

 食後というのもあり一個食べたらお腹がいっぱいになりそうなくらいのしっかりしたボリュームの大福を食べて、彼女を見ると既に二つ目に手が伸びている。


「うん、やっぱおいひい。うんうん、何個でも食べれちゃう」


 まるで豆でも食べているように次々と口に大福を放り込み、気が付けば半分が無くなっていた。

 そんな圧巻な大食い姿をボーっと見ていると、やがて俺の視線に気づいた彼女がこっちを見て顔を真っ赤に。


「あっ……ええと、食べないともったいないかなって」

「いやいや大丈夫だよ。氷南さんが買ったんだからいっぱい食べなよ」

「……大食い女子って嫌いじゃない?」

「え、うん全然」

「そっか。じゃあいただきます」


 戸惑ったのは別に嘘を言ったからではない。

 恥ずかしそうに尋ねてくる彼女があまりにも可愛かったので思わず見蕩れてしまっただけだ。


 みんなと仲良くなる作戦は叶わず残念な時間になるはずだったのだけど、幸せたっぷりな様子の彼女を見ていると、まあ無理しなくてもいいかと思っていた。



 うー、食べ過ぎて気持ち悪い……

 やっぱり大福十個はやりすぎたかなあ。


 でもおいしいし。それに誰も食べてくれないんだもん!


 ちょっと私はイライラ。

 どうしてみんなは私を避けるのか、その理由がわかれば改善の余地もあるのだろうけど、原因がわからない。


 泉君に訊いたら何か教えてくれるかな?


 そうだよね、泉君は私のことを好きだって言ってくれてるんだから、だったらダメなところももちろんわかってくれててその上で……きゃっ、恥ずかしい!



 氷南さん友達百人大作戦(仮称)は失敗したけど、放課後はデートの予定だ。


 思いつく場所がなくカラオケなんて提案したけど、本当に大丈夫だろうか。

 今時の曲に詳しくもないしアニソンとか歌ったらドン引きされても困るし。


 放課後すぐに頭を抱えていると羽田が飯行こうと誘ってくる。

 しかし今日はデートなのでお断りだとはっきり告げると「なら今日は赤飯だな」と茶化して去っていった。


 そうだ。赤飯は飛躍しすぎだけど今日は氷南さんとの進展について羽田に訊こうと思っていたのを忘れていた。


 慌てて追いかけて羽田を捕まえる。


「どうしたんだよ」

「あの、ど、どうやったら、その……彼女との距離を縮められるんだ?」

「距離?そんなの近づいたらいいじゃん」

「いやそういう物理的な話をしてるんじゃなくてだな」

「顔近づけたらキスできるし、手を伸ばしたらおっぱい触れるし抱きしめたらそのまま最後まで、だよ。何か難しいことでもあるのか?」

「いや、相談する相手を間違えた……」


 そう、この男にはATフィールドなるものが存在しない。

 どんな心の壁もひょいと超えていく羽田にとって、俺の悩みなんてどうしてお腹が空くんですかという質問並みに愚問なのだろう。


 全く参考にならない答えを聞いてから教室に戻り、今度こそ氷南さんとデートに向かうことにした。

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