91 海だ!

「海だー!」


 海だ。

 海にきた。


 でも、テンションが高いのは私ではなく後輩ちゃん。


「せんぱーい、こっちこっちー」

「……はあ」


 まず海に来るまでの道中から私は気が重かった。

 そもそも律子ちゃんは覚えてるかどうか疑問だが、海も彼女たちとのトラウマポイントの一つなのだ。


 中学三年生の時、海に、ではなく海の家のイカ焼きがどうしても食べたくて一人でこっそり海辺にいったところで律子ちゃんたちに見つかって焼きそばとかを奢らされた上に海に引きずり込まれてずぶぬれにされたのは多分一生忘れない。


 お母さんに迎えに来てもらった時に、海に落ちたと言い訳して死ぬほど怒られたし、あの日以来一層海が嫌いになったのだけど、それでもしゅうくんやあいちゃんたちと過ごした海で私のトラウマはすっかり晴れたと思っていたのだけど。


「まどかどうしたの?海、きらいだっけ?」

「あの子が苦手……」

「あはは、そうだよね。でもまあ連れてきてぼっちにさせるのも大人げないし私が相手してくるわ」


 あいちゃんに苦手な人はいないのか。

 いつか私もああなりたいというか、あんな風にあれたらいいなと思うがそれは多分無理だ。


 でも、二人が楽しく海ではしゃいでくれているのでその隙に私はしゅうくんとイチャコラするのだ。


「しゅうくん、イカ焼きと焼きそば食べ……なんでもない」

「ん?どうしたの?」


 早速二人で買い食いしよう、なんて考えていた時に私は自分の重量アップを思い出した。

 結局昨日買った水着は苦しくて着れなかったので、来年の目標にすることとなった。

 そして不本意ながら家にあった昔のもの(これは大きすぎるくらいだったけど苦しいよりは幾分かマシ)を着て、パーカーやジャージを脱がずに一日過ごすつもりだけど、それだからといって調子にのるとまた太る。


 でも。


「何か食べないの?奢るよ」


 彼は優しいから私にいっぱいおやつを与えてくる。

 そして私は食べる。だから太る。


 飼い主が甘いと、猫はぶくぶく太ってしまうようだけどそれは人間でも例外でなく。

 でも、太ったことにしゅうくんは気づいてないのかな?


「あの、私……なにか変わってない?」

「え、なにかな?別にわからないけど」

「その、ちょっと太ったというか、ええと」

「あはは、全然だよ。もしかして体型気にしてたの?だったら何も気にしなくていいよ。本当にヤバいとおもったら俺が円を走らせるから」

「そ、そう?じゃあ……イカ焼き!」


 せっかく海に来たのだから楽しもう。

 明日からまた頑張ろう!


 明日やろうはバカ野郎だと、昔お母さんにそんなことを言われた気もしたけどそんな言葉は今はクシャクシャポイ。


 いつ楽しむの?今でしょ!



「はー、食べた食べたー」

「せんぱーい、何してるんですかー?」

「あ、律子ちゃん……」


 しゅうくんと二人でむしゃむしゃと食を堪能していたせいですっかり忘れていたが、今日は宿敵の律子ちゃんが一緒だったのだ。

 

 そして私を庇って相手してくれていたあいちゃんもへとへとな様子。

 そうだ、この子って異常に元気なんだよなあ……


「ビーチバレーしません?私、結構うまいんですよー」

「お、お腹いっぱいだからやめとこうかな……」

「じゃあスイカ割は?あそこでスイカ売ってますし」

「も、もう食べ物はいいかも……」

「もー、せんぱい全然遊んでくれないじゃないですかー」

「だ、だって」


 だって、私はあなたの事は苦手で仕方ないんだもん。

 そう言いかけた時に向こうから。


「そうやってまた逃げるんですか?」


 そう言われて私はぴくっと。

 そうだ、逃げないために彼女をここに呼んだのに、これじゃあ昔とかわらない。 

 ただ、助けてくれる人がいるから助かっているだけで、私自身の力で何もできていない。


「……いいよ、バレーしよう」

「そうこなくっちゃ。じゃあせんぱいは原先輩と、私は先輩の彼氏さんとペアでどうです?」

「それはヤダ!絶対譲らない!」

「じょ、冗談ですよ。じゃあそっちはカップルで。負けた方がジュース奢りですよー」


 こうして私はしゅうくんとペアになり、ビーチバレー対決を律子ちゃんとすることになった。


 のだけど。


「せんぱい、サーブおねがいします」

「うん!……えい!」

「せんぱい、素ぶりはいいですから早くー」

「わ、わかってる……えりゃ!」

「……マジか」


 私は何回腕を振ってもボールが手に当たらない。

 ぽとっと落ちたボールをまた拾って、空高くあげてからブンっと腕を振る。

 空振る。

 みんなが首を横に振る。


「せんぱい、勝負になんないす……」

「ま、待って!もう一回……うりゃ!」

「もういいっす。泉先輩、お願いします」

「う、うん」


 こんな役立たずを抱えての勝負はやる前から決していた。

 しゅうくんが一人で懸命にボールを拾ってくれても私が何もできずに点をとられる。

 その繰り返しでボコボコにされた私たちは、あっさりと負け。

 二人の為にジュースを買いに行くこととなった。


「ごめんなさい、私のせいで」

「いいよいいよ。でも、案外律子ちゃんも反省してるのかもね」

「どうして?」

「円と仲良くなろうと必死だし、もちろん過去にしてきたことは消えないけど、もう少し警戒を解いてあげてもいいのかなって」

「そう、だね。うん、いつまでも昔のことをねちねちいうのってよくないよね。よし、戻ったら私、律子ちゃんともっと話してみる」

「うん、そうしたらいいよ。俺もいるし」


 でも、私が彼女たちの元に戻ることはなかった。


 いやなに、別に焦らす話でも自慢することでもない。

 食べ過ぎた後の急激な運動で気分が悪くなった私は、この後すぐにゲロッた。


 まるでマーライオンのように。盛大に。


 そしてぶっ倒れた私はしゅうくんに担がれて、そのまま海の家にて休ませてもらうこととなったのだけど、その間に律子ちゃんは帰っちゃったんだとか。


 ちなみに彼女が帰る間際、あいちゃんに言い残した言葉はこれだ。


「先輩って、やっぱりからかい甲斐がありますね」


 ……やっぱり律子ちゃんは律子ちゃんだ。


 もう、絶対ゆるしてやるもんかと、ようやく目が覚めた後に訊かされたそんな話に憤慨しているとまたしても気分が悪くなっていっぱい吐いた。


 そして。



 なんとまあ、痩せたのである。


 ……こんなつもりじゃなかった!

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