68 新学期が始まるよ
「氷南さん、もうそろそろゴールだよ」
「あうあう……」
「もう大丈夫だよ。それよりもう歩ける?」
「無理……」
「じゃあ、このまま行くね」
腰が抜けたのは初めてだけど、本当に全く立てなくなるんだと我ながらびっくり。
思わずお漏らししなくてよかった……
でも、泉君の背中って大きい。
ずっとこうやっておぶってもらっててもいいかなあ。
「氷南さん、見て見て。すごいよ」
「え?」
うっとりと彼の背中にもたれかかっていた私は、ふと見上げると目の前に見たこともないような絶景が広がっていることにようやく気付いた。
街一面が見渡せて、街の灯りがとても綺麗なイルミネーションのように輝いている。
「うわあ、ほんとにここが私たちの住んでる町なの?」
「夜はあんなに真っ暗になるのにね。ほら、もっと向こうにいって見てみよう」
私もようやく地面に足をつけて、今度は手を繋いで一緒に手すりのある所まで近づいていく。
「すっごいね。それにここ、涼しいし空気も綺麗なきがする」
「いい場所だね。そりゃあ結構人もくるはずだよ」
「そういえばみんなは?」
「あれ、おかしいなあ。みんな先に行ったはずなのに」
あいちゃんたちも、亜美さんたちも姿がない。
もしかして先に帰っちゃったのかな?
「まあ、みんな大丈夫だとは思うけど。探しに行く?」
「うん。でも、その前に……」
「?」
「ん」
「え、ここで?」
「ん!」
「あはは。うん、わかった」
綺麗な夜景を見ながらチューをするのは、いつどこでそんな話を見聞きしたのかわからないがずっと憧れていたシチュエーションでもあった。
キラキラ輝く夜景をバックに、私は泉君と何度もチューした。
もう一生忘れられない思い出として、この夏最後のお出かけは心に刻まれた。
……はずだったのに。
「まどかー、いきなりチューすんのはダメっしょー。私ら出ていきにくくなっちゃったじゃん」
「もー、いたならいたって言ってよ!」
「だってさー。おねだりするまどかが可愛くってつい。ねー香」
「まあ、あんだけ不細工な顔でキスを迫って受け入れてくれる彼氏に感謝ねマルちゃん」
「二人ともひどーい!」
どうやら夜景のくだりをあいちゃんと香ちゃんに見られていて、戻った後で合流した時に散々いじられた。
ちなみに羽田君は亜美さんと二人でこっそりどこかに消えたまま。
泉君のところに「ぬけまーす」と連絡が入っていたので、きっと二人で素敵な夜を過ごしたのだろう。
私はせっかく昂ったムードをあいちゃんたちにぶち壊されたわけだけど、泉君と二人になった時にやっぱりちょっとムズムズして、夜道で散々チューした。
そんなこんなで夏休みはあっという間に終わり。
私にとっては色々あったけど、人生最高の夏休みとなった。
♥
「おはよう氷南さん」
「おはよう泉君」
二学期になった。
まだ暑さの残る中、私と泉君の中もほっかほか。
今日は新学期初日で、変わらず一緒の電車に乗って学校に向かっている。
「おす、まどか。相変わらずラブラブしてるねー」
「あいちゃんおはよう。もうすぐ秋だね」
「まどかの場合は食欲の秋かな?文化祭もあるし楽しもうね」
電車であいちゃんと一緒になり、今日は三人で登校した。
段々と友達関係も広がっていて、私にとっては充実した二学期になるんじゃないかと今からワクワクしていたのだけど。
「おはよう香ちゃん」
「……おはよう」
「あれ、元気ないけどどうしたの?」
「別に。あと、ちょっと忙しいからまたね」
「う、うん」
教室に入って香ちゃんに話しかけた時、様子がおかしいのはすぐにわかった。
そしてその原因が何なのか、それもすぐにわかることとなった。
「香月さん、なんかフラれたらしいわよ」
「えー。あんなに恋愛についてエラそうに話してた割に自分のこと全然じゃん」
「だっさー。まあ前からあの態度にムカついてたしちょうどいいんじゃない?」
こんな話が聞きたくなくても聞こえてくる。
なぜか香ちゃんが羽田君にフラれた話が広まっていて、そしてこれまでの不満が爆発する形で香ちゃんがのけものにされていたのだ。
「しかも私聞いたんだけど、ついにあのツンデレラに媚びてたみたいよ」
「あんなにボロカス言ってた相手なのにね。まあ、あんな陰キャしか相手してくれないんでしょ」
ついでに私の悪口まで。
まあ、私はいいんだけど……いや、よくない!
「泉君、ちょっといい?」
「うん。俺も話したかったんだよ。部室、いこっか」
昼休みに、泉君を誘って部室へ。
するとちょうどあいちゃんも見かけたので誘って三人で部室に向かい、そこで話すのはもちろん香ちゃんのこと。
「このままだとかわいそうだよ……どうにかならないかな?」
「香も自業自得なとこあるしさ。こればっかりは時間が解決するしかないんじゃない?」
「でも……泉君はどう思う?」
「うーん。女子のことはわからないけど、でもこのままじゃ良くないってことだけははっきりしてるよね」
かつて私を目の敵にしようとしていた香ちゃんだけど、今は和解して友達になったんだからやはり心配になる。
みんな、以前の彼女ではなく今の彼女と話せば絶対に仲良くなれると思うのに……
「でもさ、香も自分で蒔いた種だって自覚あるから大人しいんでしょ?だったら他人がとやかく言うことはないよ。私らだけでも普通に付き合ってやればさ」
「だけど、これから二年間ずっとこんなのは辛いよ。何か、方法はないかな……」
香ちゃんがみんなの前で「今までごめんなさい」と謝る姿も想像できないし、かといって自然に時が解決するのを待つのはあまりに先が見えない。
どうしようと悩んでいた時、泉君が「あっ」と声をあげる。
「そうだよ。文化祭だ。各部活で何か一つ出し物をできる権利があるから、それを使って香月さんが悪い人間じゃないってところをアピールしたらどうかな?」
「いいねそれ。でも、何するの?」
「え、ええと。そこまでは……」
文化祭は、九月の下旬に毎年行われる。
派手なものではないが、文化部を中心に日頃の部活動の成果を発表したりするいい機会で、中には屋上から告白するイベントや飛び入りで生演奏で歌うものなど、楽しそうだけど私には絶対できないようなイベントが目白押しだ。
だからといって、そのどれもが香ちゃんとみんなの仲違いを解消するようなものには思えない。
だからどうすればいいものか……
「そうだ。亜美に相談してみようよ。あの子、実行委員もするみたいだし何か協力してくれるかも」
「そうだね。じゃあ放課後に。俺と氷南さんはアルバイトが終わったら合流するよ」
全員で「頑張ろう」と声をかけあって解散する時、ふと思い出した。
そういえば今日バイトだったのに、私、店の制服を忘れてきちゃった……
「氷南さん、久しぶりのバイトだけど頑張ろうね」
「……うん」
「緊張してる?大丈夫だよ」
「そ、そうじゃなくて……にゃー!」
「ひ、氷南さん!?」
慌てて逃げだしてこっそりお母さんに泣きながら「制服早く持ってきて!」と泣きついて昼休みが終わる。
でも、泉君にバレないようにしたかったのに放課後お母さんが平気な顔で正門までやってきて「洗濯機にいれっぱなしだったよ」と泉君の前で言われたので、私の隠蔽劇はあえなく終了。
新学期になってもなんの進歩もない私を優しく笑ってなでなでしてくれる泉君に結局甘えるだけの私でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます