92 宿題は先にやりなさい
夏休みは楽しいことばかりではない。
散々楽しんでおいて何を言いだすのかと思われるかもだけど、本当に嫌なことはたくさんあるのだ。
まず暑さ。
暑い、その一言に尽きる。溶けそう。いや、実際溶かしてくれるならいいけど汗かくだけで痩せないし。
次に親戚巡り。
お盆の時期とか、めったに合わない親戚に挨拶をしたりうちにやってきたりするのが正直苦手。
昔は小遣いもくれてたので安心だったけど、最近はそんなのもないし気を遣うから疲れるのだ。
そしてなによりの悩みが……宿題だ。
「あーん、宿題終わらないよー!」
夏休みの後半、宿題を片付けている私は一人でもがいていた。
なにせ今年は宿題を終わらさないとお盆以降の外出を禁止するとお母さんに言われてしまったのである。
さらに、明日はしゅうくんと夏祭りに行く約束をしているので何としても今日中に終わらさなければ私はプリズンブ○イクしなければならなくなる。
「はうう、英語わかんないよう。あー、腕つかれたよー」
ずっと独り言をつぶやきながら昼までに終わったのは全体の四割くらい。
もちろんクオリティは保証しない。多分何かいてるかも読めないくらい。
数学ドリルは答えを丸写し。英語の宿題は筆記体ならぬ氷南体という解読不可能な英語でノートをとりあえず埋めた。
ただ、写して終わりのものはいいとして、うちの学校には面倒な宿題が一つ。
高校生にもなって読書感想文とやらがあるのだ。
しかもしかも、課題図書こそないけど自身の経験や夢と織り交ぜながらなんと千字も書かなければならず、私はこの課題に苦しんでいた。
本は読む。好きなくらいだけどラノベばかり。
活字は好き。でもそれは読むの限定で書くのは別。
だけど、これを終わらさないと明日の祭りはやってこない。
というわけで、気晴らしを兼ねて本屋に行くことにした。
お母さんには「必要な本を買いに行く」といって許可をもらったが、一時間以内に帰ってこいと言われたので結構必死に駅前に向かう。
そして本屋でほしかった漫画とかを見た後、感想文に使えそうなものを探したが全く見つからない。
文学本や自己啓発本は正直何を書いてるのかさっぱり。
挿絵ないし。
だから何にしようかと困っていたところ、偶然しゅうくんの姿が。
「あれ、円?どうしたのこんなところで」
「し、しゅうくーん」
「もしかして感想文の本探してた?」
「うん、あれだけが終わらないよう」
「じゃあおすすめ紹介するよ。読みやすい方がいいでしょ」
私はしゅうくんに導かれるままに本を買って、その足で駅前にあるクレープを買ってもらって食べ歩きながら家まで送ってもらった。
多分しゅうくんとずっと一緒だと私は、宇宙に飛ばされて「考えるのをやめた」でお馴染みのあのキャラのように考えることができなくなる気がする。
何でもしてくれるしなんでも教えてくれる。
そんな自分が嫌で脱却しようともがいた時期もあったけど、今は一周回ってそれでいいやと思っている。
もちろん彼に捨てられた時点で私は詰みだけど、そうならない努力だけは精一杯するつもり。
太らないように努力するし、寝坊しないように頑張るし、留年しないように必死だし。
個人差はあるだろうが、私にとってはそれが精一杯だしそれでいいと言ってくれるのだからそれでいいのだ。
これでいいのだ、ば○ぼん。
「れれれ?」
「氷南さん?」
「あ、ごめんなさい」
「あはは、いいよいいよ。それよりその本すっごく面白いから」
「う、うん。ガンバル」
そうだ。とにかく今日はこの本を読んで読書感想文を完成させなければ。
まず読むことに集中するからと、家先でしゅうくんと別れてすぐに部屋にこもる。
タイトルは……『幸せな時間』
この本もラブコメらしいのだけど、どういうことが人にとって幸せか考えさせられる良作だと、しゅうくんが帰りに熱く語っていたのを思い出しながら私も本を開く。
そして読書モードに突入した。
♥
「ぐすん、ぐすん……ううっ、うえーん!」
やっばいくらい感動した。
何が、というか全部に感動。
主人公の不遇な人生から、ヒロインとのすれ違い、それでも前をむいて最後に幸せをつかみ取った時に言った一言。『ずっと幸せだったよ、俺は』。
この言葉に涙腺が崩壊し、私はビービー泣いた。
泣きすぎてしばらくは何もできず、ようやく落ち着いた時にもう一回読もうと、また最初から本を開く。
そして何度も読み返して、すっかり私のお気に入りの一冊となった。
やっぱりしゅうくんのおすすめはおもしろいなあ。
うん、これはおもしろい。素晴らしい。
そんな風に作品に浸っていると、気づけば夜中になっていた。
あ、いけないお風呂入らないと。明日はデートだもんね。
ルンルン気分で風呂に入り、うきうきで鼻歌交じりに髪を洗い、風呂でさっぱりした私は充実感いっぱいのまま。
ベッドイン。
すやすやと眠ることができましたとさ。
♥
「……あー、感想文書いてない!」
朝目覚めてすぐにとんでもない事実に気づく。
まずやることは母に泣きつくこと。
「おがーざーん!明日絶対やるから外出許可じでー!」
「はあ?昨日なにしてたのよ。ダメです、今からやりなさい」
「だっでー!ぜっだいおわんないよー!」
「すぐ諦めるな。こうしてる間にもやりなさい。以上」
母は許してくれなかった。
私は絶望しながらも部屋に戻り、机に向かってペンを持つ。
……え、どうしよう何も思いつかない。
私は焦れば焦るほど元々低い能力が低下していく。
そして気が付けばもう昼を回っていた。
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