39 こういう場所って何するの?

 カラオケルームってどうしてこんなに暗いんだろうと思っているのはきっと俺だけではないはずだ。


 少なくとももう一人、この暗さに怯えている人が俺の隣にはいる。


「く、暗い……」

「大丈夫だよ、明るくしたら問題ないから」

「う、うん」


 あんまり不安がらせてもいけないと、目いっぱい明るくしたのだけどそれでも部屋は薄暗い。

 仕方なくソファに腰かけて、デンモクを見ることに。


「氷南さんってどんな曲歌うの?」


 こればかりは男らしさのかけらもない話だけど、あわよくば彼女の方から何か歌ってくれないかと期待している自分がいた。


 先陣を切るべきは自分なのだろうが、カラオケに来るといつも一曲目に誰が歌うかで譲り合いになる。

 それは氷南さんといても例外はなく、しどろもどろしていると氷南さんもまた俺に対して「なんでも好きなの歌っていいよ」と催促してくる。


 ……ちょっと歌は置いておこう。


「まあ、時間はあるしまず飲み物でも取ってこようか。一緒に行こ」

「う、うん」


 焦るな焦るな。変に気張らなくても自然体でいいんだ。



 泉君が全然歌を歌おうとしない。

 つまりカラオケに来たのは歌いたいという目的以外でってことなのかな。


 ……やっぱりここで泉君が私に!?


 ま、待て待てまどか落ち着きなさい。うん、多分泉君も恥ずかしいだけなんだよ。


 だからそのうち何か歌いだしてくれるはず。


「ねえ、普段ってどんな曲聴くの?」

「え、ええとね、あんまり詳しくないんだ……」

「そ、そっか」

「で、でもなんでも歌っていいよ。私も、そうするし」

「うん、わかった」


 正直泉君の歌声には興味ある。

 綺麗で、でも男らしい声で私は彼の声を聞いているだけで幸せになれるのだから、歌声なんてもっと癒しがあるに違いない。


 別にうまい下手はどうでもいいから歌ってみてと言いたいけど、なんか声フェチみたいに思われそうでそれは言えない。


 勝手にドキドキワクワクしていると泉君が曲を入れた。


「あっ、これ懐かしい」

「知ってる?よかったー、頑張って歌うね」


 私の好きな曲だ。

 ただの偶然なのだろうけど、すごく嬉しい。


 そして泉君が歌いだすと、なんとまあめっちゃ上手!

 え、そんなにうまいのに躊躇してたの?


 ……あー、いい、すんごくいいなあ。

 なんかこのまま天に召されてもいいくらいにいい。


 ほえー……


「ど、どうだったかな」

「ほわわー」

「氷南さん?」

「あっ、ごめんなさい……うん、すごく上手で聴き入ってた」

「そ、それならよかった」


 聴き入るどころか聴きながらあの世へ逝きそうだった。

 

「あの、次どうぞ」

「え、私?」


 そうだ、カラオケが苦手な理由はこれだ。


 なぜか一人一曲、交互に順番にという不文律があるのが良くない。

 私とすれば泉君の歌を聴きながら二時間ここにいるだけでお金を払っても全然惜しくないのだけど、せっかくなんだから元をとらないとなんて気を遣ってくれるのはカラオケでは仕方の無いこと。


 泉君も「俺だけ歌ってたら悪いし」といってデンモクを進めてくる。

 でも、歌いたくないなあ……


「あ、あの……ちょっとお喋りしたい、かな」

「そう?ならちょっと置いておこうか」

「う、うん」


 よかった。やっぱり泉君は私の様子を察してくれた。

 うんうん、それじゃあ歌の事は忘れて……どうしたらいいの?


 あれ、そういえば私、話するのも苦手なんだった。

 それに、カラオケには行くと言ってついてきておきながら歌いたくはないなんて、まるで他の事を期待してるみたいじゃん!


 ど、どうしよう……


 私、泉君に変態だと思われちゃう!



