70 主役は誰だ

「じゃあ、まどかのことは任せて」

「原さん、ありがとう。うん、よろしくね」


 私は今日、アルバイトを休むことになった。

 店長さんには泉君からうまく説明してくれたようで、私はあいちゃんに引き渡されて先に帰ることになる。


「あうあう」

「そんなに泉君と離れるのが嫌?たまにゃいいでしょに」

「だ、だってー」

「ほんと好き好きだねえ。ていうかまどかが暴れるなんてびっくりよ」

「め、面目ない」


 私だってどうしてあんなに感情的になったのか不思議なくらい。

 でも、やっぱり香ちゃんが悪く言われるのは嫌だ。


「ねえ、香ちゃんが連絡繋がらないんだけど、あいちゃんはおうち知らない?」

「知ってるけど、行ってもあってくれないと思うけどなあ」

「いいの。会ってくれなくてもいいから行く。教えて」

「そうね。じゃあ一緒にいこっか」


 香ちゃんの家は、泉君の家の近く。

 ちなみにあいちゃんも近所らしく、実は泉君とは小学校が一緒だったけどあまり接点がなかったんだとか。


「泉君って、全然目立たないタイプだったけどまあ優しかった記憶はあったなあ」

「ふーん。私は中学校の時に困ってたのを助けてくれたのが、きっかけかな」

「それで同じ高校にまで追いかけてきたんでしょ?やるねえ」

「だ、だって泉君かっこいいんだもん」

「はいはいご馳走様。あ、着いたよ」


 香月、と書かれた表札の一軒家のチャイムを鳴らすと、聞きなれた声が。


「はい、香月ですが」

「香ちゃん?私、私だよわかる?」

「え、何よ俺俺詐欺?」

「ま、まどかだよー」

「え、まどか?どうして」

「いいから。出てきてよ」


 香ちゃんの姿が見えるまでドキドキしながら待っていると、すぐに私服姿の彼女が玄関を開けてくれる。


「愛華まで、どうしたのよ」

「まどかがあんたのこと心配して見舞いにきたのよ。で、元気そうだけど今日はずる休み?」

「……まああがりなよ。家、誰もいないし」


 中に案内されて玄関で靴を脱ぐ時に、写真たてに入った家族写真が目に入る。


 お金持ちなのだろうか。置物も高そうなものばかりで写真の両親らしき人もとても品のある雰囲気だ。


 でも、香ちゃんはどこか寂しそうな顔で写っている、気がした。


「そこ座って。お茶くらいしか出せないけど」

「広い部屋……香ちゃんってお金持ちなんだね」

「あはは、ストレートに訊いてくるあたりまどからしいね。そうね、恵まれてると思うようちは」


 聞けばお父さんの経営する会社はとても大きくて、両親ともに海外出張が絶えないらしい。

 なんか難しい言葉をたくさん話していたが、私の頭にはそのくらいの情報しか残らなかった。


「香ちゃん、やっぱりみんながいじわる言ってること気にしてるの?」

「まあ。でも自業自得じゃん。私、みんなにひどいことしてきたし、される側の気持ちってこんなんだったんだって、自分がやられてようやくわかったというか、さ」

「でも、謝ったらいいじゃん。私はもう気にしてないし、他のみんなだって」

「みんなまどかみたいに優しかったら争いなんて世界中で起こらないよ。私はひどいことをした。だからされて当然ってだけ。それを言いにきたんなら心配しないで。明日は学校行くから」


 香ちゃんは強がっている。

 それは見ててわかる。

 でも、必死で受け入れようとする彼女に何と声をかけたらよいか、私にはわからない。


 どうしようかともじもじしていたらあいちゃんが、横から前のめりになって話し出す。


「あのさ。今日まどかはあんたの悪口言ってるやつらに机ぶん投げたのよ。そこまでしてくれる友達がいるんだから、ちょっとは素直になりなさいよ」

「え、そんなことあったの?」

「そうよ。暴れまくってひどかったんだから。ねーまどか」

「う、うん」


 改めて教室での一件を掘り返されると恥ずかしくなる。

 

「あはは。まどかって狂暴なんだ。で、相手は誰?」

「佐々木と木田と井出よ。あいつら、目をひん剥いてたわね」

「あー、あいつらかー。まどか、なんかごめんね」

「え、いいよ私は……自分でやったことだから」


 少し話題が逸れて、私の暴れっぷりを二人にいじられたりしながら、だんだんと空気が和んでいく。


 そして散々笑った後で、香ちゃんがまた暗い表情を浮かべる。


「どうしたの?」

「……私、みんなに謝りたい。でも、多分聞いてくれない。どうしたら

……」

「うん。それをみんなで考えてたんだけどね。実は文化祭で劇をやろうかなって」

「劇?それが私と何の関係が?」

「ええとね、実は」


 ほとんど亜美さんの案の受け売りだけど、私なりに必死に説明した。


 香月香という人物を主人公にした劇で、その中で悪女満載な彼女が次第に孤立していき、最後に悔い改めるという話をみんなの前でやればどうかと。


「つまり、それで私が今何を考えてるかみんなにわからそうと?」

「うん。集客とかは羽田君たちに任せるから。どうかな」

「……いいと思う。でも、それをするなら一個お願いがあるんだけど」

「なあに?」

「まどか、あんたも劇に出て。そんで私と本音で語り合ってほしい」

「へ?」


 私は幼稚園の頃に合った発表会とかですら、人前で話すのが恥ずかしいからといつも木や電信柱の役を買って出ていたほどに人前が苦手だ。


 そんな私が香ちゃんと劇に出て本気でぶつかる?

 無、無理……


「無理無理!絶対無理だよ!」

「やって。お願い。まどかがいいの」

「……」


 助けを求めてあいちゃんを見ると、「がんばれまどか」となぜか応援された。


「え、本当に、するの?」

「お願い。私、まどかなら本気でぶつかれると思うんだ。だからさ。ね?」

「…………」

「お願い。愛華からもなんとか言って」

「まどか。乗り掛かった船よ。いっちょやったろうじゃん」

「…………」

「まどか?え、まどか?まどか!」

「あ、ダメだ気を失ってるわこの子」


 私は極度の緊張でその場で気を失った。

 

 そのまましばらく寝込んでしまい、辺りが暗くなるまでずっとソファに寝転んでいたようで、気がついた私はあいちゃんに介抱されながらゆっくりと家に帰ることとなった。




 

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