10 怒ってる?


 翌朝、氷南さんは電車にはいなかった。

 朝、彼女からのメッセージに気がついた俺は慌てて返信をしたが既読はつかず。

 

 そのまま電車に乗ったが彼女は次の駅で乗ってはこなかった。

 学校前で彼女をずっと待っていたが、結局始業ギリギリまで待っても彼女は現れず、俺は一人で教室に向かうことになる。


「よう、今日は一人か?」

「氷南さん、今日は電車に乗ってこなかったんだよ」

「愛想尽かされたんじゃないのかぁ」

「やめてくれよ、心配なんだから……」

「お前ってほんと、普通にしてりゃ彼女出来そうなのに勿体ねえな。童貞拗らせてやがる」


 羽田はいつものように俺をからかって笑う。

 ただ、俺にとっては笑い事では済まない。


 しかも朝からラインがこないし、既読にすらなっていない。

 そのまま朝のホームルームが始まってしまったが、彼女は姿を現さなかった。


 今日は休みなのかと心配していると、三限目が終わった休み時間に彼女が静かに教室に入ってきた。


 下を向いたまま、どこか暗い影を残した彼女はスーッと席にむかい、そのまま席へ座る。


 皆、何事かと彼女の方を見ると氷南さんはギッと睨みつけるように前を向く。

 それを見て慌てて目を逸らすと、みんなは見なかったフリを決め込んで別の話題にシフトする。


 うーん、何か嫌なことでもあったのだろうか?



 どどど、どうしよう遅刻しちゃった……

 うわぁ、みんな見てる、見てるよう……


 私、絶対に目立ちたくないから遅刻とかしないように心がけてたのに。

 昨日眠れなくて寝坊してお母さんに休みたいって相談したら家から放り出されて……

 あーやだよー、もう帰りたいよー。


 私はとにかく見られたくないので、不思議そうにこっちを見るクラスのみんなを片っ端から睨みつけていた。

 もちろん何も悪いことはされていない、むしろ悪いのは私なわけで。


 でも泉君は平然としてる様子だし、私のこと心配とかしてないのかな?

 そ、そりゃそうだよねなんで泉君が私の心配なんかするのよ、あり得ないじゃん……



「氷南、随分ゆっくりな登校だが何かあったのか?」


 うわぁ、先生が来ちゃった。ほら、そんなことするからみんながまた見てるじゃん……

 

「……」

「おい、しゃべらないとわからないだろ」

「……」

「訊いてるのか氷南」

「……知りません」

「なんだと?」

「いう必要ありますか?」

「え、ああすまん……」


 あーあ、やっちゃった。

 先生がすんごい怖い顔して前に戻っていく。

 私は視線を集める恥ずかしさに耐え切れずに先生まで突き放してしまった。


 遅刻したの私なのに、悪いのは全部私なのに、なんでキレてるんだろ……




「氷南さん、こえぇなー」


 昼休み時間に羽田が肩をすくめながら俺のところへ。

 まぁこいつに限らずみんなも、今日のツンデレラ姫の塩対応を話題に盛り上がっている。


 当の本人はというとさっさと教室を出てどこかに行ってしまった。

 それをみて羽田は話を続ける。


「いやぁ、先生にまであの対応とは恐れ入るねぇ姫様は」

「きっとなにかあったんだよ。それに授業中にあんな聞き方する先生も悪いって」

「随分庇うなぁ泉。氷南さんと何かあったのかぁ?」

「……別に」


 からかわれても何も出やしない。俺と彼女はただ連絡先を最近交換しただけの仲だ。

 それに今日は連絡もくれなかったし、やっぱりその程度の関係なのかも、とか自分で考えて勝手に落ち込んだ。


「はぁ……」

「ため息つくなよ。っておい、見てるぞ」

「何が」

「姫が、お前を、すごい顔で」

「え?」


 ふと彼女の方を見ると、もはや睨みつけるというより今から俺を殺しに来るのではというような目でじーっと俺の方を見る氷南さんと目が合った。

 

「お前、なんかしたのか?」

「し、してないよ……」

「あっ、こっちくるぞ?俺、トイレ行ってくるわ」

「お、おい」


 羽田はどうも氷南さんが苦手なようで。

 そそくさと逃げる友人と入れ替わる形で氷南さんが俺の方へやってきた。


「あ、おは、よう氷南さん」

「おはよう」

「ど、どうしたの今日は?体調、悪かったとか」

「元気」

「そ、そう」


 うーん、いつも彼女は怒った時にぷくっと頬を膨らませるのだが、今日は少し目を細めて口をとんがらせているだけだ。

 これは相当に怒ってるのか?でも、なんでだ……


「あの、怒ってる?」

「怒ってない」

「で、でも」

「怒ってない、ちょっと来て」

「う、うん」


 彼女のあまりの目つきに少し怯えながら恐る恐る席を立ち、彼女について行く。

 クラスの何人かは「泉と氷南さんが喧嘩してるぞ」なんて騒いでいたがそれどころではない。

 一体どこに連れていかれるのかとついて行くと、着いたのは校舎裏。

 こんな時間には誰もくることのなさそうなほど静かな場所に連れ出されて俺はひどく緊張した。


「ど、どうしたのこんなところまできて」

「……昨日、返事」

「ご、ごめんねてたんだよ」

「ふーん。寝てたんだ」

「う、うん。だから朝起きてすぐ返信したけど」

「え?」


 一瞬、大きい黒目をさらに大きくしたように目を丸くして、彼女は携帯を見る。

 そしてまた目を大きく見開いた後、そっと顔をあげながら気まずそうに俺の方を見る。


「気づいてなかった……」

「あ、朝慌ててたんなら仕方ないよ」

「ご、ごめんなさい」

「いいよいいよ。それよりお昼食べないと」

「う、うん」


 なんてことはない誤解だった。

 でも、彼女も俺の返事を待ってくれていたのだと思うと、少し怒られそうにはなったがそんなに悪い気はしない。

 むしろそうであってくれたことが嬉しくて、俺は少しだけテンションが上がっていた。


「よかったら部室で一緒に食べる?」

「いい、けど」

「じゃあそうしよう。何か買ってくるから先に行ってて」


 彼女を残して俺は走ってパンを買いに行く。

 その後すぐに、また駆け足で部室へ。


 すると彼女が弁当を出してじっと座って待ってくれていた。


「おまたせ」

「うん」

「今朝、氷南さんがこないから焦ったよ」

「……」

「あ、ごめん気にしてた?」

「(泉君のせいで寝不足なのに……)」

「え、なんか言った?」

「言ってない、ぷいん」

「……」


 彼女ともっと仲良くなったら、もしも付き合うなんて奇跡があったらいつの日か。

 彼女のぷくっと膨らんだそのほっぺをつんつんとしてみたい。


 そんなことを考えながら彼女と静かに昼食を共にした。

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