12 ヤキモチが止まらない
学校が終わるまでに俺は何回、クラスの連中に首をロックされたことか。
それに何度か氷南さんの方を見てもずっと窓の外をみているし、香月さんはというと気にも留めていない様子で「ごめんごめーん」とか言って片付ける始末。
はぁ、なんか最近かもなく不可もなくっていう感じでは全くない気がする。
もちろんそれもこれも氷南さんの発言からだけど、なんで彼女はあんなことを言ったのだろうか。
授業もそこそこにぼんやりとそんなことを考えていると、あっという間に放課後。
しかしもちろん氷南さんは俺のところなどに来るはずもなく、さっさと教室を出て行ってしまった。
「おい、まだ仲直りしてないのか?」
「……無理だよ。目も合わせてくれないし」
「こんなの他人から見たら痴話喧嘩にしか見えないけどなぁ。なんなんだろあのお姫様は」
「わかったら苦労しないよ」
羽田と少し話してから、彼女が向かったであろう部室に。
すると中で彼女が、本も読まずにジッとしたまま椅子に腰掛けていた。
まるで人形か何かのように動かない。それでいて彼女から発せられる負のオーラは凄まじく、黒いものが漂っているようにも見える。
「あ、あの……氷南さん?」
呼ぶと彼女は俺の方をゆっくり見て、というより睨んでからまた俯く。
今回は一筋縄ではいかないと、そう直感した。
「ええと、その……今朝のことはごめんなさい。あれはたまたま」
「断ればいいじゃん」
「う、うん……」
こっわ……今の目つきやばかったなぁ。
いやいや、まだ怯むのは早い。今日仲直りしないと、なんかずっとこのままな気がする。
「それもごめん。彼女の方からすごく話しかけてくるからタイミングがなくて」
「言い訳いらない」
「うっ……」
段々と苦しくなってきた。
漂う空気感に加え、彼女からの辛辣なツッコミがボディブローのように効いてくる。
「ええと……もう絶対隣に誰か座らせたりしないからさ!」
ここまでいうと、むしろ向こうから「いやいや泉君って私の何?」とか言われそうな気もしてたけど、でもこれくらい言わないと誠意も伝わらないし……
迷った挙句にそう伝えると、彼女の顔が、血の気が戻るようにパァっと明るくなっていく。
「ほんと?」
「う、うんほんと」
「絶対?」
「ぜ、絶対だよ」
「必ず?」
「か、必ず」
「もし破ったら?」
「ええと……クレープ、追加とか」
「……許してあげる」
「ほ、ほんと?」
「うん……いいよ」
なんだかよくわからないが許してもらえた?
……その割には彼女の顔がまた少しだけ曇る。
あと何が不満なのだろうか。
「ま、まだ怒ってる?」
「怒ってない」
「……怒ってるよね?」
「プイッ」
「……」
氷南さんのことはここ数日で理解してきた気でいたが、やっぱり彼女が何を考えてるのかさっぱりわからない……
♡
クレープ追加で許すとか、私どんだけ食いしん坊なのよー!
ていうかなんで今朝からずっと怒ってんの?べ、別に香月さんにヤキモチとか妬いてないもんね!
あ、あれは椅子に座れなくてイライラしただけだから別に泉君の隣に香月さんが座ってたからイライラしたわけ……だよねぇ。
あーもう、モヤモヤするー!
なんか泉君めっちゃ優しいからもうしないとか言ってくれたけど、あんなの私が言わせてるだけじゃんか。
ううっ、絶対めんどくさい女だって思われてる。どうしたらいいかな……
「あの」
「どうしたの氷南さん」
「……この後、クレープ食べにいくんだよね」
「あ、覚えててくれたんだ」
「ま、まぁ……」
ていうか私から誘ったわけだし、むしろ泉君の方こそ覚えててくれたんだって感じだけど……
「早く行こ、閉まっちゃうし」
「うん、それなら片付けるよ」
やた。これから泉君と……で、ででで、でーとだ!
よーし、今日の分を全部挽回するくらい可愛くいこう、私!
♠
「でも、氷南さんの方の駅は何でもあってうらやましいよね」
「そう、かな」
機嫌を取り戻した様子の彼女を見て少しほっとしたが、電車に乗ると今朝のトラウマが蘇る。
香月さんは何も悪くはないが、しかし氷南さんと一緒の時に彼女と遭遇するのはとてもよくないことが起こりそうな予感がする。
だから頼むからいないでくれと願ったのがいけなかったのか、ばったり香月さんと遭遇してしまう。
「あれー、泉君と……ツン、じゃなくて氷南さんじゃん。デート?」
相変わらず軽いというか壁がないというか。そういうところが男子から人気の秘訣なのだろうが、俺はあまり得意ではない。
そんな彼女を氷南さんもやはり苦手なのか、下を向いたまま黙ってしまった。
「ええと、ちょうど帰りが一緒になって」
「へー、じゃあ駅降りたら一緒に帰ろうよ。家近いんだし」
「い、いやいや今日はちょっと桜川駅に用事が……」
「あれ、そうなの?じゃあ私も本屋にでもいこっかなー」
「……」
この子は空気を読めないのかと、少しイラっとしてしまう。
普通、男女が二人でいたらそれはデートか何かだと思って気を遣うのが常識ってもんだろ。
それなのに氷南さんのことなんてまるで見えてないといった様子で俺に次々と話しかけてくる彼女に対して俺は戸惑っていた。
「桜川駅ってデートスポットなんだよねー。私あんまり行ったことないけど、家も近くなったしちょっと興味あったんだー」
「そ、そうなんだ。本屋は駅前すぐだから」
「ま、でも今日はさすがにやめとこっかな」
ようやく俺の嫌嫌な空気が伝わったのか、彼女があっさり引いた。かに見えたが……
「そうだ、今度の休み一緒に行かない?」
「へ?」
「いいじゃん、フリーでしょ泉君って。私もフリーだしいいでしょ」
「い、いやそれはちょっと……」
「連絡先は羽田にでも聞いとくからさ。また連絡するね」
「あっ、ちょっと」
彼女は言いたいこと言い終えると、さっさと別の車両に行ってしまった。
そして俺は恐る恐る隣を見る。すると氷南さんがフルフルと震えながら、唇を噛んでいた。
「あ、あの氷南さん?」
「……デート、するんだ」
「し、しないよ!勝手に香月さんが言ってただけで」
「別に。いけばいいじゃん。私には関係ないし」
「そ、そうじゃなくて」
「いい。それに今日はもう私、帰る」
ちょうど桜川駅に着いた時、彼女はさっさと電車を降りてしまった。
追いかけるべきか悩んだが、かける言葉が見つからずに俺は足を止めてしまった。
やがて扉が閉まる。
そして改札を抜ける彼女から俺を引き離すように、電車は無情にも次の駅へ向かって走り出していた。
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