73 一致団結?


「やっぱり亜美さん、お前のことで氷南さんたちに相談してたみたいだぞ」

「そうか。まあ、あれだけチャラ男と評された俺が何もしないんじゃ向こうだって違和感しかないよな」


 氷南さんの会話を訊いて彼女が隠し事、というより相談されたことを黙っててほしいとお願いされていたのはすぐにわかった。


 あんな様子じゃ彼女に隠し事は無理だな。

 そう思うとなんか勝手に安心はしたものの、羽田の件についてはやはり心配が大きくなる。


 だからかえってすぐに羽田に電話をかけた。


「で、このままってわけにはいかないだろ」

「わかってるよ。でも、文化祭が終わるまではこのままでいたい」

「なんで?」

「香のために劇やるじゃんか。あれ、亜美が色々やってくれないと成り立たないだろ。そんな時に二人が揉めるようなことになるのは嫌だし、あいつの為に頑張ってくれてるお前や氷南さんの気持ちも無駄にしたくないし」

「そう、だな」


 結局この話はそこそこに終わった。

 羽田が今は波風を立てたくないと思った以上、そうするべきだろうし俺の方から氷南さんたち女子側に何か探りを入れるのもトラブルの元かもしれない。


 だから文化祭が終わるまではこのままでいようと。

 いや、このままでいってほしいと願った、というのが正しいところか。


 そうだ。文化祭までは何事もなくいってほしいが……




「まどかー、またセリフ間違ってるよー」

「うー、おぼえらんないよー」

「しっかりして。あんた重要な役なんだから」

「だってー」


 台本ができた翌日から私たちは部室で劇の稽古をしている。


 亜美さんとあいちゃんが主に監督みたいな感じで、私と香ちゃん、それに羽田くんがメインの役者として。泉君は裏方で頑張ってくれている。


 亜美さんと香ちゃんはそんなに多く話すこともないが、特段気まずそうな雰囲気もないし、稽古が終わると香ちゃんはいつもさっさと帰ってしまうから羽田君との絡みもない。


 そんなことより問題は私だ。

 教科書の中身すらろくに覚えられない私がセリフを暗記なんて夢のまた夢な話。

 さっきからみんなに怒られてばかりだ。


「氷南さんおつかれ。これ飲んで切り替えよ」

「泉くーん。あーん」

「こらまどか、男に逃げるな」

「あーん」


 優しくドリンクを持ってきてくれた彼に甘えようとしてあいちゃんにひっぺがされる私。

 そしてスパルタな稽古は何日も続き、バイトや部活の合間をぬってみんなで集まりながらようやく形が出来上がってきたのは文化祭の前日。


 最終日は体育館を借りて通しの練習をすることになっていた。


「じゃあ行くよ。まどか、準備いい?」

「うん、いいよ」

「はい、アクション!」


 私はまだセリフが完璧ではないなりにしっかりやった。

 香ちゃんも羽田君もみんなもばっちりな様子だった。


 そして一通り稽古が終わった後、明日から始まる文化祭に向けての決起会をしようと羽田君が言い出した。


「なあ。せっかくだからみんなでやろうぜ」

「いいねいいね。亜美、店どこがいいかな」

「ファミレスでいんじゃない?二人はバイト?」

「いや、文化祭終わりまでは休みだから」

「じゃあ六人だな。よし、予約すっか」


 元々は香ちゃんの為に始めたことだったけど、今となればそれ以上にみんなでやってきたことを成功させたいという気持ちが強くなっていた。


 でも、香ちゃんは稽古中もその後もずっと暗いまま。

 明日、うまくいけばその表情も晴れるのだろうか。


「ごめん、私の為にやってくれてんのは知ってるんだけどさ……今日用事が」

「え、そうなのか?じゃあ明日だな」

「うん……じゃあみんな、明日はよろしくお願いします」


 香ちゃんは、用事があると言って先に帰ってしまった。

 でも、それが用事ではないことくらい私にだってわかる。


 多分、羽田君といるのが辛いんだろう。

 亜美さんも、そんな彼女の様子を見て少し複雑な顔をしていた。


「ええと、それじゃ決起会はやめて明日終わってから打ち上げにすっか」

「そうね。香こないんじゃ羽ちゃん盛り上がらないもんねー」

「おい、なんだよその言い方」

「知らなーい。愛華、かえろー」

「う、うん」


 亜美さんはあいちゃんを連れてさっさと行ってしまった。

 それをみて羽田君は、さっさとどこかに消えた。


 明日から文化祭だというのに、こんな空気でいいのか不安なまま、私は泉君と一緒にいつものように電車に乗る。


「明日がんばろうね、氷南さん」

「うん。でも、大丈夫かな……」

「セリフ忘れても、インカムで指示するから大丈夫だよ」

「そ、そうじゃなくて。羽田君たちのこと」

「……なるようになる。それに、これは他人が口出しできることじゃない。だから見守ろう」

「うん、そうだね……」


 泉君に見送られて家に入る時も私は不安いっぱいだった。


 そしてあまり眠れないまま、夜遅くまで泉君にライムを付き合ってもらって、いつの間にか寝落ち。


 でも、翌日は早くに目が覚めた。


 今日から、文化祭が始まるんだ!

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