67 夏の終わりに


「香ちゃん、もう大丈夫なの?」

「だから大丈夫だっていってるでしょ。子ども扱いしないで」


 香ちゃんと羽田君でどういう話があったのか、結局詳しいことは全然話してくれず、私も聞こうとは思わなかった。


 でも、きっと望んだ結果じゃなくて、とてもつらい結果だったのだろう。

 それでも、泣いてすぐに前を向ける香ちゃんは、私なんかよりずっと強い人なんだと思う。


 もし私が、泉君に嫌われたり彼が他の人を好きになっていたりしたら立ち直ることなんてできなかったと思う。

 やっぱり私は恵まれているんだ。でも、ただラッキーだったで終わらせないようにもっと努力しないと。


「ねえまどか。これから泉君のとこ行くんでしょ?」

「うん。さっきあいちゃんとはご飯食べてバイバイしたから」

「じゃあ、私もいっていい?」

「い、いいけどなんで?」

「別にとったりしないわよ。泉君とも普通に話したいなって、ね」

「わかった」


 このまま一緒に泉君の家まで、香ちゃんと二人で行くことに。


 もちろん泉君とイチャイチャしたい気持ちもあったけど、まあ香ちゃんも今は辛いだろうし、気分が晴れたら帰るだろうしたまにはいいかなと。



「あはは、泉君って結構話すとおもしろいね」

「そ、そうかな?」

「羽田のやつがそんなことをねー。あー、おもしろい。もっとあいつの失敗談聞かせてよ」


 ……泉君の家にきたんだけど、香ちゃんと泉君が二人で羽田くんネタで盛り上がっている。


 むむむ……私だけ蚊帳の外だ。

 また泉君が香ちゃんにデレデレしてる……


「あの、香ちゃんそろそろ」

「いやー、なんかすっきりしたー。こんなことなら初めから泉君に話きいときゃよかった。よし、お腹空いたし何か食べに行こうよ」

「あ、あのー香ちゃん?」

「なによまどか、私は邪魔だから帰れって?」

「そ、そうじゃないけど……」

「今日くらいいいじゃんか。なんなら一晩泉君貸してくれる?」

「ダメ―!」

「あはは、冗談よ。さて、でも私はそろそろ帰るよ。空気を読まない、読めない女は嫌われるからね」


 香ちゃんは満足した様子で家を出ていった。


「あー、つかれたよー。香月さんと話す時はなんか気を使うというか」

「……ぷいっ」

「ど、どうしたの氷南さん?」

「香ちゃんとばっか話してた。ぷいん」

「だ、だって話をきいてあげてって氷南さんが」

「それでも限度があるもん。ぷんぷぷん」

「ご、ごめん」

「……うそ、いいもん。これからイチャイチャするもん」


 この後は泉君の部屋で、いっぱいなでなでしてもらって充電たっぷりになった私でした。


 そんなこんなで夏休みもあっという間に過ぎていく。


 八月も終盤に近付いたある日の夜、宿題に追われていた私にあいちゃんから電話が鳴る。


「もしもしまどか。あのさ、みんなで肝試ししない?」

「き、きもだめし?こ、こわいのはやだよ」

「あはは。別に廃墟に忍びこんだりはしないよ。最近近くで怖い山道があるって評判なんだけど、抜けた先の夜景がすごくいいらしくてさ。どお?行ってみようよ」


 夜景……泉君とロマンチックな夜景……ふむ、悪くないかも。


「でも、危なくない?」

「大丈夫。ただ真っ暗ってだけだから。香と泉君にはそっちから声かけて。亜美らは私が誘っとく」

「うん、わかった」


 夏休み最後の思い出として、みんなで肝試しに出かけることが急に決まった。

 その後すぐに泉君に電話して誘うと「ああ、最近噂になってるけど出るらしいねあそこって」と不穏なことを言われたせいで、この日は夜トイレに一人で行くこともできず、お母さんを無理やり叩き起こしてついてきてもらったのだけど、それでも眠れずに、夏休みをいいことに夜更かしをしてしまった。



 翌日の夜。


 昼までぐっすり眠った私は夜でも目がぱっちり。

 泉君に迎えに来てもらってあいちゃんの言ってた場所まで歩いていくと、確かにそこには同じように肝試しをしようと集まった他の学校の生徒たちの姿も。


「あ、まどか。ようやくだね。みんな揃ってるからあっちいこ」


 あいちゃん、亜美さん、羽田君、そして香ちゃん。

 それに私と泉君の六人で、それぞれペアを作って山の中に入っていくことに。


「じゃあまどかと泉君は最後ね。まずは……羽ちゃんと亜美」

「うわーまじかよ。亜美、怖くないの?」

「私は暗いの平気。羽田こそ大丈夫?」

「いや、俺は苦手。手、つないでいいか?」

「うん、繋ご」


 仲良く手を繋いで入っていく二人。

 そんな光景にほのぼのしていたけど、すぐに香ちゃんのことを思い出して焦る。


 ただ、香ちゃんも二人をみて笑っていた。


「うまくやってるんだね。羽田にしては珍しく真面目につきあってんじゃん」

「そうね。そんな寂しいあんたは同じく独り身の私とだけど」

「愛華、あんた昔おばけにびびって漏らしたとかいってなかったっけ?」

「そういう香こそ、中学になるまでお母さんと一緒に寝てたの知ってるんだから」

「う、うるさいわね!行くわよ」

「はーい。じゃあまどか、お先ね」


 後から知ったのだけど、あいちゃんと香ちゃんって小学校が同じで昔はすっごく仲良かったらしい。

 でも、高校で再会した時に香ちゃんが女番長みたいになってて距離をとったとかなんとか。

 

 ……今はまた仲良くできてるみたいで、なんか嬉しいな。


「氷南さん、俺たちも行こう」

「う、うん」


 そうだった。人の幸せにほっこりしてる場合じゃない。

 ちゃんとトイレも行ったし水も飲みすぎてないし、お母さんに防犯ブザーも借りてきたから大丈夫だと思うけど……


「大丈夫。手を繋いでたら怖くないよ」

「うん、離さないでね」

「もちろん」


 最近、友人が増えたことで泉君と静かに二人で過ごす時間だけではなくなった。

 でも、こうして二人でいると、やっぱりこの時間が一番幸せだと感じる。


 そんな幸せを感じながらゆっくり暗い山道へ。


「なんか暗いなあ……ん、物音?」

「ギャー!」

「ひ、氷南さん!?」

「お、おば、おばば、おば、け……」

「む、虫だよ氷南さん。え、氷南さん?」

「はにゃあ……」


 でも、怖くてすぐに腰が抜けてほとんど泉君におんぶしてもらって歩くことになるのは、実に私らしい肝試しだった。

 

 

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