32 まだ不安だらけ
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せっかくのファミレスデートだったのに、鼻血を噴射してしまったことで空気がおかしくなってしまった。
一応頼んだ料理は食べたけど、泉君が「まだ体調良くなさそうだから帰ろっか」と言って、さっさと家に送り届けられてしまう。
別に体はなんともないし、もっと一緒にいたかったのだけどそんなことも言えず、早々に帰宅した私を見たお母さんは「どうしたの、早速フラれた?」とか笑えない冗談を投げつけてくる。
もはやこれは言葉の暴力だ。そう思って母に抗議したところ「だったら言葉の警察呼びな」と一蹴される。
あの母とは口喧嘩しても勝てるはずもない。
だから渋々部屋に戻って、休日の夕方を寂しく一人で過ごすことになった。
♥
夜、やることのない私は泉君にライムを送ってみた。
彼と過ごしていくうちに、自然にこういうことができるようになったのは素晴らしい進歩と言えるだろう。
『明日からよろしくお願いします』
送ってから気づいたのだけど、一体何をよろしくお願いしたのだろうか。
文章を打つ能力が壊滅的である。
でも、こんな意味不明な文章に対しても
『こちらこそ。明日はお昼一緒に食べようね』
と優しく対応してくれるのだからやっぱり泉君は素敵だ。
でも、どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうと、ちょっと不安になる。
まあ、太ってていじめられてた私にも優しく手を差し伸べてくれた彼のことだから、誰にでも等しく優しいのだろうけど、それにしてもだ。
世間の男の人ってそういうものなのかなと、スマホで『彼氏 優しい』なんて検索してみた。
自分が彼氏のことで悩む日が来るなんて想像もできなかったけど、私と同じように初めての恋愛に悩んでいる人は意外と多く、同じような質問をしている人がいた。
Q:彼氏がすごく優しいので逆に不安になります。
A:体目当てです。抱いたら逃げていきます。
……え、嘘!?
そ、そんな乱暴な答えがあっていいの?
私は正直そんなことを想定もしてなくて、携帯を持つ手が震えた。
でも、これはあくまで一個人の意見だから、もっと他の意見もあるかもしれない。
Q:彼氏は私のことを大好きだと毎日言ってくれます。みんなずっとそんな感じですか?
A:一年もったらいい方です。飽きたら浮気されていなくなります。
がーん!
なにそれ。男ってみんなそんな感じなの?
え、じゃあ泉君も今は私とえっちなことしたいから優しくしてて、もし飽きたらポイって捨てるってこと?
そ、そんなことないって信じたいけど、でも、経験が全くないからわからない。
……もし、泉君にそんなことされたら私、私……
「えーん、やだよー!」
「ちょっと急にどうしたの円」
大声で泣いてしまい、お母さんが部屋にきた。
でも、不安がぬぐえずにまた泣いた。
そんな私を、母は珍しく慰めてくれる。
「円、なにがあったか知らないけどもう泣くのやめなさい」
「ぐすっ……だって、だって。私、不安で」
「はいはい、そんなことだろうと思ったわよ。でもね、男と女に絶対なんてないのよ。だから嫌われないように毎日努力して、昨日よりいい自分であろうとするの。わかる?」
「……うん」
「あんたのこと、泉君は好きだっていってくれてんだから信じてあげなさい」
「……うん」
「はあ。高校生の娘を泣き止ます母親の気持ちにもなってよね。はい、もう大丈夫でしょ。さっさと寝ないとまた遅刻するわよ」
「うん。わがっだ」
鼻水をかんで、お母さんにポンポンと頭を叩かれてから、私は布団に入ることに。
今日は鼻血に涙にといっぱい流したこともあってクタクタ。
ぐっすり眠ることができました。
♠
「おはよう氷南さん」
「お、おはよう泉君」
いつもの電車で、いつものように彼女と待ち合わせ。
でも、以前とは違い、今俺の隣にいるのは女友達でも顔見知りでもない。
紛れもなく、俺が付き合っている彼女なのだ。
そう思うと謎の優越感でいっぱいになる。
こうして二人で並んでいるだけでも、幸せいっぱいだ。
「ねえ、部活なんだけどそろそろ本棚買いにいかない?部室に色々置きたくて」
「うん。じゃあ今日は放課後、買い物とか……」
「そうだね。そうしよう」
あの部室も、最初は気まずい空間だったけど、俺と氷南さんだけの居心地のいい空間に変えてしまおうと俺は勝手に計画している。
そうすれば少しでも長く彼女と一緒にいられるかもだし、本が増えればそれだけ話題も増えるわけで。
これからあの部室で愛を育んで、もっと距離を縮めるんだ。
「おはよう二人とも。仲いいね相変わらず」
そろそろ電車が学校前に到着するところで、香月さんが話しかけてきた。
「お、おはよう」
あまり話したくないのが本音だ。
だって、香月さんと話すと氷南さんの機嫌が悪くなるし、そもそも香月さんは俺の事が好きだと言ってきた相手だから、あまり親しくするのも彼女がいる身分としてはよくないと思っているから。
しかし。
「おはよう香月さん」
氷南さんが凛とした態度で彼女に挨拶を返していた。
見るとどこか自信たっぷりな様子。
「おはよう氷南さん。今日は機嫌がよさそうね」
「……泉君、着いたよ」
「え?」
電車が止まったと同時に、氷南さんが俺の手を引いてさっさと電車を降りる。
まるで逃げるように改札を抜けて、そこで彼女は足を止める。
「ど、どうしたの?」
「……香月さん、苦手」
「あ、なるほど……」
ということは、さっきの態度もかなり無理をしていたのだろう。
よく見たら顔は青くて唇も震えている。
「……」
「大丈夫だよ。香月さんが何を言ってきても俺は気にしないから」
「……うん」
まだ不安が多いのは、俺が頼りない証拠だと言える。
だから氷南さんを安心させるためにもしっかりしないと、だな。
そう思って、今日は俺の方から彼女の手を握る。
握り返してくれた彼女の手は柔らかく、少しだけ遠慮気味だった繋ぎ方も、思い切って恋人繋ぎになった。
そして周りの生徒に見られるのも気にせずにそのまま学校へ。
とても恥ずかしかったけど、とってもいい朝だった。
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