07 せっかくの偶然なのに
土曜日の朝。
それは今の俺にとって最も憂鬱な朝だ。
はぁ……今日は電車に乗っても氷南さんに会えない。
高校に入ってからというものの、土日はずっと憂鬱なのだ。
氷南さんの連絡先も知らない俺は彼女と会う術を持っていない。
というより昨日彼女から連絡先を聞いてくれたというのに、間が悪く電車を降りてしまったのがそもそもこの憂鬱の原因だ。
あの時、俺も電車を飛び降りるべきだったのだろうか。
いや、そもそも俺がもう少し早く彼女に連絡先を聞いておけばこんなことにはならなかった。
……うー、どうしよう。まじでなんもやる気が起こらない。
♥
私、なにやってんだろ……
大声であんなこと叫んで、それで走って逃げるとか意味不明なんだけど。
あー、死にたい。いや、昨日に戻りたい。
でも、多分昨日に戻ってもおんなじ結果なんだろなぁ。
今頃泉君、なにしてるんだろ……
多分彼女はいないっぽいけど。読書家だし外出たりしないよね。
だ、だけどもしかしたら買い物とか行くかもだし近くを歩いてたらばったり遭遇するかも?
……そんなのストーカーだってー!
偶然家の近くであったりしたら絶対不審者だと思われる……
でも、落ち着かないよう……
♠
「確かこの辺で彼女と別れたよな……」
今、俺は氷南さんを見送った時に彼女と別れた交差点まで来てしまった。
こんなことしてたらストーカーみたいだよなぁ。
もしばったりと彼女に会ったらどうしよう。
いや、ばったり会いたいからここまで来たのにそれは変か。
だけど変に思われないかな。
……いや、それ込みでこうして出向いたんだ。
で、でも一旦駅前で買い物でもしてこようかな。
♥
はぁ……結局出てきてしまった。
隣の駅ってこと以外、彼の家がどのあたりとか全く知らないのにこんなところまできて大丈夫かな?
コンビニ……にはいなさそう。
でも、他にお店とかないしやっぱり家にいるのかなぁ。
……ダメだ、私何してるんだろ。
やっぱり帰ろう。うん、今日は帰って早く寝て……明日も早く寝よう……。
私は諦めた。心が折れた。
彼と会うために二十分くらいかけて隣駅まで歩いてきたが、徒労に終わりそうだ。
でも、もし何かの間違いで彼に会えたとしてうまく話すことができただろうか。
……もういいや、帰って一人で本でも読もう。
そうだ、せっかくだし本屋にでも寄って帰ろう。
私の住む家の最寄り駅である桜川駅は小さな駅だけど、周りには本屋やスーパーがあり買い物には困らない。
田舎なので休日に高校生がデートをするのは店の多いこの駅前が選ばれる。
今日もたくさんのカップルがうろうろしているのを見ると虚しくなる。
一人虚しく本屋に入ると、彼がお気に入りだと言っていた本のシリーズが平積みされているのに目がいく。
これ、続きあったんだ。
せっかくだし買ってみようかな。
一番上にある本を手に取ろうと手を伸ばした時、誰かと偶然被ってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「こ、こちらこそ……あれ、氷南さん?」
「え……泉、くん」
うそ、マジで?いやいや私が泉君のこと妄想しすぎて幻見えた?
い、いや泉君だ。間違いなく泉君だ!
私服姿の、休日バージョンの泉君だ!
私服かっこいい。至福~!
とかダジャレが飛び交うくらいに私は興奮していた。
最もそんな心境とは裏腹に私の目は彼を鋭く睨みつけているわけだけど……
「ぐ、偶然だね。氷南さんもこの本を?」
「え、ええ。昨日勧められたから」
「そっか。俺もシリーズあるのは知らなくてさ。今見掛けて買おうかなって」
「そ、そうなん、だ」
あー、全然心の準備してなかったから気まずい―!
ていうかなんでここに?まぁこの辺で大きな本屋ってここしかないけど、でも本当に偶然?
もしかして泉君、私を探しにこっちまで……なわけないよね。
妄想も大概にしとかないとほんとにおかしな子だと思われちゃう。
♠
氷南さん、この本買おうとしてくれてたんだ。
なんか嬉しいな、勧めた甲斐があったよ。
でも……ちょっと気まずいな。
昨日、あんな感じでサヨナラしてしまったからどう話したらいいかわかんないよ……
ええと、でも連絡先のことは向こうから話があるまで切り出さない方がいいかな?