「あの、そういえばアルバイト代入ったら二人でちょっといいところにいかない?」

「い、いいところ?」

「う、うん。少し高いお店というかさ、俺頑張るから」

「う、うん」


 しまったなあ、あんまり話題がない。

 普段ならなんでも話ができるんだけどこうして改まって話さないといけない状況になると何を話したらいいかわからない。


 それにやっぱり氷南さんはカラオケも苦手なようだ。

 うーん、それなら付き合わせたみたいで悪いことしたなあ。


「ええと、これから何する?」

「な、なに……しよっか」

「とはいってもカラオケルームってなんもないもんね」

「……そうだね」


 あー、こういう時カップルできてる連中って何してるんだ?

 やっぱりイチャイチャしたりしてるのかな……


 でも、そんな勇気俺にはないし。それに彼女だって迫ったりしたら怖がって帰っちゃうかもだし。



 なにしようかって聞かれたけど、それってもっとイチャイチャしないかってお誘いだったのかな?


 うう、どんどん変なことばっかり考えてしまう。

 でもでも、もし泉君がそういうことを期待してたとしたら、やっぱり彼女として答えてあげるべき……なのかな?


 そ、そもそも私だって泉君とそういうことするのに興味がないわけじゃないというか……でもでもそういうことは結婚してからじゃないとしちゃいけないよね?


 どうしよう。まだ一時間も経ってない。

 やっぱり何か歌った方がいいのかな。


「ええと、デンモク、貸して」

「うん、いいよ。はいどうぞ」


 とにかく今は私のエッチな脳みそを何とかしないと。

 気を紛らわすように履歴をチェックするけど、知らない曲ばかり。


 結局歌は断念。

 しばらく沈黙した後に、私は自分にあることを問いただす。


 そもそも、私は泉君とどうしたい?

 やっぱりチューしたり、もっと引っ付いたりしたいって思ってない?

 いや、絶対そうしたいって思ってる。


 じゃあ、素直になって彼に迫ってみてもいいのではないか?

 付き合う前ならまだしも、両想いなんだからそんなことがあってもいいのではないか。


 もう考えが何週もしてパンクして勝手にそれがいいのではと結論付けようとする私は、極端な性格なのでそうと決まればと彼の方にスススッと寄ってみる。


「ど、どうしたの?」

「……」


 あ、明らかに泉君が動揺してる。

 こいつ急にどうしたんだって思われた絶対。


 でも、やっぱり私、もっと泉君の近くにいたい。


 ススス。


「あ、あの?」

「……ちょっとこうしてていい?」

「え、うん」


 彼にもたれかかってみた。 

 いつかのように寝たふりではなく、自分から甘えるように。


 細いのに男の子らしいしっかりした彼の腕に、私のスカスカの頭がポスっと乗る。


 とても落ち着く。

 すごく落ち着いて、家の枕なんかとはくらべものにならないほどに心地いい。

 

 それに泉君の匂いがする。


 なんだろう、このままずっとこうしていたいって気持ちになる。

 あー、気持ちいいなあ。でも、頑張って甘えてみてよかった。


 ……じゃあ、泉君にもっと甘えたら、もしかして……チューしたりとかあるかも?

 ううっ、恥ずかしいけど私、ちょっとだけ頑張っちゃおうかな!



「むにゃむにゃ……いじゅみきゅん……」

「……寝ちゃったな」


 まるで小さな子のようにすやすやと俺の肩で眠ってしまった彼女を見て、俺はそっと彼女の頭を膝に乗せてあげる。


 気持ちよさそうに眠っている。

 そして本当に無防備だ。


 ……今キスしたら、バレるかな。

 いや、そんなのはフェアじゃない、よな。


 いつかは彼女とそういうこともしたいって思うのは、やっぱり氷南さんのことを好きでたまらないからだろう。


 ただ、今はこうしてるだけで幸せだ。

 だからしばらく彼女を起こさずに、その寝顔を見ながらほっこり。


 時々頭を撫でてあげたりしたのは照れ臭かったけど、こうして彼女に触れることができるだけで心が穏やかになっていく、そんな時間だった。


 


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