76 文化祭 3
♥
「う、うーん」
「あ、目が覚めた。お疲れ様氷南さん」
「え、なんで私おんぶされてるの?あれ、劇は?」
「終わったよ。覚えてないの?」
「う、うむむ」
私が最後に記憶しているのは、何かすごい大歓声が巻き起こったあたり。
その辺から夢を見ていた。
泉君とお花畑でにゃんにゃんしてる夢。幸せだったなあ……
じゃなくて!
「え、どうだったの?香ちゃんは?」
「ちゃんと言いたいことも言えたし、伝わったと思うよ。氷南さんの頑張りのおかげだね」
「私の、おかげ?」
さっぱり記憶のないまま終わった劇で、私は一体何の貢献をしたというのか。
でも、結果的に泉君におんぶしてもらえてるから……いっか。
そのままファミレスに到着して、あいちゃんと亜美さんと四人で席に着く。
「やれやれ。まどか、とりあえずおつかれ」
「うん、お疲れ様。亜美さんもお疲れ様。羽田君は一緒じゃなくてよかったの?」
「うん。別れたし」
「ああ、別れたんだあ。。。。。ああ!?」
なんかすごい声が出てしまった。
え、別れた!?
「ど、どうして」
「もういちいち理由説明するのめんどくさいよ。いいじゃん、新しい恋を探すんだから」
「で、でも」
「可哀そうな香に譲ってやったのよ。それにあんなチャラ男、結局どこかで泣かされて別れるのがオチだから早めに見切ってやっただけよ」
言ってることとは全くかみ合わない程に亜美さんの声は震えていた。
でも、それが強がりであっても、今は掘り下げるようなことをしてはいけないのだと、なんとなくそう思って私はジュースを飲んで黙り込んだ。
「さてと、あの二人は無事にうまくやってんのかね」
「さあね。でも、うまくいってもらわないと私が困るわよ」
「間違いない。泉君、羽ちゃんから連絡は?」
「あ、ちょうど今来た。二人で帰るって」
「じゃあ問題ないわね。よーし、乾杯するわよー」
「おつかれさま、かんぱーい」
なぜか主役のいない打ち上げとなったが、みんな胸のつっかえが少し取れた様子でこの後は終始明るい話題ばかりだった。
あいちゃんは彼氏がほしいとか、亜美さんはしばらく恋はいいとか。
私は泉君の顔を見てずっとニヤニヤしてて時々二人に怒られたりとか。
そんな感じで、文化祭初日は幕を閉じた。
♥
「付き合ってない!?」
二日目のこと。文化祭をみんなで回ろうとグループライムであいちゃんから誘いがあり、正門で待ち合わせて合流した時に羽田君が言った一言であいちゃんが驚いたように大声をあげた。
「どういうことよそれ」
「い、いやあなんていうか……今更あいつになんて言っていいのかわからなくて」
「何今更真面目男子感出してんのよ!告白されたんだからうんっていえば済むでしょ」
「でもさー、なんかあいつの前にいるとダメなんだよ。俺ももう引退かなあ」
一体何から引退するの?と私が訊くと「まどかは黙ってて」と注意されて泉君に慰めてもらった。
頭を撫でられながら話をきいていると、羽田君はどうやら香ちゃんの前で素直になれない病にかかっているようだ。
だから私はまた口をはさむ。
「ねえ、羽田君も劇やる?」
「ああ、それは名案……ってなるかい!まどか、あんたは泉君と何か食べてきなさい」
「はうう」
あいちゃんはこのあと羽田君とミーティングするそうで、私は泉君に連れられて文化祭二日目の学校に先にいくこととなった。
「なんか難しよなあ。亜美さんと別れたからってすぐに香月さんに行くのが正解とも思えないし」
「でも、亜美さんもそれをわかってて我慢したんだし……」
「そうだよな。結局羽田のやつが後ろめたいだけなんだよ。亜美さんにも香月さんにも」
自業自得だけどな。とも泉君はいった。
でも、それでも亜美さんのことも考えると二人にはうまくいってほしい。
だから頑張ろうと、泉君は私の手を握る。
「大丈夫だって。それより何食べたい?」
「ポテト!焼きそば!プリン!」
「プリンはあるのかなあ……でも、適当に買ってからどこか座ろっか」
「わーい」
あれこれ買ってもらって学校の石階段に腰かけて二人で食事をしながら、盛り上がる文化祭をじっと眺めているとクラスの人たちから泉君が話しかけられる。
「おう泉、よかったよ昨日の劇」
「いや、俺はなんもしてないけどさ」
「でもよー、香月さんも変わったなあ。あんな高飛車女って感じだったのに、どうしちまったんだ?」
「人は変われるんだよ。いいことじゃないか」
「ふーん。まあお前も彼女連れて文化祭とか入学の時からじゃ考えられないもんな」
「うるさい。そう思うなら邪魔するな」
「はいはい。じゃあな」
私と泉君が付き合っていることはクラスの大半が知っている。
でも、他所のクラスにはそれを快く思わない人もいるから二人でうろうろするのは気を付けた方がいいよと、あいちゃんがそんな話をしてたけどどういう意味だろう。
「ごめん氷南さん。さっ、続き食べよう」
「あーん」
「あはは、学校だと恥ずかしいなあ」
「あーん!」
「はいはい。あーん」
「あむ。んー、うまし」
学校でも変わらず泉君とイチャイチャしていると、遠くから三人組の男子がこっちに向けて歩いてくるのが目に入った。
まるで○○先生の総回診です、といわんばかりの雰囲気で迫る先頭の男子が私たちの前にくるとピタリと足を止めた。
「?」
「泉秀一。貴様、氷南円様と交際しているという噂は本当か?」
分厚い眼鏡の奥の目が極限まで細くなっている。
それくらい泉君を恨めしそうに睨んで彼らはそう質問した。
「え、ええ。そうですけど」
「な、なんだと!?嘘だ、嘘だと言ってくれ!」
「いや、だって本当だし」
「待て。交際したと言っても何もしてないに違いない。そうだろ」
「……」
「な、なんだその沈黙は?ま、まさかもう、やったのか?」
「え、まあ」
「嘘だ!嘘だといってくれー!」
「ま、待ってリーダー!」
質問を重ねて勝手に傷ついてそして走って逃げていった。
え、なにあれ?
「あの人たち、氷南さんのファンみたいだね」
「え、そうなの?」
「だってTシャツに『まどか様命』って書いてたし」
「でも、私あんな人知らない」
「勝手に惚れる生き物なんだよ男って。みんな遠くから氷南さんのこと、見てる」
「……泉君も、そうだった?」
「え、う、うん。ずっと見てたよ」
「……じゃあ、女の子も勝手な生き物だね」
「え?」
「私も、泉君をジロジロみて、勝手に好きになっちゃったから。えへへ」
「氷南さん……うん、俺もだよ」
人の恋愛なんてさておき、私は幸せをかみしめる。
この日は夕方まで私のファンとかいう人たちから逃げながら、二人でじっくり文化祭を堪能できた。
そして半日歩き続けたせいか、私は夕方になると充電が切れてフラフラ。
泉君にまたおんぶしてもらって学校を出たのであった。
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