11 どこからが浮気?

 昨日の帰りのこと。彼女と電車でいつものように並んで座っていると、彼女の方から「クレープがまた食べたい」という話をされた。

 その足で行こうと思ったが、彼女はなぜか逃げるように電車を降りて行ったので叶わず。その代わり帰ってからライムをすると、すぐに返事が来た。


『明日の放課後、買い食いしたい』


 なんというストレートな表現だろうか。

 思わず画面を見て笑ってしまったのはここだけの話だが、それくらいその文面にはツッコミどころしかなかった。


 でもでも、どういう風の吹き回しかは知らないが今日の放課後は彼女と寄り道デートの予定となった。

 それがあまりに嬉しくて、電車を待つ間も少し鼻歌まで歌ってしまうほど。

 そして電車に乗り、次の駅で彼女が俺の横に座るはずなのだが……


「ここ、いい?」


 なんと俺の隣に座ろうと、女の子が声をかけてきた。

 見上げると同じ学校の生徒で、顔も見たことがある子だった。


「あ、たしか……香月さん?」

「あ、覚えててくれたんだ。よいしょっと」

「あっ」


 香月香かつきかおりさんは、なぜか回文になっているその名前も手伝ってなのか学校では有名人の一人である。

 最も有名なのは名前だけではなく、彼女もまた氷南さんに引けをとらないほどの美人で、演劇部に所属する彼女は明るくて友人も多く、また勉強もよくできるスーパーウーマン。クラスが同じなので俺も何度か話したことはあるが、こうして電車で会うのは初めてだ。


「いつもこの電車乗ってるの?」

「うん、香月さんは?見かけたことないけど」

「私ね、昨日引っ越しで駅が変わったの。今までアパートだったのに親が老後のためにって家買っちゃってさー」

「あ、そういえば近所に家建ててたね。あれ、香月さんの家なんだ」

「へー、近所なんだ。じゃあまたその辺で会うかもね」


 彼女ははきはきと、勝手に話題を作って勝手に話してくれるので段々と会話が盛り上がってしまう。

 しかし電車が次の駅に止まろうと減速し始めた時に、まずいことに気が付く。


「あっ」

「どうしたの泉君」

「い、いや、ええと」

「あ!あれってツンデレラ姫じゃん」

「……」


 慌てて俺は電車に乗ってくる氷南さんの方を見る。

 少し腰を浮かして、立ち上がろうとする姿勢を見せるが、氷南さんは俺の方を冷たい目で見た後、車両の奥に消えていってしまった。


 ……これはまずいと、本能的にわかる。いや、別に嫉妬されてるとかではなくて、彼女の為に隣を空けていなかったことに対してまた「嘘つき」とか言われそうだなと想像ができてしまう。


「そういえば泉君って姫と仲いいんだよね?」

「え、なんで?」

「だって、あの子が誰かと話してるのなんて見たことなかったのに。最近はやたら泉君と話してるなって」

「う、うんまぁ偶然、ちょっと話すきっかけがあって……」

「なんか酷い汗だけど大丈夫?体調悪いとか」

「ううん、大丈夫……」


 君がここに座ったせいでまずいことになったんだよとは、もちろん香月さんには言えるはずもなく。

 いつもならもう着いたのかと思ってしまう電車も、今日はやけに長く乗っているような感覚だった。



「んじゃ、また学校でね」


 駅に着くと彼女はさっさと行ってしまった。

 どうやら友達と待ち合わせしていたようで、改札辺りで女子数人と合流する香月さんの姿を見届けてからため息をついていると、後ろから冷たい視線を感じて振り向く。


 もちろんそこには氷南さんが。


「隣、譲っちゃうんだ」


 今から俺のことを八つ裂きにでもしてしまいそうなほどに鋭い目で俺を睨みながら彼女は言う。

 想定内だったつもりだが想像以上に怖い……


「え、ええと違うんだよ。香月さんが勝手に座ってきて」

「別に、私は気にしてないけど」

「い、いやでも」

「でも約束破ったのはむかつく。むかつくむかつく」

「ひ、氷南さん?」


 その場で地団太を踏むように足をドンドンと地面に蹴りつける彼女の姿はなぜかとても愛らしく、俺にはガムでも踏んで大慌てしている女の子みたいにしか見えず思わず笑いそうになった。

