40 お勉強とは名ばかりの


「ん……」

「あ、氷南さん目が覚めたんだ」

「……ふにゃ?」


 目を開けるとそこには泉君の爽やかな笑顔が。あれ、天国かなここ。


 ……あれれ、私もしかして寝てた?


「あっ、ごめんなさい……」

「大丈夫。それよりそろそろ時間だから出よっか」

「う、うん」


 やらかした。

 彼氏とカラオケに来て何も歌わずに爆睡する女子なんて聞いたことがない。

 

 しかも彼のお膝で、時間も多分一時間以上眠っていたと思う。


「今日は疲れてるみたいだし遅くなったから送るよ」


 それでも怒った様子どころか私を気遣ってくれる。

 ただ、実際はどうなのだろう。イライラしたりしないのかな?


「あの、寝ててごめんなさい」


 帰り道で、私は声を振り絞って謝った。

 

「いや、カラオケルームって暗いし眠くなるよね」

「……そう、かな。私、すぐ眠気がくるから」

「あはは、寝るのは悪いことじゃないよ」


 あー、泉君って神様だ。多分彼は私を甘やかすために生まれてきてくれた神様だ。


 でも、私ってこういう性格だから甘くされるととことん甘えちゃうんだよなあ。

 だからダメ女になっちゃいそう。


 寝起きの頭でそんなことを考えながら一緒に電車を降りて、泉君は遅くなったのに私を家まで送り届けてくれた。


 そんな彼に私は何も恩返しができていない。

 一人で部屋に戻ってから、どうしたら彼氏が喜ぶのかをヤッホー知恵袋でいつものように検索。すると


Q:どうすれば彼氏が喜びますか?

A:やらせてあげる。


 ……え、これって?


Q:初めての彼氏と距離を縮めたいです。どうすればいいですか?

A:エッチする。


 や、やっぱり!?


 え、ということはつまり泉君ともっと仲良くなるにはそういうことを……ひー、無理無理、お嫁に行けなくなっちゃう……って泉君のところにお嫁に行けばいいのか、なあんだ簡単な……じゃなーい!


 どうしよう、やっぱり付き合ったらそういうことしないとダメなのかな。

 うーん、でもそもそもどうやってそんなことをする雰囲気になるの?


Q:キスまでどうやって持っていきますか?

A:目を瞑って顎を出す。すると向こうから勝手にしてくれます。


 そ、そうなの!?

 こ、こんな感じかな?


 部屋で一人、目を瞑って口をとがらせて、んーっとやってみた。

 すると頭の中に泉君の迫ってくる姿が浮かんできて、勝手に興奮して鼻血がタラリ。


 キャーっと叫んで慌ててティッシュをとろうとしていたところでお母さんが「うるさい!」と部屋に入ってきた。


「あっ、ごめんなさい」

「また鼻血?あんた、今日彼氏と何かいいことあったの?」

「な、ない……」

「え、キスもしてないの?」

「し、してないもん!」

「あらー、あの子も相当奥手かあ。ま、あんたにはお似合いだけど」


 ぷぷっと笑ってから母は部屋を出て行く。

 それを見て私は悔しくて、意思が固まった。


 私、絶対に泉君にチューする!



「ああ、羽田。うん、今別れたとこ」


 氷南さんを見送った帰り道、暇なので羽田に電話をかける。

 というのも、惚気たい反面この先どうやって関係を発展させたらいいのか、全く参考にならない羽田の実体験でもいいから聞かせてもらおうと思ってだ。


「うまくいってるみたいだな。で、キスくらいしたか?」

「まだだよ。ていうかマジでどうやってやるんだ?」

「え、顔近づけたら自然とそうなるだろ」

「ならねえよバカ」


 お前はどこのオープンな国の人なんだ。

 ここは日本だ、そんなにキスへのハードルは下がっちゃいない。


「まあ、実際問題雰囲気だな。それっぽいところでなんかそんな空気になったら自然とって感じかな。その後は流れに身を任せるだけだよ」

「全くイメージが沸かないけど、まあ雰囲気が大事ってわけだな」

「ああ、ていうか二人でカラオケ行って何もないとか俺は童貞ってやつが怖くなってきたよマジで」


 いやいやカラオケって歌うところであってそういうことをするための場所じゃないだろ。


「まあ、次のデートくらいで何かないとさすがに彼女から「もしかして私に興味ない?」とか思われてフラれるぞ」

「そ、そうなのか?」

「当たり前だ、そうしたいのは何も男だけじゃないってこと、忘れんなよ」


 じゃあなと最後に添えて羽田は電話を切った。


 そこから一人で夜道を歩きながらふと考えた。

 もしかして氷南さんがカラオケを歌いたがらなかったのは、もっと他にしてほしいことがあったからではないか、と。


 ……そうだとしたら俺はとんだチキンだ。

 もちろんそうだと決まったわけではないがそうじゃないとも言い切れない。


 ……よし、次のデートでは彼女の気持ちを確かめてみよう。



「おはよう」

「おはよう氷南さん。来週から期末試験だね」


 テストの時期が近づいてきており、最近はバイトもあることからデートもままならない感じで、チューどころか電車の中くらいでしか一緒にいられない。


 そんな生活が一週間くらい続くと、私の中のリトル円が叫ぶ。


 泉君成分が足りてない!


 そう、要するに寂しいのだ。

 イチャイチャしてやるぞと決めた途端になんだかんだと忙しくてそうもできない状況に陥っているので、盛った犬がお預けを喰らったような状態(自分で言っててひどい状況)なのだ。


 ただ、待てば海路の日和ありという言葉の通りいいことが待っていた。


「あのさ、テスト勉強なんだけど一緒にしない?」


 テスト期間はバイトが休み。

 それは店長さんが「学生の本文は勉強だから」といって配慮してくれているから。


 そんなチャンスでも勉強しろと母によって家に監禁される可能性があったから、二人で勉強とはほんと名案である。


「うん、じゃあうちでする?」

「いいの?それなら早速今日からお邪魔しようかな」


 やったー!泉君が合法的にうちに来る!


 もしお母さんに何か言われても「勉強教えてもらうから」といって跳ねのけることができる。


 よしよし、放課後が楽しみになってきた。


「じゃああとでね」


 教室に入ると、泉君は羽田君のところに。

 私は自分の席について一人考え事。


 ……待って、よく考えたら私の部屋で二人っきりということは、これってやっぱりチューしたいってこと!?


 にゃー、どうしよう私何も準備してないよー!



 

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