72 隠密作戦?


「で、なんだよ話って」

「はは、俺が泉に相談をする日がくるとはな。喜べ、俺からの悩み相談だぞ」

「なんで相談するやつが上からくるんだ。で、内容は亜美さんのことか?」

「まあ、な」


 羽田は基本的にチャラ男だ。

 しかし、付き合った女子との交際期間は浮気もしないし毎日会って連絡もとって結構大事にする。


 ただ、飽きっぽい性格なのとさばさばしてるせいもあって結局長続きしないのだがそれについて相談なんて今まで一度もされたことはない。


「まさか飽きたとかいうんじゃないだろうな」

「バカ言うな。まだ何もしてねえよ」

「え?お前、なんか病気にでもなったのか?」

「おい、人をなんだと思ってんだ。俺もそういう時だって……いや、初めてだな」

「なんだそれ。で、ムラムラしないんだーとかそういう話か?」

「いや、ちょっと違う、かな」


 羽田が少し沈黙した後、色々言葉を選ぼうと考えたが無理だったと笑って、俺に言う。


「多分な、俺……香が気になって仕方ないんだ」

「それって、つまり好きってことか?」

「わからん。妹みたいな感覚なのか、それとも女として見てるのかもはっきりしないけど、とにかくあいつが気になる。でも、この気持ちの正体がわからないままで亜美に手を出すのは傷つけるだけだろうし、それに……」

「言いたいことはなんとなくわかるよ。でも、お前なりに亜美さんと向き合って出た結論がそれなら仕方ないんじゃないか?いつもそんな話してただろ」


 羽田は以前から、精一杯向き合って知って愛して理解したうえで冷めたのであれば、別れは必然だから悲観的になるものではないと、そんなわけのわからない男の都合ばかりを並べた理論を展開していた。


 しかし今はどうだ。

 手も出していない女子のことであれこれ悩むこいつを見ると、本当にこいつは羽田かと心配になるレベルだ。


「で、どうすんだよ。亜美さんと別れるのか?」

「いや、まだそれほど亜美のことを知ってない。それに居心地はいいしあいつとはうまくいってる自覚もある。だから、香にそんな気持ちを持つこと自体が嫌なんだよ」

「かといってほっとけない。でも構うと香月さんへの気持ちが大きくなる、か。ややこしいジレンマだな」


 俺は羽田と比べて恋愛について詳しくもなければ慣れてもいない。

 氷南さんとしか付き合ったこともないし、今後彼女以外の子を好きになるなんてことは想像もできない俺にとって、どっちの方が好きなのかみたいな話は異次元の話題ともいえる。


 ただそれでも羽田のことだけは付き合いも長いのでそれなりに知っているつもり。

 そんな俺が今の羽田を見て、こいつが何を考えているのか何となくわかったのも別に不思議な話じゃない。


 羽田は香月さんが好きなんだ。

 

 ただ、そうであってはならないという羽田の唯一ともいえる真面目な部分が必死にその気持ちをかき消そうとしているから話がややこしくなっているだけで。


 亜美さんと付き合ったけど香月さんが忘れられなくて、しかも香月さんが自分のことを好きだとわかったから余計に意識して、でも亜美さんに不義理を働きたくなくてどうしたらいいかわからない、という感じか。


「で、お前はどうしたいんだよ」


 いくら羽田の心情が理解できたとしても、所詮恋愛初心者には変わりない。

 だから的確なアドバイスもないから必然とこんなことしか言えなくなる。


「……お前はどうしたらいいと思う?」


 ただ、羽田だって答えがわからないからこうして相談してきてるわけだし、こんな風に訊かれるのもまあ想像にかたくない。


「……わからん」

「だよな。俺もわかんねえよ」

「ちなみにこの話、まだ氷南さん達にはしない方がいいよな」

「ああ。だけど向こうから亜美の話が何かあったら教えてくれ。頼む」

「わかった」


 俺は羽田と解散した後、氷南さんに連絡したらまだ原さんたちといるというので、終わったら迎えに行くと言って、一旦気晴らしに本屋へ向かうことにした。



「羽ちゃんのやつ、私に手を出してこないの」


 女子トークというのは案外エッチな話題が多い。

 亜美さんはファミレスの席に着くとすぐに「抱いてくれない」と言い出して私はなぜか恥ずかしくなった。


「それって……実は羽田君は真面目だったって話?」

「違うわよ。あいつがチャラ男なのは知ってる。でも、いいやつだしなんか好きになっちゃったのは仕方ないじゃん。とまあそれは置いといて、そんなあいつが何もしてこないって、私やっぱり魅力ないのかなあ」


