18 いい一日になる予感?


 やばい、めっちゃ楽しかった。

 氷南さんと、学校サボってデートしてしまった……


「うおー」


 部屋で一人興奮している俺は相当キモい奴だとは思う。

 でもそれくらい嬉しいことだったのだ。


 さっきまで氷南さんの前だからと、平然を装っていた反動もあるだろう。

 もう昂る気持ちが抑えきれなかった。


 ……可愛いよな、氷南さん。

 ちっさいし、照れたら赤くなるし、そんでもって動きとか猫みたいだし。


 あー、もう可愛い。今日ずっと一緒にいたからますます思うけどめっちゃ可愛い!

 ていうか、俺の部屋にいたんだよな彼女……


 いや、冷静に考えてヤバい状況だったのでは?

 あー、なんであの時に気づかないんだよ俺、チャンスどころじゃなかっただろ!


 学校サボって女の子を部屋に連れこんでと、悪いことをしている背徳感に押しつぶされないように振る舞うので精一杯だった俺はそんなところまで気がまわらなかったとはいえ、実に惜しいことをしたものだ。


 しかし彼女がこの部屋にいたと思い出すだけで胸の高鳴りがおさまらない。

 

 ……もっかい来ないかなあ、氷南さん。



 朝、目が覚めた時に布団の中で昨日のことを思い出す。


 ……冷静に考えたら私、泉君の部屋で二人きりだったんだ。

 で、でも泉君は手を出すどころか緊張してる感じでもなかったし、やっぱり私って女の子として見られてないのかな……


 も、もちろんエッチなことされたいわけじゃないけど、でも私のこと好きならもうちょっと意識してる感じが出てもいいと思うなぁ。


 ……確かめたい。でも、もっかい家に押し掛けるとかはできないし。

 うーん、どうしようかな。



「おはよう氷南さん」

「お、おはよう」


 平然を保ちながら今朝も氷南さんと電車でいつものように通学する。

 今日は幸い、香月さんは姿を見せず平穏な朝を迎えることができた。


「昨日休んだから、ちょっと学校行きづらいね」

「うん、そうだね」

「ごめんね、俺が誘ったりしたから」

「そ、そんなこと……ないよ」


 今日の氷南さんはいつもよりよく喋ってくれる印象だ。

 気まずそうに目を逸らすのは相変わらずだが、それでいて沈黙は少ない。


「あの、お菓子持ってきたんだけど……」


 彼女が、カバンの中をちらりと見せてくる。

 中にはチョコやら駄菓子やらが入っていて、これを放課後に部室で食べながら話がしたいと言ってくれる。


「うん。でも、チョコ溶けない?」

「あっ……どうしよう、今食べようかな」

「じゃあ、俺も一個もらえる?」

「い、いいよ」


 マナーがいいわけではないけど、一口サイズのチョコなのでポイっと口に放り込む。

 彼女は実に美味しそうな表情を浮かべ、初めて彼女の笑顔を見た気がした。


「氷南さん、本当にお菓子好きなんだね」

「う、うん。好き」

「今度、駄菓子専門店とかに行ってみる?昔のやつとかそろってて面白いよ」

「い、行く!」


 昨日の一件があったことで、彼女は随分打ち解けてくれた印象だ。

 あれでよかったのかと、彼女と別れたあと色々悩んだけど結果オーライ、だな。



 はうう、今日は泉君といっぱい話せてる!

 なんか部屋に行ったんだからこれくらいはって開き直れてる。

 よしよし、このままグイグイ行ってもっと……


「おはよう二人とも」


 電車を降りたところに、香月さんの姿が。

 思わず「げっ」といった表情をしてしまう私の方は見もせず、彼女はまた泉君の方に話しかける。


「昨日は二人そろって休みとか、ちょっと怪しいなあ。サボり?」

「違うよ。たまたまだって」

「ふーん。でも二人とも急に休むのはおかしいってクラスのみんなも疑ってたよー」

「だから何もないって」


 泉君が香月さんに詮索されている。

 もちろん何もなかったし、何かあったとか言われる方が問題なのだけど、でもそうやって否定される度に少し傷つくのはなんでだろう。


 ……また学校でみんなの注目を浴びるのは嫌だなぁ。でも、みんなに泉君と噂されるのは嫌じゃないけど。


 ていうか香月さん、なんで私が隣にいるのにわざわざくるわけ?

