17 ランチデートだというのに私は……
♠
学校をさぼって真昼間に同級生と部屋でお菓子を食べている。
その背徳感でずっと俺の背筋は伸びたままだ。
「ええと、もうお昼になるけどご飯どうする?」
「ぽりぽりぽり」
「……」
ずっとお菓子食べてるよな氷南さん。
しかしまぁこんだけ間食してもそのスタイル、すごいよなぁ。
……いかん、つい足を見てしまった。
え、ええと。別の事を考えないと。
「そうだ、何か食べに行く?学校の方まで行かなくてもカフェとかあるし」
「……行く」
「じゃあ、準備してくるからちょっと待ってて」
俺は出していたお菓子を下げようとお盆をとると、その上からポッキーの袋だけをスルスルと彼女がとったのを見た。
でも、あまりツッコむのはやめておこう。うん、多分好きなんだよな。
♥
あうう、お菓子没収されちゃった……
でも、これからランチデートなんてちょっと緊張する―!
よしよし、やっぱり家に来てよかった。
今朝はどうなることかと思ったけど、でもたまには学校もサボってみるもんだね!
「おまたせ、いこっか」
「う、うん」
えー、泉君私服に着替えちゃうの?じゃあ私も着替えたい……けど隣駅まで行くのは面倒だしなぁ。
うー、なんで私のおうちって泉君とこの向かいとかにないわけ?
お父さん、娘の将来を見越して家を建ててよね!
「どうしたの氷南さん?」
「な、なんでも……」
だめだめ、泉君といる時に一人語りモードに突入しないように。
ええと、なんかしゃべらないと……
「パスタ、食べたいかな」
「パスタ?うん、行ってみようよ」
「うん」
私は麺類が好きなのだけど、ラーメンとかはあまり食べない。
理由は一つ、猫舌だから。
もうスープが冷めて油が固まるんじゃないかってくらいになってようやくスープが飲め出すので、一緒にお母さんと行ってもいつも早く食えって文句言われるくらい。
だから泉君の前で猫舌はかっこ悪いし、その点パスタなら麺をフーフーしたら食べれるからいいんだよね。
ちなみにうどんはのどに詰まるし、そばは味が苦手。
……でも麺好きなんだよ?
「でも、こんなところを先生に見つかったら二人とも怒られるね」
「この辺はいないから、大丈夫だと、思うよ」
「だよね。でも、怒られたら俺のせいにしてくれていいよ。サボろうって誘ったの俺だし」
「そ、そんなの、大丈夫……」
きゃー!何めっちゃ優しい泉君!
私の罪まで彼が被ってくれるなんて、そんなの絶対私の事好きに決まって……は言いすぎだけどほんと優しすぎて私、泣きそう……
あー、ほんと泉君って素敵だなぁ。
こうやって先導してくれる間も話題作ってくれるし、絶対怒らなさそうだし、爽やかだし。
彼女いないって言ってたけど、絶対このまま放ってたら他の女の子にとられちゃうよね。
……特に香月さんとか。
よし、今日は勇気を出してアピールを……
「氷南さんって好きなものあるの?」
「しゅきっ!?」
「ど、どうしたの?」
「ご、ごめんなさい虫が……」
あー、びっくりしたー。
好きなものかぁ。好きな人だったら即答で「あなたです」とか……それはちょっとキモいかな。
「ええと、お菓子好きだよ」
「結構食べてたもんね。そうだ、今度おすすめのお菓子を部室に持ってこない?俺も結構好きだからさ」
「うん、いいよ」
うん、いいよって……
本当は「喜んで!」って目を輝かせたいくらい素敵な提案なのに、どうして私の表情ってこんなに固いのかな?
もしかしてそういう病気……じゃなくて性分だよね。
うう、もっと社交的で器用で明るい女の子に生まれ変わりたいなぁ。
彼の横でぼんやりと考え事をしていると、お店の前についてしまった。
泉君の家から学校と反対方向にしばらく歩いたところにある、個人でやってそうなカフェだ。
住宅街の中にひっそりと、でも近づくと中には多くの客が。
「ここ、行ってみたかったけど学校と反対だから行く機会なくて。どうかな」
「うん、いいよ」
中に入ると外観以上におしゃれ。隠れたデートスポットなのか大学生っぽいカップルが多い。
「な、なんか人多いね。別のとこにする?」
気を遣ってくれたのかなとも思ったけど、カップルばかりの状況に「俺たちはそうじゃないから」と言いたいんじゃないかともとれる。
ううむ、ここで引いてしまったらそれを認めてしまう。
ここは敢えて突入だ!
「行く」
「え、いいの?」
「うん、ここじゃないとヤダ」
「そ、そっか。じゃあ入ろう」
うーん、どうやったらもっと可愛らしくわがままになれるのだろう。
これだとただめんどくさい女じゃん。
はぁ……勢いで店に入ったけど大丈夫かな?
