46 何度目かだから正直に


 ドキドキ。

 今度こそ二人っきり。


 暗い玄関の電気をつけて泉君を家の中へ案内する。

 昨日も来てたし、別に特別なことではないかもだけど、今日の私の心構えはもう前のめりで転びそうなくらいだから何か起きる、いや起こすんだと思うとドキドキがおさまらない。


「あの、飲み物持ってくるね」

「うん、ありがと」


 泉君を部屋に置いて一旦キッチンへ。

 お菓子と飲み物をお盆にのせて再び部屋に戻ると、一気に緊張が走る。


「あ、あの……」

「うん、どうしたの?」

「え、いやあの」

「またトランプかオセロでもする?」

「する!……あ、いや今日は」


 今日はそういうことが目的じゃない。

 泉君とちゃんと恋人になるためにキ、キ、キキキ、キスしゅるんだ!


「お菓子、食べる?」

「うん、いただきます」


 まずはお菓子で気を緩める作戦。

 油断させておいて泉君の隙ができた時に一気に……


 ……そんな痴女みたいなことできない!


「どうしたの?」

「え、なんでも、ない……」

「でも、いつも家で一人だと寂しいよね」

「うん。ちょっと寂しい」

「じゃあテスト終わっても時々家に来ていい?」

「も、もちろんいいよ」


 むしろ毎日でもいい、といいたいけどそれはちょっと重いよね。

 

「でも、こうやって氷南さんと付き合えるなんて夢みたいだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。だって俺、ずっと氷南さんのこと好きだったんだもん」

「しゅきっ!?」


 声が裏返った。

 ついでに鼻血も飛び出しそうだったけどなんとか踏ん張る。


 さすがに鼻血まみれの女子とキスしたいなんて男子はいないだろうから、ここは絶対に我慢!


「あはは、やっぱり氷南さんって面白いよね」

「そ、そうかな。私、ドジだから」

「可愛くていいじゃん」

「きゃわっ!?」


 ダ、ダメダメまた鼻血が……

 今日の泉君、すっごくストレートだから私の体がもたない。


「大丈夫?」

「うみ……」

「うみ?」

「だいじょうび。それより泉君、目瞑ってみてくれない?」

「え、いいけど」


 もうやるしかない。

 こうでもしないと私は一生泉君とチューできない気がする。


 目を閉じた泉君を見ながら、心臓をバクバクさせる。

 あの唇に、私の口を……


 ……


 ……


 にゃー!無理―!



 どうしたんだろうと、薄目で彼女を見てみると何やら口をとんがらせて俺に迫ろうとしては悶えてまた迫ろうとして悶えるを繰り返していた。


 ……もしかしてキス、しようとしてるのだろうか?

 いや、それ以外考えられないというかそうじゃなかったらちょっと意味不明だもんな。


 やっぱり彼女も俺とそうなりたいって思ってくれてたんだ。

 いや、振り返って見れば昨日だってその前だって何か言いたそうな雰囲気はあった。

 なのに俺が鈍感だから彼女にここまでさせてしまっていると思うと少し情けない。


 よし、ここは男として俺が勇気を出して。


「氷南さん」

「ひゃっ!?」

「あ、あの……こっちこない?」

「え、うん」


 隣に氷南さんが腰かけるとふわっといい香りが。

 どうして女の子ってこんないい匂いをずっとさせているんだろう。


 少しうっとりしていると不思議そうに俺を見る彼女と目が合って、ドキッとする。

 可愛い、そして可愛い(語彙崩壊)。


「あの、氷南さんって……ええと」

「?」


 あー、ダメだ。キスしたくない?とか聞けるわけがない。


 心臓が口から出そう。てか吐きそう。


「あの、手、握ってもいい?」

「う、うん」


 そっと彼女の手を握ると、少し熱を帯びていた。

 最近はこうして手を繋ぐことにも慣れたつもりだったけど、こうして二人っきりだとまた違った感じがするし、彼女の緊張も伝わってくるので余計に変な気分になる。


 でも、男として彼女から何かしてくるのを待っているのはどうかと思う。

 俺も自分の気持ちに素直になろう。


「氷南さん、あの、俺、君と……」

「う、うん」

「キスとか、したいって思ったら、変かな?」

「……」


 彼女は下を向いて静かになった。

 恥ずかしいのはもちろん彼女だけでなく俺もだ。

 でも、ここで逃げたらダメだと、俺は目を逸らさずに彼女の方をずっと見る。


 すると、少ししてそっと顔を見上げる氷南さんと目が合って、やがて何も言わずにそっと目を閉じて顔をこっちに向けてきた。


 ……これは、いいってことだよな?

 いや、ここまでお膳立てがあって何もしなければ俺は一生彼女に何もできない。


 そっと細い両肩をもって、俺は目を閉じた彼女に顔を近づける。

 息遣いが聞こえる。それが妙にいやらしくて緊張がグッと増す。


 でも、胸の高鳴りでそれもやがて気にならなくなる。

 そっと彼女の唇に触れると、背中の方がぞわっとなったのだけは覚えている。


 それが一秒くらいか、一分くらいかもわからないけど、氷南さんとキスをした。

 どういうタイミングで離れたらいいのかもわからず、息が詰まりそうになって自然に顔を離すと、真っ赤な顔の彼女が目も合わさずに言う。


「し、しちゃったね」

「うん、そう、だね」

「あ、案外恥ずかしく、ないかも」

「そ、そうかな」


 でも、じゃあもう一回という空気にはとてもならず、俺は彼女から少し距離をとった。

 さっきのキスの感触が頭から離れず、何か話そうと口をパクパクさせていると、氷南さんが恥ずかしそうに話す。


「ま、また今度、しよう、ね」


 その一言で俺は一気に恥ずかしさが限界値を超えた。


「あ、あの……また明日!」


 部屋を飛び出して俺はさっさと帰ってしまった。

 もうこれ以上あの空間にいるのは無理だ。


 だって、彼女が可愛すぎて我慢ができなくなるから。


 夜道を走っていく時に氷南さんのお母さんとすれ違った気がしたけど、立ち止まることなく家に向かった。


 息が切れながらもずっと走り続け、家に帰って部屋のベッドに飛び込んだところで俺はようやく息を吐いた。


 ……氷南さんと、キスしちゃった。



 走って飛び出した泉君を追いかける元気が私にはなかった。

 もう、今一歩も動けそうもないというか、まだ夢の中にいるようで頭がぼーっとしている。


 ……泉君と、ちゅーしちゃった!


 

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