78 好事魔多し?

「おはよう香ちゃん」

「おはようまどか。泉君も。二人とも仲いいね」


 教室では香ちゃんは一人で席に座って本を読んでいた。

 それを見てもしかしてまだみんなとうまくやれてないのかと心配にもなったけど、そんなことは全くなかった。


「香おはよー」

「おはよう香月さん、運動会頑張ろうね」

 

 みんな、彼女に対して何気なく声をかけていた。

 それにこたえる時の香ちゃんの表情も、以前とは全く違って随分と穏やかなものだった。


「運動会。ちゃんとしないとだね。まどか、あんたは何に出るの?」

「ええと、男女二人三脚ってやつに、泉君と出たいなって」

「あんたのファンが発狂しそうね。まあ、いいんじゃない」

「香ちゃんは?羽田君と出ないの?」

「……出たいけど、恥ずかしいからいい」


 顔を赤らめて少し拗ねたような態度を見せる香ちゃんを見て、私は思わず「かわいいー」と言ってしまった。


 そして怒られた。


「からかうな、まどかのくせに」

「だ、だってかわいいんだもん。かわいいよ香ちゃん」

「な、なによ気持ち悪いわね。いいから、もう席につきな」


 あんなに照れる香ちゃんは初めてだ。

 多分、羽田君とうまくいっている証拠なのだろう。


 ……青春ってやつだね!



「えー、明日から運動会の準備も本格的になるが夜は遅くならないように」


 先生がそんなことを言い残して今日も一日が終わった。


 私は泉君とアルバイトに向かう。

 最近は私もちゃんとシフトに入れるようになってきたから、ようやく一人前と認めてもらえたのだろう。


「氷南さん、アルバイト代入ったらどこかいかない?」

「うん。私秋葉原に行きたいなあ」

「何か好きなアニメとかあるの?俺も行ったことないからちょっと興味あるかも」


 本当はどこでもよかったけど、泉君と行ったことのない場所にたくさん行ってみたい。

 なんなら世界中を二人で旅してみたり……したら私の体力がもたないので、日本中くらいにしておこうかな。


 でも、ずっと一緒。ずっと一緒だもんね。


 勝手にルンルン気分でバイトの制服に着替えて、いつものようにホールに立つとお客さんが何人かやってくる。

 

 学校の人みたいだけど私は知らない人だ。

 でも、こっちを見てるから向こうは私のことを知ってる?


「い、いらっしゃいませ。お水どうぞ」

「あー、やっぱり氷南ちゃんだ。かわいいねえ」

「え、あの」

「よかったらさ、この後一緒に飯行かない?ねえ、いいだろ」

「あ、あの」

「いいじゃんか飯くらい。な、お願いだよ」


 私はしつこく食い下がってくるお客さんに戸惑う。

 こ、これ知ってる。ナンパってやつだ。


 どうしよう、怖いよう……


「ねえ、いいだろ」

「お客様、当店でのナンパはお控えください」

「な、なんだよお前」

「ここのスタッフです。それに、この子の彼氏です」


 い、泉君……。泉キュン!


「いいだろ別に声かけるくらい」

「ダメです、俺は嫉妬深いのでそんなこと許しません。しつこいなら店長呼びますよ」

「わ、わかったよ……ちぇっ」


 二人組の男の人はさっさと帰っていった。


「ごめん、気づくのが遅くて」

「う、ううん。ありがと……それに、泉君って嫉妬深い、の?」

「え、あはは。あれは……うん、でも氷南さんが他の男と話してると嫌かな。俺って案外器が小さいのかもね」

「……」


 泉君はきっとそんなことはない。

 でも、そうやって自分を小さく見せてでも私を庇ってくれるなんて、なんて素敵なんだろう。


 好き。好き好き、大好き!


「泉君、好き……」

「え?」

「な、なんでもない。あ、洗い物しなきゃだね」


 私は一人で照れながら震える手で食器を片付けて、あいさつ代わりに二、三枚お皿を割りながら洗い物をしていると、店長さんがこっちに来た。


「あ、すみませんまた割っちゃって」

「大丈夫、それ込みでいれてるから、バイト」

「す、すみません」

「いい彼氏だね、泉君って」

「は、はい」

「うんうん。じゃあもう少し頑張ろうね」


 店長さんは私ににこっと笑いかけてくれてからお皿を片付けてくれると、「ちょっと買い物行くから二人で店番よろしくね」と言って出かけていった。


 ちょうどその時にお客さんがはけて、店内には私と泉君の二人っきりに。


「おつかれさま。さっきは大変だったね」

「……泉君、好き」

「え?」

「大好き!もうずっと好き!」

「ひ、氷南さん……うん、ありがと」

「……誰もいないよ?」

「え、いやでもここ職場だし」

「ちゅー、だけ」

「……うん」


 アルバイト中に彼氏とイチャイチャなんて、ろくに仕事もできない私がそんなことをするのはなんと不真面目なことだろうとわかってはいた。


 でも、溢れる気持ちをおさえられないので、なだめてもらうためにも泉君にチューをしてもらった。


 もちろん遠慮気味に、ちょっとだけだったけど、何か悪いことをしているようなドキドキ感たっぷりのチューはちょっとだけ癖になりそうだった。



「ただいまー」

「おかえり円。機嫌良さそうね」

「うん、泉君がすっごくかっこよかったの。それにそれに」

「わかったわかった。でも、あんまり浮かれない方がいいわよ。好事魔多しっていうでしょ」

「浩二魔王死?」


 なんのことかさっぱりだったけど、私は充足感たっぷりだ。

 ずっと、ずっとこうやって幸せに泉君と過ごすんだ。


 ルンルン気分で気持ちよくお風呂に入って部屋に戻るとそのまま爆睡。


 そして翌日。


「ふんふんふん」

「機嫌いいね氷南さん。でも足元気をつけないと」

「今日はすっごく体が軽いの。ふんふん……あっ」

「危ない!」

「ふぎゃ!」


 改札を出たところで軽快にステップしていた私は足が絡まって顔面からヘッドスライディング。


 そして鼻血がぽたぽた。


「ううっ、えーん痛いよー」

「だ、大丈夫?とりあえずこれでおさえて」

「えーん!」


 調子に乗ると大体こうなる。


 好事魔多し、恐ろしい言葉だと痛感しました。

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