77 文化祭の終わりに

 文化祭最終日は、どちらかというと片付けがメイン。


 あんなに盛り上がったお祭りも終わる時は寂しいもので、どんどんたたまれていくテントを見ながら私は寂しい気持ちになっていく。


「あうう、綿菓子が。あ、ポテトがあー」

「氷南さん、今日は早く終わるから帰りに駅前で何か食べよ。明日からまたバイトだし」

「う、うん。食べる!」


 食べ物のことばかり考えている私のことをなだめてくれる泉君とフラフラしていると、羽田君と香ちゃんの姿を校舎裏で発見した。


「あ、どうしたんだろ二人」

「待って氷南さん。あっち行こ」

「う、うん?」

「いいから。はやく帰ろう」

「わ、わかった」


 何か大切な話をしていたのか。

 結局私はそのまま学校を出たのでした。



「なによ話って」

「えっと、ほら、お前昔言ってたろ?遊園地行きたいとか」

「もう子供じゃないし行きたくない」

「じゃあさ、今度の休みに飯行かないか?ほら、うまいラーメン屋見つけたんだ」

「私ラーメン好きじゃない」

「……あーもう、お前ほんとめんどくさいな」

「そうよ、私ってめんどくさいのよ」


 羽田の前では素直になれない。

 あんなに自分を曝け出してというのに、いや、曝け出した反動からか以前より私の性格はこじれている気がする。


 でも、こうやって羽田が私を気にしてくれてるのは嬉しい。

 嬉しいけど……


「亜美はどうするの?まさか本当にわかれたんじゃないでしょうね」

「いや、だってそれはあいつが」

「そんなの大方私に気を遣ってでしょ。本心じゃないわよ」

「だとしてもだ、もう別れた以上は何も……」

「ふーん」


 いじわるな質問ばかりぶつけて困らせて。

 一体私は何がしたいんだろう。


 でも、このままこいつとうまくいってしまうのが、今は怖い。

 人から与えられた幸せみたいな気がして、そんなものに乗っかってしまいそうになることが正しいのかどうか、私には不安なのだ。


「……ねえ、なんで私なの?」

「は?」

「だから、なんで私を気にしてくれるの?あんた、女にはモテるんだから拘る理由なんてないじゃん」

「……まあ」


 そう言われてみれば、みたいな感じで首を傾げるこいつのそういうところがマジでうざい。

 いや、否定しろやといいたいが、だったら最初から言うなと言われそうなので言葉を変える。


「自覚あるんならそれでいいじゃない。私のことはいいから」

「待てって。俺は、その、お前がいいんだよ」

「だからなんで?」

「知るか。好きなんだよ。あの時だって、本当は強がってただけだったと思う。でも、そんな強がりがかっこ悪いことだってわかったんだ。ようやく素直になれたんだ。それじゃダメか?」

「……」


 ダメ。足りない。私が中学からずっと抱いてた気持ちを、ずっと我慢させられていたこの思いを考えたら、そんなにあっさり許してやれるわけがない。


 でも。


「そ、そんなに言うんなら仕方ないわね。で、美味しいラーメンってどこ?」

「え、お前嫌いなんじゃ」

「とんこつはね。それ以外なら別に嫌いじゃない」

「そこ、とんこつラーメンだよ……」

「なによ締まらないわね。あーもう、わかった。じゃあ、私が美味しいラーメン屋紹介してあげるからついてきなさいよ」

「そ、それって」

「勘違いしないで。しつこいから仕方なく付き合ってやるだけ」

「お、おう」


 最悪。マジで最悪。本気で死にたい。

 私ってマジでめんどくさい女だ。まどか以上だわ。


 でも、めんどくさいついでだし……困らせてやるんだから。


「ん」

「なんだよその手」

「疲れた。ひっぱって」

「……繋いでいいのか?」

「別に。疲れたから握らせてあげるだけ」

「あ、ああ」

「でも、離したらゆるさないから……」

「……わかった。しっかり握ってろよ」


 私と羽田が素直になるにはもう少しかかるかもしれない。

 でも、こうやって手を握って歩いているだけで、二人の関係は落ち着くところに落ち着いたのかもしれない。


 私にとってこの三日間は、かけがえのない思い出となった。



「まどか。文化祭はもう終わったんでしょ。起きなさい」

「むにゃにゃ……いじゅみくーん」

「寝ぼけんな。早く布団から出ろ」

「あーん」


 お母さんに叩き起こされた私はいつものように学校に向かう準備をして、電車に乗る。

 泉君と一緒にこうして毎日学校に通うのももう慣れた。

 でも、慣れたけど毎日ドキドキするこの気持ちだけは、あの時のままだ。


「来月は運動会だね。でも、寒くなってきたけど大丈夫かな?」

「うん。私、短パンは無理」

「だよね。怪我しないようにがんばろう」

「怪我したら泉君、おんぶしてね」

「あはは。氷南さんは軽いから大丈夫だよ」


 こんな話ができるようになるなんて、あの頃の私からしてみたら奇跡だ。

 でも、今はこれが当たり前。だから楽しい。


「おはようまどか、泉君。運動会は敵だけどがんばろうね」

「あいちゃんおはよう。うん、がんばろー」

「まどか、かけっこできるの?足遅いでしょ」

「が、がんばるもん」

「ゴールに泉君立たせてたらめっちゃ早かったりして」

「むー」


 あいちゃんや亜美さんも、いつもと変わらない。

 なんかずっとこんな毎日が繰り返されたらいいなあ。


「香と羽ちゃんもさっきみたよ。なんか順調そうだけど何か聞いてない、泉君」

「これからだ、ってそれだけ。でも、あいつも頑張ってるみたいだよ」

「そっか。亜美を捨てたんだからそれなりに苦労はしてもらわないと、ねえ」

「そうそう。それよりさ、四組の井出君かっこよくない?私、ちょっと気になってて」

「あはは。亜美は切り替え早いなあ」


 電車で談笑しながら、学校へ向かうまでの時間が一番楽しい。

 前は、こうして揺られているだけで憂鬱だったのに、本当に誰と一緒にいるかで、同じ景色がガラッと変わる。


 そんな幸せな毎日に呆けていた私は、運動会の練習で活気づく学校に到着して泉君といつものように教室を目指す。

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