♠
「おすすめはこちらのワッフルセットになっております」
若い女性の店員さんがメニューを差し出しながらそう話すが、少し不思議そうな顔をしていたのを俺は見た。
大人ばかりの空間に俺たちはかなり浮いている様子だ。
そりゃそうだ、平日の昼間から高校生っぽい二人(一人は制服だし)が何をしているんだという話だ。
もちろんそんなことくらいで通報されたりはしないだろうが、今まで真面目に生きてきたせいか、この程度のことでも相当ビクビクしてしまう。
でも、今日は氷南さんと一緒だし、かっこ悪いところは見せられない。
平常心、平常心。
「ええと、おすすめのやつにする?」
「……任せる」
「う、うん。じゃあ注文するね」
氷南さんも気まずいのだろう。いつも以上に目が泳いでいるというか、挙動不審だ。
うーん、やっぱりデートに誘ったのは失敗か?
普通に学校行っておけばよかったのかも……
♥
どうしよう……お財布、忘れてる。
も、もちろん泉君がもってるとは思うけど、お会計の時になって「実は一円も持ってません、えへへ」なんてあざとい女みたいなことしたら絶対に嫌われる!
なのにランチセットとか、結構高いもの注文しちゃったしどうしよう……
ううっ、やっぱり正直に話した方がいい、かな……
でもでも、今更そんなこと言っても結果は同じだし、どうしたらいいんだろう?
「おまたせしました」
目の前に出されたワッフルを見て、私はそんな不安が吹き飛んだ。
「わぁ……」
思わず声が出てしまう。
綺麗な焼き目の入ったワッフルに、豪華に盛られたクリームとフルーツ。
そしてセットについてきたコーヒーにはラテアートでハートが描かれている。
……写真撮っていいかな?
「写真、撮る?」
私の反応を見てか、泉君の方から気を遣ってくれた。
「う、うん。失礼します」
パシャリ。うん、いい感じ。
あー、なんかすんごくデートしてる感じだなぁ。
できればこっそりと泉君も撮りたいけど、ダメだよなぁ。
「じゃあ、食べよっか」
「うん、いただきます」
はむっ。お、美味しい!
なにこれ、めっちゃおいしい!
「おしい」
「惜しい?」
「あっ、違うの、おいしいなって」
「そ、そう。うん、ここは有名だからね」
噛んじゃった……惜しいって何よ、どんだけ通なのよ私!
すんごく美味しいのに、とんでもない言い間違いを犯してしまった。
そんな失礼なことを言いながらも私は、お昼時でお腹が空いていたのもあってどんどんと食べてしまう。
彼よりも先に完食。
そしてもったいないと思いながらもアートをなるべく崩さないようにコーヒーに口をつける。
「にがっ……」
苦くて飲めなかった。
「あっ、ごめんコーヒーダメだった?」
「う、うんでも砂糖入れたら大丈夫、かな」
結局砂糖やミルクを入れてもコーヒーはコーヒー。
あまり飲むことはできずに残すこととなった。
「じゃあ、行こうか」
泉君が立ち上がろうとして思い出した。
しまった、財布が……
「え、ええと」
「ん?いいよいいよ俺が奢るから」
「あ、あうう」
「あう?」
「ご、ごめんなさいわたしお財布忘れちゃたの!」
言えた。振り絞ってようやく、自分の思っていることを口にできた。
でも、なんてかっこ悪い告白だろう。本当はありがとうとかご馳走様とかそういうのをいっぱい伝えたいのに。
「そうなんだ。いやいや、大丈夫だよ。もしかして、それ気にしてた?」
「え、ええと……うん」
「あはは。大丈夫だって。俺もバイトしないときついけど、氷南さんにご飯付き合わせて割り勘とか言わないよ」
「で、でも」
「ご馳走させてよ。嫌じゃなかったらだけど」
「い、いやじゃ、ないよ」
「よかった。先に出て待ってて」
私は爽やかにレジに向かう彼の後姿を見ながら、夢遊病のように立ち上がり先に外へ。
もう、ダメだ。好き、好き好き好き!
泉君、かっこよすぎー!
「氷南さんお待たせ」
「……好き」
「へ?」
「あっ、ううん、ここのご飯好きだなって」
「そ、そう。気に入ってくれてよかった」
「……」
あー、ヤバい。私のお口のチャックががばがばになってる。
このままだとなんか変なこと口走っちゃいそうだけど……でも。
「帰ろっか。一応二人とも体調不良ってことになってるし」
「う、うん」
多分、いや絶対私の顔は真っ赤っかだ。
でも、緊張と疲労とでフラフラする私に手を差し伸べてくれる彼を見ると、やっぱりもう少し一緒にいたいなって、そう思う。
でも、手を握るのは恥ずかしいから、袖をつまんで引っ張ってもらう。
……今日、学校行かなくてよかった。
♥
「あんた、今日学校サボったんだってね」
「ひぃ……」
帰ってから、お母さんに怒られた。
幸せな気分も台無し。お小遣いも減らされた。
でも、泉君から「今日は楽しかったよ、でも今度は休日に行きたいね」なんてライムが来ていたから私は無敵。
ルンルンと鼻歌を歌いながら眠るのでした。
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