31 興奮しちゃいました


「さて、円は寝かせておいたからもうちょっとおばさんの相手してね、泉君」


 不敵に笑いながら俺の正面に座り直すおばさんは、腕を組んでから俺の方をじっと見ながらこう言った。


「ほんとに円でいいの?」


 それがどういう意味かはわからなかったが、もしかして俺が氷南さんと付き合っていることへの反対を遠回しに伝えているのかと思い、俺は反論する。


「あの、氷南さん……いえ、円さんはとても良い人だと思ってます。だからその質問の意味がよくわかりません」

「ふーん。本当に円のこと好きなんだ。でも、あの子相当ポンコツよ?母親の私が言うのもなんだけど、多分迷惑ばっかりかけると思うわ」


 実の母をしてポンコツと称される彼女の本性って一体どんな感じなのだと、一瞬不安が頭をよぎったりもしたけど、なんとなくそんな気はしていたので俺はおばさんの言うことも素直に受け入れる。


「大丈夫です。僕が頑張りますから」


 真っすぐ目を見て答えるのは照れ臭かったけど、それくらいの覚悟はあるのだと証明したかった。


 言い切るとおばさんは、フルフルと震え出して、やがて爆笑する。


「プッ、あっはっは。ごめん、笑っちゃって」

「い、いえ。なにかおかしかったですか?」

「いやいや、あんな子でもちゃんとした相手捕まえられるんだなって。うんうん、よろしく頼むよ泉君」


 おばさんは再び席を立ち、リビングを出て行きながら「そろそろ目覚ますから部屋にいってあげな」と告げる。

 

 俺は言われたままに彼女の部屋を訪れると、おばさんの予言通り氷南さんが目を覚ましてベッドに腰かけていた。


「あ、大丈夫?」

「う、うん。ええと、ごめんなさい」


 しゅんとする彼女は、黙り込んでしまう。


「……」

「あの、俺は気にしてないから。それより、これからどこか出かけたりしない?」

「……いいの?」

「も、もちろん。氷南さんの体調がよければだけど」

「わ、私は大丈夫!行く!」


 目を輝かせる彼女は、すぐに準備するから待っててと言ってタンスを開けだした。


 着替えるのかとおもって俺は部屋を出て、キッチンにいるおばさんにこれから出かけてくることを話す。


「すみません、円さんをお借りします」

「いえいえ、借りるといわず、なんなら泉君にあげるからもらってあげて」

「そ、そんな」

「あはは。まあ娘のこと、よろしくお願いね」


 おばさんと話していて何となくわかったことがある。

 きっとこの人も口は悪いけど、氷南さんのことが心配なのだ。


 だから変な男に引っ掛かったりしてないか、見定められていたのだろう。

 でも、この言い方だと少しは認めてもらえたということでいいのだろうか。


「お待たせ……ってお母さん、変なこと話してない?」

「いいえ、なんにも。気を付けていってらっしゃい」


 おばさんに見送られて、二人でお出かけとなる。

 改めて思うと、これが付き合ってからの実質初デートとなるのだ。


「あ、あの、どこか行きたいところある?」

「え、ええと……うーん」


 ダメだ、意識すると途端に会話が続かない。

 さっきまでは普段通りを貫けていたが、いざ二人きりになると、氷南さんと付き合ってるんだという実感に押しつぶされそうになる。


「えーと、それじゃまたファミレスでも行こうかな。そろそろお昼だし」

「うん、ポテトとドリンクバー」


 ファミレスの話をすると氷南さんは微笑む。

 よほど好きなのか、自分でも気づかぬうちに鼻歌を歌っており、はっとなって顔を赤くしていた。


 それが可愛くて、俺は天にも昇る気分だった。

 こんな彼女とこれからデートだと思うと、のぼせてしまいそうになる。



 ふんふんふーん。

 ポテト、ジュース、ピザ、ウィズ泉君♪


 あー、こんなに幸せでいいのかなあ。

 もうこのまま死んでも悔いは……やだ、死にたくない!

 もっと一緒に色んな所にいきたいから死ぬわけにはいかない!


 でも、付き合ったものの特に彼との距離感は変わらない。

 もちろんその原因が自分である自覚はあるんだけど……


「氷南さん、着いたよ」


 ほら、氷南さんって呼ばれる。

 本当はさっきみたいに円さん、いや、まどかって呼び捨てで……あっ、やばい鼻血出そう。


 でも、私も泉君じゃなくて、秀一君とか、それこそ……秀君とか?


 ひーっ、無理ー!


「氷南さん?」

「あっ、ごめんなさい。お店入ろ」


 彼といる時は妄想暴走モードは封印しないと。

 いつ暴発して失言するかわかったものではない。


「さてと、今日はランチセットにしようかな。氷南さんは?」

「ポテトとピザと唐揚げ」

「う、うん」


 ……バカ―!なんちゅう注文してんのよ私は!


 一切可愛くないどころか、マジでジャンクフード好きのオタクが頼みそうなものばっかり。

 しかもめっちゃ食うし。デブだって思われちゃう……

 でも、それが楽しみで仕方ない、どうしようもない自分もいる。


 はあ……こんなんで本当に泉君の彼女をやっていけるんだろうか。


「ねえ、明日から学校だけど羽田とかに俺たちのことって、いってもいいかな」

「え、うん……いいと思う、けど」


 むしろそうしてほしい。

 だって、あの香月さんに私の口から言うことは多分できないから、羽田君とかを通じて付き合ったことを知ってもらって、泉君にちょっかい出さないようにしてもらわないと。


 だって、泉君は私の……私の、私の!?


「プッ!」

「だ、大丈夫氷南さん!?」


 泉君は私のものだと思った瞬間、興奮がピークを越えて私は鼻血を垂れ流してしまった。


 慌ててタオルで抑えるけど、これがまあ治まらず、隣に来てくれた泉君が血が止まるまで介護してくれました。


 ……ううっ、ほんとどうにかしないと私、嫌われちゃうよ!

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