74 文化祭 1

 高校生になった頃は、文化祭や運動会なんて私には無縁というかあまり乗り気になれる行事ではないと思っていたけど、今となればそんなころの自分が懐かしい。


 この学校では文化祭が九月、運動会が十月にあるのだけどその理由は他の学校と時期をずらすことでより多くの人に参加してもらいたいからだそう。


 それくらい高校生にとって文化祭は大きなイベント。

 そんなイベントで今日、私は劇をします。


「おはようまどか、泉君」

「おはようあいちゃん。緊張するね」

「まあ、今日の主役はまどかだし。泡吹いて倒れないでよ」

「だ、大丈夫だよ。多分……」

「劇は昼の三時からだし、リハーサルまで時間もあるから出店回ろうよ」

「うん」


 電車であいちゃんと一緒になり、泉君と三人で文化祭の始まった学校に向かう。

 これはこれで楽しい。

 泉君とは「最終日に二人で回ろうね」なんて約束もしちゃってるし。きゃっ!


「うわあ、すごい」

「いっぱい人いるね。まどか、食べ物買おうよ」


 本当に私たちが普段通う学校かと思うくらいに大勢の人が正門からぞろぞろと学校に入っていく。

 

 校庭には祭りのようにたくさんの出店が。

 昨日、テントとかがたくさん並んでてすごいと思ったけど実際に人が並ぶとここまでお祭りムードになるんだなあと、改めてびっくり。


「見て、りんご飴ある!」

「まどかってほんと子供っぽいよね。泉君、買ってあげなよ」

「うん。氷南さん、どれがいい?」

「えーと、あ、綿あめ!あ、ポテト!」

「あはは。今日は大盤振る舞いしないとだな」


 私は目の前の美味しそうなものに目を奪われ、すっかり上機嫌。

 むしゃむしゃと、買ってもらったものを次々に平らげてうろうろしていると、実行委員会の見回りで校内を歩いていた亜美さんに遭遇した。


「亜美さん、おはよー」

「おはよう。ねえ、香見なかった?」

「え?まだ見てないけど」

「そう。連絡もつかないしまだ来てないみたいなの。一応登校だけは義務だからずる休みしてる生徒とか取り締まってるんだけど……」


 香ちゃんは今日だけは休んだりしない。

 だって、彼女がみんなの前で謝りたいからと言ってやることになった劇が、今日開催されるから。


「でも、もう来ないとまずくない?」

「まどか、電話してみてよ。あんたなら」

「しない」

「へ?」

「そんなことしなくても、香ちゃんは来るもん」

「来るもんって……でも万が一」

「ない。絶対来る。香ちゃんは逃げないもん。私とちがって強いもん」

「いや、だけど……ほら、事故とか遭ってたら」

「あ!それは心配!電話する!」


 結局電話した。

 そしてすぐに電話に出て、彼女は一言目で「心配で電話かけてきたんならあんたも偉くなったわね」なんて嫌味を言われた。


 でも、その時の声は少し嬉しそうだった。


「……だってさ」

「あはは。あんたの言う通りだね。うん、私たちも香を信じてやるだけだね」

「あとはまどかの演技だけね。今更あの大根演技はどうもならないけど」

「わかるわかる。ロボットだよね」

「あー、二人とも私のこと全然信用してない!」


 なぜか私が的にされながらも、香ちゃんとも連絡がとれて一安心。


 そんなままのほほんと文化祭を過ごしていてもやっぱり時間は待ってくれない。


「文芸部の皆さんは、体育館にお集まりください」


 アナウンスがお昼に流れると、私の緊張は一気に高まる。


「あうう、こわいよう」

「大丈夫だよ、俺もついてるから」

「いじゅみくーん……あーん」

「こらまどか、あんたはこっちだよ」

「えーん」


 裏方の泉くんと引き離されて、私とあいちゃんは舞台裏に。

 すると先に香ちゃんが待っていた。


「遅い。本番までに打ち合わせするんでしょ」

「香ちゃん。うん、がんばろ」

「その前に食べかすを拭け。あと、鼻水も」

「ううっ。頑張りゅ」

「はあ。なんかこんなのと張り合ってた自分が情けないわ。でも、ありがとねまどか」

「?」


 まだ何もおわっていないのになんで感謝?

 首を傾げると「いいからさっさと台本出せ」と、また怒られた。


「あー、緊張するわね。ていうかどんだけの人がくるの?」

「ぎりぎりまで羽田君が集客するって亜美さんが言ってたけど……ちょっと覗いて……え!?」

「ど、どうしたの?……げっ、マジ!?」


 さっきまで体育館には全然人がいなかったのに、外の様子を覗いてみると香ちゃんと話してるうちにどんどん人が集まってか、ほぼ全校生徒に近い人数が客席に座っている。


 ……死ぬ。


「死ぬー!やっぱ無理―!」

「こらまどか逃げんな」

「だ、だって」

「私も逃げない。だからあんたも付き合って」

「……そう、だね。うん、わかった。でも、色々間違えたらごめんなさい」

「それはいいわよ。精一杯やれば、気持ちは伝わるもんだって、あんたが教えてくれたことでしょ」

「……私、なにか教えたことあったっけ?」

「そういうバカなとこ、嫌いじゃないよ」

「それって褒めてる?」

「もちろん。頑張ろうねマルちゃん」

「あ、またその呼び方した!」

「ほらー、二人とも打ち合わせするよー」

「「はーい」」


 いよいよ劇が始まる。

 

 私は今まで人のために何かできたことなんてないけど、今日はやっとできた友達の為に、精一杯頑張る。


 緊張が高まり、あっという間に時間が経つ。

 

 気が付けば開演時間に。


「いくよ、まどか」

「……うん!」


 私たちの舞台が、始まる。


 


 

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