93 幸せのひととき

 私にとっての幸せの時間。


 それは大好きな人と一緒にいること。


 甘やかしてくれて、守ってくれて、一緒に笑ってくれて一緒に悲しんでくれる、そんな人と一緒にいることが幸せ。


 私の大好きな人は、最初は家族だけだった。

 お父さん、お母さんが大好きで、でもそれ以外の人はみんな苦手だった。


 私に優しくない、辛く当たるこの世界があまり好きではなかった。

 でも。


 でも、家族以外に好きな人ができた。


 その人は、私がどんなに醜くても手を差し伸べてくれる人だった。

 そして。その人と気持ちが通じ合うまで私は一生懸命自分を隠した。


 だけど、隠す必要なんてないくらいに私を好きでいてくれた。

 ありのままの、情けない私を。


 好きな人が増えたらとても嬉しい。

 少し世界の色が変わった、気がする。


 そして、しばらくしてからのこと。

 また、好きな人ができた。


 浮気じゃなくって、今度は大好きな友達。

 しかも、最初は私と相対する人たちが、なぜか私の傍にいてくれるようになった。


 そして彼と二人で過ごす学校が、みんなで楽しむ学校になった。


 夏は海に行ったり、学校では文化祭や運動会なんかもみんなで楽しむことができた。


 人生でこんなに楽しい学校生活は初めてだって、そう思えるくらいに楽しくて毎日がウキウキ。

 

 でも、ここまでには辛いことばかりだった。

 辛くて死にたいなんてことも何度かあった。


 だけど。


 その時のことがあるから今の幸せを、当たり前のものではなく特別なことだとわかって過ごすことができている。大切にできている。


 幸せって、多分誰の中にも本当は最初からあって、だけど自分で蓋をしたり見つけられずにいるものなんだと思う。


 私にとっては大好きな彼と、大切な友達と、優しい家族といる時のどれも幸せなんだ。


 もちろん、一人でお菓子食べたりダラダラするのも好きだけど。


 そんな私の幸せの時間は、これからもずっと続いてほしいと願っている。

 だから、その幸せを続けるためにも私は精一杯今を生きて、それをこぼさないように努力する。


 そうやって頑張ることもまた、今の私にとっては幸せな時間なのです。


 氷南円


 ……


「できたー!」


 作文を書き終えた。

 火事場のバカ力というか、死ぬ気でやればなんとかなるものだ。


 ようやく終わったと、ぐったり机に突っ伏してから携帯を見るともう夕方。


「あっ、時間だ!」


 もうすぐしゅうくんが迎えにやってくる。

 準備しないと。


 慌てて着替えてちょっとだけ化粧をしていると、しゅうくんが家にやってきた。


「失礼しまーす」

「あ、しゅうくん。もういけるから待っててね」


 私は家を出る時にお母さんに「宿題できたから行ってきます」とどや顔で伝えてからさっさと彼の待つ外へ。


 そして一緒に手を繋いで、商店街でやっている夏祭りに向かう。


「なんか人が多いね。さすがお祭りって感じだ」

「うん。私、今日はりんご飴食べたい」

「円に似合いそう。あと、花火も楽しみだね」


 お祭りって値段も高いし、何か変わったものがあるようでないようで、といった感じなんだけど、なぜか楽しい。

 たぶんそれはみんなが楽しそうにしてるからだと思う。


 みんなの幸せがこっちにまで伝わってくるし、そのおかげで自分も幸せになれる空間だと。


「みてみて、金魚すくいだー」

「円やってみる?俺、結構得意だよ」

「私苦手だもん……でも型抜きなら得意だよ!」

「よーし、じゃあ勝負しようか」

「で、でもその前にわたがし!」

「あはは、いいよ」


 その辺でもらったうちわとりんご飴で両手を塞がれた私は、しゅうくんにわたがしを食べさせてもらいながらイチャイチャ。

 周りからみたら結構なバカップルなのだろうけど、私は一年経った今でもそれくらい彼のことが大好きなのだ。


 いつか冷めたり、飽きたりする時がくるなんて夢のない話をよくネットやテレビでも見かけるけど、私はそんな日など想像もつかない。

 私はきっと、一生彼のことが好きだと思う。


 大袈裟、というか重たい言い方かもしれないけどそんな気持ちはずっと変わらない。

 だから私も、ずっと彼にそう思ってもらえる存在になりたい。

 

「円、はいあーん」

「はうっ。んー、おいひー」


 こんな犬みたいな私だけど……。


「もう少ししたらどこか場所探して座ろう。花火の前になると場所の取り合いだ」


 彼の横顔を見ながら、私はぺろぺろと呑気にりんご飴(二本目)を舐める。

 その仕草が、なぜかよかったのかしゅうくんはしきりに「かわいい」と言ってくれるので私は調子に乗って食べまくってしまう。


 そして花火会場に着く頃にはりんご飴のストックとわたがし、それにポテトもなくなってしまい、近くにあった焼きそばにまで手をつけてしまう。


「よく食べるよね、円って」

「す、すきなの食べるのが……おかしいかな?」

「いや、かわいい」

「はうう」


 しゅうくんは結構思ったことを素直に話してくれる。

 だから恥ずかしいというか、いつも照れる。

 でも、それがたまらなく嬉しい。


「あの、しゅうくん」

「どうしたの?」

「あ、あの……」


 私がもごもごと口籠っていると、ヒューっと音が。海の方から聞こえてきた後でバーンと空に大きな花火が。


「わー、綺麗だ」

「うん、すごい!」


 そこから次々と打ち上げられる花火に、大勢の人が視線を向ける。

 みんなが空を見上げ、おおーっと歓声をあげる中で私は、さっき言おうとしていたことを口にする。


「しゅうくん……大好き」

「円……うん、俺も」

「私、すごく幸せ。ずっとこうしてたい」

「そうだね。来年も、その次もずっと、一緒に花火見ようね」


 誰も私たちを見ていないし、多分私たちの声も大きな花火の音で聞こえない。

 

 でも、私の心臓の鼓動がうるさくて、目の前の彼がまぶしくて、私には花火なんてこれっぽっちも見えなかった。


 

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