54 幸せに浸りたいのに


 えっち、しちゃった。

 氷南さんと、しちゃったんだ……


 彼女の幸せそうな寝顔を見て改めてその実感がわいてくる。


 そして最中のことを思い出して俺の下半身はまた元気になっていたけど、彼女の眠りを妨げたくはないので、俺も一緒に眠ることにした。


 ……すごかった。

 氷南さん、かわいかったし、とってもきれいだった。


 それに、声とかもえっちで……あー、やばい!


 幸せだ。



「ん……」

「おはよう氷南さん。ぐっすりだったね」


 起きたら私は裸のまま。泉君は服を着て、ベッドの横で私を見守るように座っていた。


「あっ、恥ずかしい……」

「ご、ごめん……」

「い、いいけどちょっと向こうむいてて」

「うん」


 さっきまであんなに恥ずかしいことをしていたのに、いざ冷静になると穴があったら入りたいほどに恥ずかしさで燃えそうだ。


 無造作に脱ぎ散らかした下着や服を布団から発掘してそそくさと身に着けると、さっきまでの余韻が体にもしっかり残っていることがわかる。


 ……ジンジンする。でも、なんかやっぱりすごく満たされてる。

 これが好きな人とするってことなんだ。


「今、何時かな?」

「ええと、もう九時過ぎだよ。五時間くらい寝てたんだね」

「え、ずっと待っててくれたの?」

「いや、俺もさっきまで寝てたから。それよりお腹空いたね」


 にこっとはにかむ泉君を見て、そんな気遣いにもたまらなく嬉しくなり、私は彼にギュッと抱きつく。


「ちょ、ちょっと?」

「……ご飯の前に」

「え?」

「もっかい、しない?」

「う、うん」



 というわけで一回してしまったらブレーキが壊れたように私たちは肌を重ねていた。


 気が付けばあっという間に一時間以上が経っていて、お腹が空くよりも互いを求めてずっとイチャイチャ。


 でもしばらくして私のお腹がくーっとなると、そこで一旦打ち止めとなる。


「そ、そろそろ何か食べよっか」

「うん。あの、ファミレス行かない?」

「そうだね。今日は遅くなるって連絡してるから食べてから帰ろっかな」

「うん」


 まだ泉君と一緒にいられる。

 これがどれほどうれしいことか。


 一緒に外に出ると、すっかり辺りは真っ暗に。


 でも、私はもう積極的まどかに変態(ヘンタイじゃない)したので自分から彼の手を握る。


 一緒に手を繋いでファミレスに行き、そのまま店に入り並んでご飯を食べる。


 もうどこから見てもラブラブなカップルだ。

 恥ずかしい気持ちもあったけど、それ以上にこの幸せを自慢したくて私は彼に終始べったりだった。



「ただいまー」

「お、おかえりお母さん。お父さんは?」

「あー、そのまま仕事だって。忙しいみたいよ」

「そ、そっか」


 翌日、お母さんは旅行とやらから帰ってきた。

 

 私は母が家を留守にしている間にこの家で泉君とあんなことやこんなことをしたことを思い出して、少々後ろめたい気持ちになっていたのだが、そんな私の様子を察してすぐに母に何があったかバレた。


「あんた、やることやったのね」

「え、ななな、なんのことかな?」

「嘘が下手ね。まあよかったじゃない。ちゃんとラブラブできたんでしょ?」

「うん!」

「ほんと嘘が下手ね……」


 娘の生々しい交際事情については詮索はされなかった。

 代わりに母からポイっと渡されたのは先日私がひっくり返った例のブツ。


「こ、これ」

「心配しなくても薬局で買ってきてあげたのよ。どうせあんたのことだから恥ずかしくて買えないと思って」

「……お母さんは恥ずかしくないの?」

「私みたいな中年が買う方が恥ずかしいって。でもまああんたのことだから夢中になって子供できてどうしようとか言いかねないからね」

「そ、そんな赤裸々に言わないで!」

「はいはい。でも、あんまり度が過ぎると男に飽きられるから焦らしながらほどほどにね」

「もー!」


 恥ずかしい限りである。

 実の母に夜事情を的確にアドバイスもらう家庭なんてうちくらいのものだろう。

 でも、理解ある母親のおかげで泉君とこうなれた部分もあるわけだし、そこは感謝だけど。


「じゃあ明日は赤飯にするから」

「赤飯?うん、大好きー」

「……そういうところ、つまんないわねあんた」

「?」


 よくわかんないけど赤飯を出してくれるそう。

 何かのお祝いくらいにしか食べないので、私は大好きなごま塩をかけたそれを楽しみに家を出る。


 電車に乗るといつものように泉君の姿が窓から見える。


 今日からはもう何も恥ずかしがることはない。

 公衆の面前とか関係なしにイチャイチャしてやるーと意気込んで飛び乗ると、泉君が。


 そして隣には……誰?



「泉くん、私三組の原だけどわかるー?」

「え、いやちょっと……」

「えー、最初の合同体育の時にキャッチボールしたじゃんかー」

「そ、そうだったっけ?」


 朝から困ったことになった。

 ズカズカと俺の隣に座ってくるのは香月さんくらいのものかと思っていたけど、伏兵とやらは存在したようで。


 同じ学年の原さん。

 下の名前も知らない程度の顔見知りだけど、なぜか俺に親しげに話しかけてくる。


「あの、隣……人がくるから」

「えー、電車の席って予約制だっけー?ウケるんだけどー」

「あ、いや……」

「空いてるんだからいいじゃんー。それよりさ、羽ちゃんと仲良いんでしょ?今度みんなでカラオケいこーよー」


 羽ちゃんとはまあ羽田のことだろうけど、しかしなんでまた俺に絡む?


 原さんはちょっとギャルで可愛らしい見た目だけど俺は苦手なタイプだ。


 なのに香月さんのようにグイグイくるから正直迷惑していた。

 そんなところに氷南さんが登場。


 ……またややこしいことにならなければいいけどと心配したのも束の間、そっぽをむいて氷南さんは隣の車両に行ってしまう。


「あ、まって」

「どうしたの泉くん、電車が動いてる時に立つとあぶないよー」

「……」


 また怒らせてしまったのだろうか。

 そのあとも隣でベラベラと原さんが何かを話していたが、俺の耳には届かなかった。


 

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