66 泣いてもいいんだよ
「うりゃ!」
「まどか、力任せに投げても狙いが定まらないでしょ」
「だ、だって重いもん」
私はあいちゃんにボウリングを教えてもらっています。
ちなみにあいちゃん、ボウリングにおいてはかなり自信があるといっていたけどその通りでめちゃくちゃうまい。
ハイスコアはなんと二百を超えるとかなんとか。
そんな彼女に教えてもらった私のスコアはなんと三十五。
「あっははは。まどかへたすぎー」
「香ちゃん、笑いすぎ!」
「だって、なんか投げ方がくねくねしてて……ぷっ、あははは」
私を見て爆笑する香ちゃんは、ひーひー言いながら涙を拭いていた。
あいちゃんは私に「大丈夫、うまくなれるって」と優しく励ましてくれながら熱心に指導してくれた。
しかし。
「五十二……どうやってもうまくならないねあんた」
「ううっ、もう手が痛いよう」
五ゲームもやって、成長はほんのわずか。
あまりのセンスのなさにあいちゃんも最後の方は「これ終わったら、別のことしよっか」と、投げ出していた。
「まどか、あんたそんな不器用で運動音痴なのにどうやって泉君口説いたの?」
「え、く、口説いてなんかないもん」
「じゃあ勝手に好きになてくれたってこと?」
「そ、そうなのかな?えへへ」
「なによそれ、せっこー」
あいちゃんとわいわい盛り上がっていると香ちゃんはちょっと疲れたのか浮かない顔をしている。
「どうしたのよ香。私に負けて悔しかった?」
「え、うん、まあ」
「……羽ちゃんのこと?」
「あ、あんたには関係ない話よ」
「あのさ、まどかの幸せな姿見て嫉妬するくらいなら素直になりなよ。まあ今頃亜美とラブラブしてるかもだけど」
「そ、そんな話……しないでよ」
さっきまで威勢のよかった香ちゃんは急にしおらしくなってしまった。
「あいちゃん、それはちょっとダメだよ」
「そ、そっか。うん、言い過ぎたごめん」
「いいわよ別に。でも、私が好きとかいったらやっぱりみんなに迷惑かけるなって。なんか、まどかの平和そうなアホ面みてたらさ、私もそうなれればいいのにってちょっとセンチメンタル入っちゃった」
アホ面……私ってそんなだらしない顔してたの?
確かに私なんて(*´▽`*)こんな顔か、( ;∀;)こんな顔(絵文字で表現してみました)くらいしかしないし、実際お母さんからも「あんたってライムのスタンプにいそうだよね」とか言われたことあるし、多分マヌケそうなんだろうけど……
「泉君はかわいいっていってくれるもん」
「あはは、なによ急にのろけ?はいはい、ラブラブなのねあんたら」
「うん、いつも部屋でイチャイチャするの楽しいの」
「……ほんと、うらやましい性格だわ」
「?」
香ちゃんは呆れたようにため息を吐き、そして「じゃあ、私先にいくから」と言って帰ってしまった。
どうしたのかと訊くと用事ができた、とだけ。
あいちゃんは「ふーん」と何かを察した様子。
私は何がなんなのかさっぱりなのであいちゃんに訊くと「まどかにはこういう大人の恋愛わかんないだろなあ」と。
「大人の恋愛?」
「まあ、それは例えというか冗談だけど。恋愛って好きだからそれでいいじゃん、ってだけではダメな時もたくさんあるってことだよ」
「よ、よくわかんないけど」
「じゃあまどかは、例えば私が今本気で泉君が好きで寝取りに行こうとしてて、それでも私と友達できる?」
「え、ヤダよそんなの私の泉君とらないで!」
「だから例えばだって……。でも、そうなると私とまどかの友情は成立しないじゃん。私は、泉君との恋愛よりもまどかとずっと仲良くしていたいって思うからそっちをとったわけだし、それは今後も変わらないってこと。わかる?」
「要するに……あいちゃんは泉君じゃなくて私が……え、そういう趣味なの!?」
「ダメだこりゃ」
一瞬びっくりしたけど、このあとあいちゃんから懇切丁寧に説明を受けてようやく内容を理解した。
ただ人を好きになることで誰かを傷つけたり誰かと争ったり、そんな望まない展開になることはそう珍しいことではない。
