14 あてもなく


 私は昨日、自ら思いついた名案に従って朝早くから隣駅にある泉君の家を目指して歩いている。

 学校からは逆方向だし、隣駅って少し遠いけどそれくらいしないと香月さんに泉君をとられちゃう!

 だからいつもより一時間も早く起きて早朝の住宅街をゆっくり歩いている健気な女子が私。

 うん、泉君ったらびっくりするだろうなー。急に迎えに来てくれた女子にキュンキュンなんて展開、あるー!それに泉君の家から学校までずっと一緒とか……死ぬ―!


 ええと、泉君のお家は……ってどこか知らない!?


 あまりに気持ちが浮かれすぎていて私はうっかりどころかしっかりとミスをした。

 バカにもほどがある。目的地がどこかもわからずに朝早くからスキップしながらお散歩してるなんて。


 ……ていうかここどこ?あれ、この前寄ったコンビニってこの辺りじゃなかったっけ?

 もしかして私、迷子?いや、もしかしなくても迷子だ。

 全然人も通らないし、通ったとしても人見知りだから道なんか聞けないし。

 

 どうしよう……あっ、でも、もしかしたら偶然泉君が通りかかったりするかも?

 そうだよね、この前だって偶然道であったり本屋であったり、私達って運命的によくあうし。

 うんうん、天は私に味方してるはず!



 ……甘かった。そんな偶然がそう都合よく起こるわけがなかった。


 あうう、このままだと遅刻しちゃう。

 どうしよう、今日はお母さんも朝から出て行ったしお迎えも来てくれないだろうし、そもそも自分がどこにいるのかもわかんないのに助けを求めても……そうだ、泉君に連絡してみたらどう、かな?


 で、でもメッセージだと気づかないかもだし。


 ……通話機能、使ってみる?



「いない、か」


 学校前の駅についても氷南さんはいない。

 代わりに隣には香月さんが、少しからかうように俺を覗き込んで笑っている。


「そんなに落ち込まないでよ。私に失礼じゃない?」

「失礼だとは思ってるけど、でも俺はよく喋る人って苦手かも」

「泉君って結構直球だねー。ま、いいけどー」

 

 俺の吐いた毒なんて香月さんからすれば屁でもない様子。

 できれば時間ギリギリまで駅前で氷南さんを待ちたいのだけど、それすら香月さんは許してくれない。


「たまにはさ、一緒に学校行こうよ」

「なんでそんなに俺に構うんだよ。ほっといてよ」

「泉君、それ本気で言ってる? ……まぁいっか。とりあえず学校行こうよ」


 嫌がる俺の手を引いて学校に向かおうとする香月さんに迷惑しているところで携帯に着信が入る。


「ごめん電話が……って氷南さん?」


 ライムの通話機能から、彼女が電話をかけてきた。

 これは何事だと、慌てて電話をとる。


「もしもし、どうしたの?」

「……」

「あの、氷南さん?」

「道、迷った」

「へ?」

 

 一瞬自分の耳を疑った。

 このひらけた地元のどこに、朝から迷い込んでしまうようなスポットが存在するというのか。

 もしかしたら今日、氷南さんは休みを取ってどこかに旅行に行っていて、そこで迷子になったのかとも考えたが、電話口の彼女の声を聞く限り、SOSを求めているように感じたのできっと近くにはいるのだろう。


「迷った?い、一体どこにいるの?」

「ひ、秘密」

「いやいや、秘密って言われても……」

「公園、ゾウさんのいる公園がある……」

「公園……あ、あそこかな?」

「わ、わかるの?」

「うん、今からそっちに」


 そっちに行くよと言いかけた時に、ふと駅前の時計を見て登校時間まであと二十分しかないことを知る。

 このままだと、電車に乗って氷南さんと合流している間に学校は始まってしまう。

 ……遅刻するけど、いいのかな?


「ねぇ泉君早く行かないと遅刻するよー」


 後ろから香月さんの声がして、学校に向かうかどうか考えた後すぐに俺は決心が固まった。

 多分こうやって流されてしまう俺の優柔不断さが氷南さんをイライラさせていたのだろう。


 どういういきさつで迷子になるのかはよくわからないが、とにかく彼女が困っているのなら助けに行くべきである。


「氷南さん、すぐにいくからそこにいてね」


 俺は電話を切った後、もう一度改札の中に戻る。

 そしてすぐに来た電車に飛び乗って、自宅の最寄り駅を目指すところでふと考えたことがある。


 なんで氷南さんは、俺の家の近くの公園にいるんだ?

 駅へも学校へも完全に反対方向だし、何か用事があったのかな?


 ……もしかして俺の家に来ようとしてたとか。いや、それは考えすぎか。

 第一彼女は俺の家を知らないだろうし、目的地もわからないままそこに向かうような子じゃないだろう。


 でも、大丈夫かな。今頃一人で泣いてたり……いや、怒ってそうだな。



 泉君が来てくれる……でも、遅刻させちゃった。

 ああ、私ってどこまで彼に迷惑をかけたら気が済むんだろう。


 で、でも今更来なくていいとか言えないし、でも来てくれたらきっと安心して泣いちゃいそうだし。

 ……だめ、もう困らせるようなことはしたらダメなの。

 うん、泉君には気丈に振る舞って、大丈夫だよありがとうって言うんだ。


 そんでちゃんと謝る。

 学校にも私が説明する。

 

 ……頑張れ私!頑張れ私!



 ちょうど始業の時間になる頃、俺は自宅の最寄り駅に到着した。

 さすがにこの時間になると通学の生徒も通勤の会社員もおらず、駅前は閑散としていた。


 ゾウさんがいる公園とは、多分俺の家から少し裏手に入ったところにある湊川南公園のこと。

 昔からよく遊んでいた場所で、石で作られたゾウの椅子みたいなものが並んでいるなんでもない公園だ。


 急いでも学校には当然間に合わないのだが、そんなことより一刻も早く彼女の元に行きたい、行ってあげたいという気持ちで精一杯走った。


 自宅を横目に公園まで一直線に駆けていくと、ゾウの石の上にちょこんと座っている彼女の姿を発見した。


「氷南さん、大丈夫?」


 一人で不安そうにじっとしていた彼女は、呼ぶとこちらを向いて地面に足を置き歩いてきた。


「きて、くれたんだ……」

「う、うん。でも、迷子ってどういう」

「き、聞かないで」

「ご、ごめん」


 なんか悔しそうに唇を噛んでいる彼女を見ると、なんとなく事情は察した。

 方向音痴なのだろう。だから見慣れない場所に行くとどこかわからなくなってしまったに違いない。


 そういう自分の隠したいところを指摘されると誰だって嫌なものだ。

 迷子の件はあまり触れないでおこう。


「でも、無事でよかったよ。とりあえず学校行かないと」

「……遅刻、だね」

「うん、でも仕方ないよ。一応羽田には連絡して先生に伝えてもらってるし」

「そ、そっか」


 とりあえず彼女と合流できたことでほっとした。

 でも、どうしてここまで来たのかをきこうとしても、そうなると迷子の件もまた掘り返してしまうし、どうしたものか。


 うーん。何も言わないけど、氷南さんは俺が迎えにきてお節介だとか思ってないだろうか。

 

 


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