69 悔しくて

「それなら劇でもやったらいいじゃんか」


 亜美さんがそう言ったのを、一生懸命食器を下げている時に訊いた。


 私と泉君のバイト先に、あいちゃんと羽田君、それに亜美さんが来てくれて、私たちを待つ間に先に相談を始めてくれている。


「なんだよ劇って。そんなんで香の何が変わるんだよ」

「羽ちゃん、香のことだからってムキにならないで」

「なってねえよ。それより亜美、どうなんだ?」

「ええと。香にはすっごいいじわるな役をやってもらって、でもその代わりに最後は改心して悔い改める女を演じてもらうんだ。それを見た観客が実際の香と重ねて、はっとなる展開ってどうかなって?」


 えー、めっちゃいいー!

 亜美さんってもしかして天才?すごい、すごいよその案!


「氷南さん、三番に飲み物お願いねー」

「あ、ひゃい!」


 思わず聞き入ってしまい足も手も止まる私は何度も注意されながら仕事を続けた。

 しかしようやく客足が減ってきた時にみんなの席を見ると何やら難しい顔をしている。


「どうしたのみんな?」

「ああまどか、お疲れさん。うん、いい案がなかなかねえ」

「え、さっき話してた劇じゃダメ、なの?」

「いいとも思ったけど実際回りくどいかなって。それにいくら香にいいこといわせても所詮台本だろって思われかねないし」


 だからもっとストレートに伝わる方法はないかと悩むみんなに、私はふと思いついたことを喋る。


「じゃあさ。香ちゃんの役名を本名でやってもらったらいいじゃん」

「え、どういうこと?」

「だから、香ちゃんが演じる役は香月香。それなら何が伝えたいかがもっとはっきりわかるんじゃないかなって」


 単純に本人が本人役で登場したらいいじゃんって思ってのことだったけど、三人が口をそろえて「それだ!」と言って私はびっくりして手元の水をひっくり返してしまった。


「香が実際にどんな振る舞いだったかをそのまま演じさせて、その上で今はどうやって心を入れ替えたかってところまでやらせたら……いいかもね」

「うん。あとはどうやって集客するかと……香をどう説得するか、だね」

「説得はまどかに任せるよ。私らだと喧嘩になっちゃうし。こっちは脚本と集客を考えよ」


 なんか知らないうちにどんどん話がまとまっていく。

 そして香ちゃんとみんなの関係を修復するための作戦「香救出劇!」(命名:氷南円)が始まろうとしていた。



 していた、なんてかっこよく決めてみたものの何も始まってはいない。

 どころか、香ちゃんとまず連絡が取れない!


 泉君と一緒にアルバイトをあがって、五人でファミレスに移動したあともひたすら電話してみたけど出ない。


 その間に他のみんなはどうやって劇を進めるかについて相談を進めていた。


 結局この日、私だけ何もすることができずに一日が終わった。

 また明日も相談しようと言われて解散した後、一人で家に戻ってからもずっと香ちゃんからの連絡を待ったが、とうとうこの日、彼女から連絡はなかった。



 翌日。


「おはようまどか。香みなかった?」

「教室にはいないけど……」


 今日は香ちゃんの姿が見えない。

 どうやら学校は休みのようだ。


 でも、連絡も取れず学校も来ていないのでやはり心配にはなる。

 そんな不安な私とは反対に、クラスの他の女の子たちは言いたい放題だ。


「あーあ、香月さん休んじゃったわね」

「ちょっと言い過ぎたかしら?でも、私たちも散々やられたもんねー」

「反省してるつもりなのかしら。そんなんじゃ許してあげないんだから」


 こんな話を半日ずっと聞かされていると、さすがに私もイライラが溜まる。


 そして放課後になるまでずっとムカムカしている私をみんなが宥めてくれていたのだけど、放課後ついに……


「香月さん、明日はくるのかしら?」

「さあ。でも来ても喋んないけど」

「あはは、そうだよね。うざいもんね」

「香ちゃんを悪く言うなー!」


 私は机を盛大にバーンとひっくり返して怒鳴った。

 

 こそこそと悪口を、いや陰口をたたくみんなに心底ムカついた。


「な、なによ氷南さん……」

「友達を悪く言わないで!怒るよ!」

「お、怒ってるじゃん……それに、あんたが一番的にされてたくせに」

「反省してるもん!そんで今の香ちゃんはいい子だもん!」

「わ、わかったから睨まないで……」


 私はもう何をするかわからないくらいに怒っていたが、泉君に止められてようやく冷静になる。


 女の子たちのほうは、羽田君が「お前ら言い過ぎてキモいぞ」といったことでとどめを刺されたのか、半泣きで教室から出ていった。


「氷南さん、落ち着いて」

「ご、ごめんなさい、わたし……」

「大丈夫。一緒に机、片付けよう」

「う、うん」


 私がなぎ倒した机を片付けていると、手がジンジンする。


「あ、血が出てる!大丈夫?」

「う、うん……あ、痛い」

「待ってて。ばんそうこうあるから」

「ありがと……う、ううっ、えーん!」

「ひ、氷南さん!?」


 私は痛みや流血で泣いたわけではない。

 悔しかった。


 せっかくいい感じにみんなと仲良くできると思ってたのに、なんでいつもこんなことになるんだと。

 私はどうして何もできないんだと、そう思うと悔しくて泣いた。


 泉君しかいない教室で、泣いて泣いて泣きじゃくってから、私は彼に支えられてようやく学校を出ることができた。




 


 

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