 やっぱり香月さんも泉君のこと好きなのかな?好きなんだろうなぁ、嫌だなぁ勝ち目ないよう……


「あの、今日は氷南さんと学校行ってるからごめん」

「え、うんそっか。じゃあまた後でね」


 え? 泉君、今香月さんを追い払ってくれた?

 彼女じゃなくて私を……いや、多分私が隣で嫌そうな顔してたから空気読んでくれただけかも。


 でも、そういう気遣いしてくれる泉君もかっこいいし、やっぱり好き!

 好きなんだけど……好きって言ったらなんて思われるんだろうなぁ。


「氷南さん、いこっか」

「う、うん」


 でも、今日はなんかいい一日になりそうな予感!



 なんて思ったのが大間違い。

 昼休みに、事件は起こった。


 私が泉君を昼食に誘おうと勇気を振り絞ろうとしていた時に、香月さんが彼を連れ出してしまった。

 教室は少しざわついていた。

 軽い口調で「泉君、ちょっときてくれる?」なんて誘っていたので大した用ではないのかもと思ったけど、でも不安で仕方なかった。


 食欲がない。ていうか何も喉を通らない。

 私はいてもたってもいられなくて、慌てて教室を飛び出した。


 もちろんどこに行ったのかもわからず、食堂や購買を探したけどいない。

 体育館の裏とかも探してみたけどいない。


 体力のない私は学校を徘徊しただけで息が切れ切れ。

 へとへとになって、教室に戻ろうとするとプールの裏辺りで人影が。


 ……泉君?


「あの、いい加減本題を話してくれないと腹減ったんだけど」

「いいじゃん。ちょっとお喋りしたかったんだし」


 香月さんと話してる。

 少し泉君が困っている様子だけど、一体何の話をしてるんだろう?


 ……盗み聞きなんてダメだけど、でもこのまま離れることもできないし。


「あの、香月さんそろそろ」

「泉君、私と付き合ってみない?」

「え?」


 え?今、香月さんが告白した?


 ……ど、どうしよう。こ、このままだと泉君が香月さんにとられちゃう。

 で、でもでも動けない。足がすくんで立てないよ……


 泉君……


「俺と香月さんが? なんで?」

「前からいいなって思ってたんだ。ダメかな」

「……ごめん」


 あ、あれ? 泉君が告白を断った?


「そっか。どうしても?」

「うん、香月さんとは付き合えない」

「ふーん。じゃあ理由くらい訊かせてよ」

「……他に好きな人がいる。わかってるくせに」

「あはは。そうだね、いじわる言っちゃった。うん、わかったごめんね」


 あっ、香月さんがこっちに来る。隠れなきゃ。


 慌てて身を潜めて、香月さんがさっさと行ってしまう姿を息をのんで見送った後、一息ついてから冷静になってきた時にとんでもないことを聞いてしまったことに気づく。


 え、泉君って好きな人いるの? だ、誰? 

 香月さんだとばっかり思ってたけど違うってことは……もしかして私!?


 ……いや、それは考えすぎかなぁ。だって、好きなら昨日家に来た時にもっとぐいぐい来ると思うんだけど。

 じゃあ誰? 泉君が仲のいい人って……え、羽田君?


 ……いや、さすがにそれは妄想がひどいかな。

 ええと、それなら……うーん、わかんない。

 でも、泉君の好きな人って誰なんだろ……


「あれ、氷南さん?」

「あっ」


 隠れて一人でブツブツ言いながら悩んでいると泉君に見つかってしまった。


「なにしてるの?」

「え、ええと……散歩」

「散歩? ああ、食後だもんね」

「う、うん」


 ひー、盗み聞きしてたのがバレたかと思った。

 でも、食後どころか今頃になってお腹空いてきたんだけど……


「ぐー」

「あれ、氷南さんお昼食べたんだよね?」

「……お腹空いた」

「あはは、俺もだよ。じゃあパンでも買いに行く?」

「い、いく」


 お腹が鳴ったのは死ぬほど恥ずかしかったけど、結果的に彼と一緒にお昼を食べることができた。

 でも、泉君の好きな人って一体……それに香月さんはやっぱり泉君のこと好きだったんだ。やっぱり泉君ってモテるんだなあ。


 ……私もいつまでもこのままではいられない。

 こんなんじゃ泉君が振り向いてくれない。

 

 よし、放課後こそ。がんばってアピールしてやる!

 

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