 亜美さんは美人だ。

 それに胸も大きいしスタイルもいいし、あいちゃんと亜美さんといると私は子供みたいに見えるくらい二人は大人っぽい。


 だから魅力なんてありまくりだと思うんだけどなあ。


「それってさ、羽ちゃんが亜美以外の奴を好きかもって言いたいの?」


 あいちゃんが、サラッと横ですごいことを言った。

 つまり、羽田君は他に好きな人がいるってことだ。


 そんな……え、でも誰を?


「まあ。ていうか香なんだけど」

「え!?」

「な、なによまどか急に大きな声出して」

「だ、だって、香ちゃんと羽田君は何もないって」

「そうは言ってもさ。それしかないじゃん」

「そ、そんなあ……」


 泉君しか好きになったことがなくて、泉君以外の誰かを好きになるなんて想像もできない私にとっては衝撃的な話。


 でも、浮気や不倫で騒がしい世の中だから、実際にそんなことが数多く存在することくらいは知ってるけどこんな身近でそんな話があるのは驚きだ。


「じゃあ、羽田君は浮気を?」

「それはないわね。少なくとも私と付き合って好きになろうと頑張ってくれてるのはよくわかる。だけどさ、なんていうか苦しそうなんだよあいつ」

「苦しそう?」

「無理してるというか、我慢してるというか。好きな相手のそんな様子を近くで見るのって案外辛いじゃん」


 あいちゃんはうんうんと頷いていたけど、私はよくわからなかった。

 一体羽田君は何が辛くて、何と闘って苦しんでいるのかさっぱり理解できない。


「でも、お互い好きだから付き合ったんだよね?」

「まどか、恋愛ってねお互いが好きじゃなくても付き合ったりするしお互い好きでも結ばれないってこともあんだよ」

「??」


 また意味が分からないことを、今度はあいちゃんが。 

 亜美さんはうんうんと頷いていたけど私一人が話から置いてけぼり。


「まあいいや。とにかくさ、今日相談したかったのはまどかに泉君が羽ちゃんの話してたらこっそり教えてもらおうと思って」

「ええと、泉君が羽田君の情報を漏らしてたらこっそり横流しすればいいんだね」

「言い方……まあ、そうだけど」

「なんかスパイみたい!で、でも泉君に内緒で悪いことしてるみたいで……え、どうしよう」

「別に探らなくていいから。なんか変わった話があったら教えてってだけ」

「わ、わかった」


 話がまとまったところで泉君から連絡が来て、もう少ししたら出るので待っててと返信した。

 そんな私の様子を見てあいちゃんが「まどかは早く彼氏に会いたいみたいだから解放してやらないと」なんて言って茶化してきた。


 そんなことはあるので、私は一足先に店を出る。

 そしてすぐ近くのコンビニまで来てくれていた泉君と合流する。


「おまたせ」

「もうよかったの?」

「うん。相談は終わったから」

「相談?原さんか亜美さんに何かあったの?」

「え、いや、それは、ええと……なんもないよ!」

「そ、そうなの?」

「う、うん。別に羽田君のことで何か相談されてたとかそんなんじゃないから」

「……わかった。じゃあ帰ろう。あ、コンビニでアイスでも買う?」

「わーい!」


 危うく口が滑りかけたけど、なんとか我慢。

 これは秘密のミッションだから、泉君に隠し事してるっぽくてすごく後ろめたいけど友達の幸せのために頑張るんだ!


 なんてやる気もそこそこに、アイスを食べてほっこりして、泉君にデレデレしながら帰宅した私でした。


 



 

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