「あの、今日はこれ買ったらもう帰るの?」
「そう、ね。まぁゆっくり読もうかと」
「そっか……」
いかん、何か食事にでも誘いたいのだけどそんな勇気が出ない。
彼女の気まぐれでお弁当を作ってくれたりはあったものの、やはり最初に彼女に声をかけた時のトラウマが蘇ってしまう。
……また断られたらどうしよう。
そんなことになったら、せっかくここまで話す仲になれたというのにそれさえも崩してしまいかねない。
でも、このままだと彼女は帰ってしまうわけだし。
「あの、よかったら出たところで売ってるクレープでも……買わない?」
「クレープ……」
彼女が沈黙した。
この瞬間俺はミスったと後悔した。
やっぱり調子に乗って誘うのは早すぎたと自分を責めたが、すぐに彼女が顔をあげた。
「行く……」
「や、やっぱりだよね……まぁしかたな……え、いいの?」
「いい。行く」
「ほ、ほんとに?よかったぁ」
すぐに顔を逸らされて彼女の表情は見えなかったが、不愛想な対応であっても彼女が誘いに応じてくれた事が何よりだった。
そうと決まれば。急いでレジで本を買ってから外に出る。
気が変わらないうちに彼女とクレープを買いに行くんだ。
♥
死ぬ、死ぬ、死ぬー!
え、泉君が誘ってくれた?クレープを、私と一緒に?あーんとかするの?(言ってない)
そんなの恋人じゃん!世間のラブラブカップルしかやんないことじゃん!
嬉しい、もう死んでもいい。いや、まだクレープを彼と買うまでは死んじゃダメ。
うん、ここはなんとか勇気だして可愛いところ見せないと。
「結構並んでるね。大丈夫?」
「う、うん。待てる」
ああ、泉君めっちゃくちゃ優しい。気遣いもさりげないし横顔もかっこいい。
そのシャツめっちゃおしゃれだし、今日は髪型もセットしててちょっと大人っぽいし。
うん、出かけてみてよかった。もう幸せだよー!
「~ッ!」
「氷南さん?」
「え?ご、ごめんなさいなんでもない」
「味はどうしよっか。俺はチョコ系がいいな」
「私は、いちご」
「いちごも美味しそうだね。なんか女の子っぽくて可愛いし」
「きゃわっ?」
「氷南さん?」
「な、なんでもない。虫がいたから」
はー、心臓止まるかと思った―。
可愛いとか言われたら私多分死んじゃうなぁこれ。
列に並ぶ間、私は高鳴る鼓動を必死で抑えようと我慢しながら彼の隣に立つ。
いくら暑くなってきたとはいってもまだ五月。
今日なんて涼しい風が気持ちよく吹いているはずなのに私は熱中症で倒れてしまいそうなほどに燃えていた。
それに手汗とか多分ヤバい。
手とか握られたら絶対引かれる。ま、ないと思うけど。
「すみません、イチゴの奴とチョコの奴ください」
彼が注文をしてくれた。
そしてさりげなくお会計を済まそうとしてくれていたので私は慌てて財布を取りだそうとして小銭をぶちまけてしまった。
「あっ!」
「だ、大丈夫?」
「ごめんなさい。でも、その、割り勘でいい、のに」
「いいよいいよ、俺が誘ったんだし奢るからさ」
あうー、なんで私ってこんなにどんくさいんだろ。
それでも嫌な顔一つせずに優しく小銭を拾い集めてくれる泉君が、やっぱりかっこよくて私は小銭そっちのけで彼の方ばかりを見てしまっていた。
「はい、いちご」
「あ、ありがと……」
「そこの椅子、座る?」
「そ、そうだね」
そばにあるベンチで彼と横に並んで座ってから、クレープを食べる。
彼に初めて奢ってもらった食べ物だ。多分一生忘れないだろう。
「おいしいね。そっちはどう?」
「おい、しい。うん、おいしいよ」
「ならよかった」
彼がにっこりと微笑みかけてくれた。
その笑顔を出来たら携帯で撮らせてもらいたい。
寝る前に見ながら夢の中に行きたいほど、彼の笑顔は素敵だ。
「また、よかったら一緒に食べたいね」
少し恥ずかし気に、彼がそう呟いた。
その言葉に私はすぐにでも言葉を返したい。
私も、毎日でも一緒に来たいですと、そう言いたいのに喉が詰まる。
苦しい。……あ、クレープがのどに詰まった……
「げほッ、げほっ!」
「だ、大丈夫?水もらってくるね」
「う、うん……」
今日は彼との記念すべき初買い食いデーだったのに、私は醜態ばかりを晒してしまっていた。
こんなんじゃ嫌われる。
絶対に嫌われちゃう……
うう、なんか泣けてくる。
うう、ううう……
「お待たせ氷南さん……ってどうしたの!?」
「ご、ごめんなざい!ごぢぞうざま!」
私は、彼に泣き顔を見られないように必死に走って逃げてしまった。
せっかく神様がくれたまたとない機会で、夢のようなひと時だったのに逃げてしまった。
嫌われた。絶対変だと思われた。
もう家につく頃には涙も枯れて鼻水がぐずぐずで、人に見せられるような顔じゃなかったと思う。
最高の休日になるはずが、最悪の休日になってしまった。
もう死にたい、ううん、やっぱり本屋辺りからやり直したい。
私、タイムリープとかできないかな。
はぁ……そんなこと思っても無駄だよね。
明後日から、どんな顔して彼に会えばいいんだろ。
……今日は部屋に籠ってさっき買った本でも読んで忘れようかな。うん、そうしよう。
……あれ?本、忘れてきた。
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