33 つまり可愛い


 俺と氷南さんのニュースは瞬く間にクラス中に広まった。

 元々疑われていたから、やっぱりかという意見が大半を占めてはいるが中には信じたくないと嘆く連中もいたりとか。


「おい、やったな。あのお姫様を射止めるなんてどういうマジック使ったんだよ」


 羽田からしてみれば、そもそも氷南さんが俺にどうして興味をもったのかが謎だったようだ。

 しかしそれに関しては俺も同感。どうして彼女が俺を好きなのかについては考えたこともなかった。


「それはまあ、電車で一緒になったとか色々あるんじゃないか」

「そんなんで惚れられたらみんな苦労しないっつうの。なんか心当たりないのか?」

「……ない。でもいいじゃんか、結果的に付き合えたんだから」


 俺が彼女を好きな理由ならたくさんある。

 

 まず可愛い。そして仕草がかわいい。発言も意外に可愛くて趣味も好きな食べ物も可愛い。


 ……つまり氷南さんは抜群に可愛いわけで。

 でも、俺が惚れたのは他の男子たちのように彼女の美麗さに惹かれただけではない。


 彼女の人としての優しいところや、なぜかいつも一生懸命なところなんかも好きなわけで。

 俺だけが知っている彼女がたくさんあると思うと、付き合った事実以上に優越感が俺を包む。


 そんな彼女だけど、教室の空気を察してか休み時間はどこかへ行ってしまう。


 そして授業の前にフラッと戻ってくるので、誰も彼女へは話しかけられない。


 でも、昼休みになった時に香月さんが氷南さんのところへ。


「泉君と付き合ったってほんと?」


 誰もが聞きたかった話をあっさりと。

 その質問に食いつくように、他の連中も固唾を呑んで見守る。


「……だから?」


 氷の女王ここに誕生と言わんばかりの、冷たい目と冷淡な塩対応で氷南さんが香月さんに一言。


 あまりの冷たさに香月さんは驚いたように口を開けたまま立ちすくむ。


「ええと、そう……」

「お腹空いたから失礼します」


 香月さんに一礼した後、氷南さんはスタスタと教室を出て行った。


 そんなツンデレラ姫を皆が黙って見守る。

 俺もその空気に飲み込まれそうになっていたが、気を取り直して彼女を追いかけることにした。



 うん、なんかしっかり対応できた気がする。

 堂々と行こうと決めてたから、ちょっとがんばってみました。


 香月さんもなんか納得してくれてたみたいだしこれで万事オッケーかな?


 クラスのみんなもあたたかく見守ってくれてるかなあ。

 なんか注目集めて焦って言葉足らずな気もしたけど、でもこれで晴れてクラス公認のカップルってわけだね。


 うんうん、いい感じいい感じ♪


 それよりお腹空いたから早くご飯たべないと。


「氷南さん」


 あっ、泉君が追いかけてきてくれた。

 でも、どうして焦ってるんだろ?


「ど、どうしたの?」

「いや、だってさっきの……」

「さっき?」


 さっき私、何かしたっけ?

 普通に香月さんとお話しただけだと思うんだけど。


「いや、怒ってるのかなって」

「……?」

「いや、なんでもないならいいんだよ。それよりお昼、部室で食べる?」

「うん、そうする」


 いつも通り二人で部室にいくだけなのに、付き合ったというだけでいつも以上に心が躍る。


 るんるん♪



 氷南さん、もしかしてあの対応が自分なりには良くできていると思っているんじゃ……


 だとすれば、彼女は無意識のうちに敵を作ってしまうタイプだ。

 うーん、クラスのみんなももちろん香月さんもビビってたというか引いてたというか……あれじゃやっぱダメだよなあ。


 俺は彼女が心から人を嫌うような子じゃないってわかってるけど、やっぱり誤解を招くような態度は見過ごせないし……


 もちろん彼女のことをこんなことくらいで嫌いになったりはしない。

 でも、せっかくいい子なのだからみんなとも仲良くなれたらいいなと思っているのだけど、肝心の本人の態度があれではそれすらままならない。


 ちょっと心配になってきた……


「氷南さん、なんか機嫌よさそうだね」

「そ、そう?別に、普通だけど」


 自覚はないのかもしれないが、部室に入ってからずっと鼻歌を歌っている。

 本人的にはさっきの塩対応がいい感じにふるまえたと思っているに違いない。


 うーん、気分がいいところにあんまり変なことは言いたくないしなあ。


「え、ええと。香月さんとは仲良くやれそう?」

「……なんで?」

「え、いやまあクラスメイトだし揉めないに越したことはないかなって」

「うん、大丈夫。さっきみたいにする」


 さっきみたいなのだけはやめて!

 心の中でそう叫びながらも実際には「が、頑張ってね」としか言えなかった。


 せっかく彼女と付き合って、堂々と自慢して回りたかったのだけどどうやらそうもいかないようだ。


 まずは彼女がクラスのみんなと仲良くなれる方法とやらを探す必要がある。



 泉君、ちょっと元気ないけどどうしたんだろ?

 もしかして香月さんには話したくなかったとか……そ、そんな浮気心を泉君は持ってなんかないよね?


 じゃあどうしたんだろう。

 せっかく二人っきりなんだからもっといっぱい話したいのに。


 よし、ここはニューまどかになった私が積極的に……


「泉君……」

「どうしたの?」

「え、ええと……」

「?」


 ……むりー!よく考えたらこんな二人っきりの状況で緊張しないほうが無理だー!


 えー、どうしよう。よく考えたらここって絶対誰も来ないし、もしここで泉君に迫られたりしたら……


 にゃー!


「あの、大丈夫?」

「え、あ……うん」


 あー、どうしよう。お弁当が全然喉通んない。

 でも、食べないと不審がられるし……そうだ!



 うーん、氷南さんの機嫌がよさそうで逆に困る。

 このままクラスに帰っても、きっと彼女が変な目で見られるに違いないし。

 どうにかして俺の言いたいことを伝えたいんだけど、どうすれば……


「泉君」

「ん?」


 よく見ると、全然お弁当が減っていない。

 食欲がないのかと心配していると、やがて彼女が目線をあげて俺を見る。


「あの……あ、あーん」

「!?」


 突然の事だった。

 彼女がお箸に持った卵焼きを差し出してくる。


 その手はまるで彼女の周りだけ地震でも起きてるのではと思うほどにガタガタと震えている。


「ほ、ほら、あーん……」

「え、えと……」


 これは一体どういうことなのか。

 全く深く考える必要なんてないのかもだけど、彼女からの突然のあーんに俺は戸惑ってしまう。


 そして震える氷南さんと固まる俺は、しばらくそのままにらめっこ。

 この卵焼きは一体どっちが食べることになるのか……。


 


 

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