75 文化祭 2

 あるところに、香という綺麗で頭が良くてスポーツ万能な、そんな子がいました。


 彼女の周りには当然のように人が集まり、男の子は求愛し、女の子は友愛を求めて彼女に贈り物をしたり気を使ったりとさあ大変。


 そんな周りからの寵愛を受けて、香は思った。


「私って、イケてるんだ」


 最初は家でひっそりと、そんなことを想うだけだった。

 しかし次第に気持ちは大きくなり、ついには友人にさえ「私を誰だと思ってるのよ」なんてセリフを吐くように。


 それでも、彼女は学校のアイドルだから、逆らったら自分の立場がまずくなると、みんな我慢して彼女の傲慢さに付き合っていました。


 そんな彼女だったけど、一人だけ思い通りにならない女子がいることに気づく。


「あの静かな子、誰?」


 香が目をつけたのはクラスの誰も話したことがないと有名なツンデレラ姫ことまどか。


 彼女の方を見ても、いつも冷たい視線を送られるだけ。

 それに香は酷く苛立つ。


 そして思いつく。


「あいつの彼氏、奪ってやる」


 早速取り巻きにあれこれ調べさせると、すぐに一人の男の子の名前があがる。


 同じクラスのシュウイチ君。彼に惚れていると訊いて、私は妨害した。

 

 でも、うまくいかなかった。

 ただひたすらひどいことやめんどくさいことを彼女にしただけで、私の嫌がらせは終わった。


 それどころか、二人はどうやらお付き合いしたようだ。


「あんたらがグズなせいでじゃまできなかったじゃないのクズ!」


 こんな八つ当たりは日常茶飯事だ。

 もっとひどいこともたくさん言った。


 でも、周りに友人と私が勝手に呼ぶ人間がたくさんいるし男は勝手に寄ってくるし、困らない。

 

 そう思っていたけど、私は、一番大切で大好きな人にだけ、振り向いてもらえない。



「順調そう、だな」

「ああ。そろそろ俺の出番だ」


 劇は順調に進み、俺と羽田は裏でその様子を見守っていた。

 観客は最初、ざわざわと騒がしかったが香月さんの演技力や、もはや彼女のドキュメンタリーであるこの舞台の設定に気づいてか、黙ってそれを見守っている。


「じゃあ、行ってくる」

「ああ、がんばれよ羽田」


 ここからはクライマックスに向けての大事なシーン。

 羽田にフラれた香月さんを、氷南さんが優しく包んで彼女が改心し、そして心からみんなに謝りたいと、客席に向けて伝える場面へとつながっていく。



 私の前には今、好きな人が立っている。

 マコト……私はあなたが好き。でも、こんなに悪い女に成り下がった私にあなたはきっと振り向いてくれない。


「マコト、私……」

「俺、お前とは付き合えない。。。おい」

「え?」


 私はなぜか涙を流していた。


 ……こんなの台本にはない。泣いちゃだめだ。ダメだというのに。


「(おい香、泣くなよ。早く次のセリフ言え)」

「……羽田、私」

「今はマコトだろ。しっかりしろ」


 ダメだ。見ないようにしてたけど、こいつの顔を見たら気持ちが溢れてくる。

 そして、どれだけ自分がおろかなことを繰り返してきたかを振り返り、その愚行の数々に嫌気がさす。


「私、私……ごめんなさい、私が悪かった!私がみんなにひどいことをした!だからあんたに嫌われても仕方ないってわかってる!でも、でも嫌なの!謝るし、なんでもするしみんながそれでも許してくれないなら許してもらえるまで頑張るから!だから……」

「お、おい」



「え、こんなの台本にないぞ……」

「どうしよう、脇でまどかもてんぱって固まっちゃってるし」


 原さんと舞台裏から、香月さんの暴走を見ながら慌てる。

 そんな時、反対側の舞台袖から亜美さんが、舞台にあがる。



「香。みんなにいいたいこと、あるんでしょ?」

「……う、うん」

「いいなよ。もう台本無茶苦茶なんだから。さっきみたいに素直になって」

「で、でも」

「みんないるから。ね?」

「う、うん」


 亜美は、本当にいい子なのだなあと、こんな恥ずかしい状況でもそんなことを考えさせられる。


 同じ人を好きになった女子なんて、敵以外の何者でもないだろうに、どうしてそこまで私に優しくしてくれるんだろう。


 でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 ……


「皆さん!私、香月香は本当に横暴で、卑劣で、高飛車で、傲慢で、みんなを傷つけてきました。だから、こんなことをして許されるとは思ってないけど、だけど、せめて謝らせてください。本当に今まですみませんでした」