でも、諦めるのが正しくて清くて素晴らしい英断ばかりではないけれど、時には我慢をしたり気持ちを殺したり、そんな苦しい思いをしながら生きている人もたくさんいることを幸せな私は理解しておくべきなのだと。
あいちゃんのそんな言葉はバカな私の頭にもしっかりと残った。
「とにかく、今日は二人になっちゃったしこれからどうする?」
「泉君、夕方まで用事が終わらないみたいだからご飯食べたい」
「お腹いっぱいにしておいてから彼氏とイチャイチャするんだ」
「する!」
「……はいはい」
〇
「お、おつかれ」
「なんだよ急に。この前の話の続きならもう」
「いいから、ちょっと付き合いなさいよ」
あんなアホのまどかに触発されて羽田を呼び出したのはいいけど、こいつの態度お見る限り私と話すことさえウンザリしている様子。
だから話すのが辛い。でも、やっぱり言わないと。
何度も決意が鈍りそうになりながらも、私は羽田を人の少ない公園まで連れていく。
彼女がいるこいつが、私といるところをあまり人に見せたくないというのは、やましいことをしているという自覚ではなく、亜美に対する配慮のつもりだ。
「で、話ってなんだよ」
「……あのさ、私あんたのこと」
好きだ。
そう言ってしまえば多分すっきりする。
なのにやっぱり言葉が出ない。
そんな私の迷いなんて知ったこっちゃないと言わんばかりに、羽田は私の緊張すらもぶち壊してくる。
「好き、なんだろ?知ってるよ」
「は、はあ?なによその言い方」
「だって、顔に書いてるし」
「だ、だからって人がせっかく勇気だして言おうとしてたことを」
「だって、お前言わないじゃん」
「そ、そういうところがね」
「でも、結果がわかっててそんなことをお前に言わせるのは俺も嫌なんだよ」
結果。それはつまり私は……
「やっぱり、私とは」
「当たり前だろ。亜美と付き合ってるんだから無理だ」
「あはは、そうだよね」
「……なあ、男女の友情ってやっぱり無理なのかな」
「さあ。私たちの関係でいえば女次第、じゃないの」
「……俺はお前と友達でいたい。けど、それが辛いなら」
「べ、別に辛くないわよ。そこまでいうんなら友達でいてあげるけど、くれぐれもやっぱり私がよかったなんて浮気心出さないことね」
「はは、昔ならそんなんだったかもな。でも、それはない」
「そっか」
私は結局何を言ってほしかったのだろう。
そんなこともわからないまま、羽田との話は終わった。
「じゃあ、亜美が待ってるから」
「はいはい。亜美にもよろしくね」
彼が嬉しそうに走っていったあと、私は公園のベンチに寄りかかるように座って、また……
いや、泣かない。泣いたら未練があるみたいじゃないか。
だから……
「香ちゃん?」
「ま、まどか?」
まただ。私が悲しい時、ひょっこりと捨てられた子犬のような目をしてまどかは寄ってくる。
しかしどうして私の場所が?
「なんか、ここにいる気がして」
「あんた、嗅覚まで犬なの?」
「うん、においで晩御飯の献立当てるの得意なの」
「……あ、そ」
彼女のバカっぷりに何回救われて、これからもどれだけ癒されるのか。
私は女だけど、彼女みたいなパートナーがいる泉君は羨ましいと思う。
「うまくいった?」
「まあ。やることやってすっきりした」
「ほんと?」
「な、なによ。私が言ってるんだから間違いないわよ」
「でも、辛いときは泣いていいんだよ?」
「……」
はあ。どうしてそういうところだけ、気が利くというか……
ほんと、バカのくせに。
「泣いていいのはトイレか誰かの胸の中ってお母さんが言ってたから」
「な、なによそれバカじゃないの……ううっ……私、私……」
「うん、辛いよね」
「う、うう……」
私は、まどかにもたれかかってしばらく泣いた。
泣いて何かすっきりしたり、羽田への気持ちを忘れたりはできない。
だから泣いても無駄だって、そう思っていたのに泣かされた。
でも、今だけは彼女に寄りかかって泣くのが、ほんの少しだけ心地好くて、今まで溜まっていたものを吐き出すように声をあげて泣き続けた。
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