 そんな俺を見て彼女はムッとする。


「何がおかしいの」

「あ、すみません……」

「いい、もう知らない。明日から香月さんと仲良く登校してね」

「あ、氷南さん」


 氷南さんは走って先に行ってしまった。

 

 ……どうしようかな、これ。



 あーん、泉君の浮気者!!誰よあの女、って香月さんだよねあれ?

 うう、やっぱり泉君も香月さんみたいに明るくて美人で勉強できて友達多い女の子の方がいいに決まってるよね……


 ううっ、言ってて自分のポンカス具合に胃が……私、彼女に勝ってるところ一個もないじゃん……


 え、でもどうして一緒に登校してたんだろ?

 も、もしかして二人は本当に付き合って……る感じではないかなぁ。

 でもでも、隣同士に座るってことはやっぱりそれなりに仲良しさんなのかなぁ。

 

 ……それより私、泉君から逃げてきたけど大丈夫?なんか八つ当たりしまくってたけど。

 ああ、もうダメ……今日はせっかく放課後デートの予定を勇気だしてゲットしたのに、もう絶対にだめだよぅ……。



「で、今日は香と一緒に登校したと」

「電車で隣になっただけだよ」

「ほーん、やるねぇ色男め」


 昼休み、今朝の出来事を羽田に相談して、からかわれている。

 まぁこいつになんでも相談する俺も俺だが、すぐ色恋沙汰に結び付ける羽田も羽田。

 香月さんのことを香なんて親し気に呼ぶ羽田は俺に対して「お前に気があるんじゃね?」とか天地がひっくり返ってもあり得ないことを言いだす。


「ないない、絶対ない。俺はお前みたいに見た目で惚れられるようなスペックもってないんだよ」

「雰囲気とか、一回喋った時にビビッときたとかあんだろ?可能性はゼロじゃあないぜー」

「だとしてもだよ。それに俺はだな……」


 俺は氷南さんの事が好きなんだ。だから他の女子に好意を持たれても、まぁ嬉しいけど複雑というかだな。


「とりあえず俺が香にこそっと聞いといてやるからよ、まぁお前はお姫様の機嫌をどうにかしなよ」

「な、なんで俺が氷南さんの機嫌を損ねたって知ってんだよ。そこまで話してないぞ」

「見ろよ、お前のことすんごい目で睨んでるぜ」

「え?」


 ふと、氷南さんの方を見ると彼女の冷血な視線が俺を捉えて離さない。

 じっと。まるで獲物の動向を探る肉食動物のようにじっと俺を睨む彼女はそれでいて微動だにせず、集中しきっているかのように一点を見つめている。

 もちろんその一点とは俺であるが。


「ま、まずいな……」

「だろ?俺も怖くてそわそわしてるんだよ……とりあえずそっちのことは自分でなんとかしろよ、じゃあな」

「あっ、おい」


 羽田のやつ、都合悪くなるとすぐこれだ。

 しかし氷南さん、まだ俺のこと見てるよ……


 ……あっ、立った。……こっちに来てる?


「あの」

「ど、どうしたの氷南さん?」

「……なの」

「え?」

「香月さんとはどういう仲なの恋人なの?今日隣空けてくれてなかったからすんごく困ったんですけど!」

「あ、ごめん……」

「えーん」

「あっ、待って!」


 氷南さんが走ってどこかに消えた。


 また同じようなことが起きた。

 しかも今度は氷南さんファンのみならず、香月さんのファンからも尋問を受けることとなり、またしても昼飯を食べ損なってしまう。


 ……放課後が不安だ。

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