 以前の私なら、こんなことは屈辱的で絶対にできなかったと思う。

 でも、まどかが素直になる心を教えてくれて、愛華が私という存在を認めてくれて、亜美が憎しみ合うことのバカらしさを伝えてくれた。


 だから、きっと……


「おい羽田ー、さっさと慰めてやれよー!」

「そうだそうだ、泣いてるぞー!」

「第一誰も殴られたりしてないんだろ?だったらいじめとか女子の陰湿な嫌がらせなんだから気にするなって香月さん!」


 男子からの声援が飛ぶ。 

 それに呼応するように今度は女子が。


「男子、失礼よ!別にここまで反省してるってわかったら香月さんを責めたりしなわよ」

「私、泣けてきた。がんばれ香ー!」

「頑張れー!」


 段々と声が一つになっていく。


 見上げると、みんなが頑張れと、私に声を向けてくれている。


「……」

「よかったね香。じゃあ、あとはお二人で劇の続きよろしく。まどか、行くよ」

「……」

「あ、まどかが気絶してる。泉くーん」


 あまりの光景に気を失ったまどかを回収しに泉君が舞台に来て、彼女をお姫様だっこでかっさらう時、客席からは「おい泉ーラブラブすんなー」とヤジが飛んでみんながドッと笑った。


 そして舞台には私と羽田だけが残された。


 その光景にまた、みんなが静まり返る。


「……どうすんのよ、これ」

「さあ。とりあえず抱きしめてやろうか?」

「ふざけんな……あーもう、最悪」

「お前の気持ち、よーく伝わったよ。うん、ありがとな」

「迷惑、でしょ?」

「いーや、全然。むしろ目の前でビービー泣かれる方が迷惑だ」

「何よ、いちいちいちいち……ほんと、むかつく」

「でも、迷惑かけられるのも嫌いじゃない」

「……うっさい」


 私はいけないことだとわかっていたのに、思わず羽田に抱きついてしまった。

 わんわん泣いた。もう演技なんて何一つなくて、本心から泣いた。


 そして舞台の幕は降りていく。

 客席の拍手が、ずっと鳴りやまず私は夢の中にいるようだった。



「別れた!?」

「うん、今朝ね」

「え、な、なんで?」

「うーん、なんでって言われてもやっぱり好きな人の恋は応援したいじゃんか」

「そ、それで羽田はなんて言ったの?」

「もちろん嫌だって言ってくれたよ。でも、その気持ちだけで充分。私っていい女でしょ」


 舞台裏で、亜美さんが羽田と今朝別れたと突然告白した。


 原さんは知ってたようだけど、気絶してる氷南さんが聞いたらどう思うか。


「さーて、舞台も無事終わったしまどかが目覚ましたら女子会ね」

「亜美……辛くないのあんた」

「んー、辛いけどさ……あのまま付き合う方がもっと辛いって……」


 膜が降りた後の舞台で抱き合ったまま動かない羽田と香月さんを見て、彼女は気まずそうに笑う。


「ほんと、女泣かせな奴よね」

「間違いない。というか友人として、ごめん。あいつがもっとちゃんとしてたら」

「いいよいいよ。私が選んだことだから。それよりさ、飯行こ飯。あんな二人はほっといてさ」

「うん。じゃあ氷南さんはおんぶしていくよ」

「いいなー二人は。いつまでもラブラブで」


 こうして全校生徒に香月さんが謝りたいという理由から始まった劇が、全く違う結末を迎えながらもなんとか目的だけは果たせた形で終わった。


 まだ興奮冷めやらぬ体育館は次第に静けさを取り戻し、人が少なくなったところで四人で外に出て、ファミレスを目指した。


 ただ、これで万事解決かと思ったら大間違い。

 

 なかなかすんなりいかないのが恋愛であると思い知らされる。

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