47 悪いこと


「あんた、泉君となんかあったでしょ」


 帰ってきたお母さんがキッチンで寝る前にココアを作ろうとする私に尋問。

 ニヤニヤしながら聞いてくるので多分何か察している。


「な、なんも、ない、けど」

「ほら、あったんじゃない。あんた嘘つくとき、眉毛がピクピクするでしょ」

「え、そうなの!?」

「わかりやすいねえ。で、何したのよ?」

「あうう……ちゅ、ちゅーを少々」

「あはは、よかったじゃない。あんたも女の子として見られてたんだ」


 なぜかお母さんは爆笑。

 え、娘が彼氏とキスしたら爆笑するくらいおもしろいの?


「まあよかったじゃない。今日はいい夢見なさいよ」

「もう、からかわないで!」


 お母さんが部屋に戻っていってから、またキスのことを思い出してしまう。

 まあ、実感がわかなさ過ぎて今回は倒れたり鼻血出したりすることはなかったけど、思い出すととんでもないことをしてしまったとわかって、ココアの味がしなくなる。


 どうしよう。ちゅーってちょっと気持ちよかった。

 ……もっかいしたいなんて言ったらエッチな女だと思われるかな。


 あー、でもでもやっぱりもっかいしたいー!



 キスってしかしとんでもないな。

 なんて気持ちよくて幸せな気分になれるんだろう。


 あのまま、もし氷南さんの体に手を伸ばしたら触れたりできたのだろうか……いや、さすがにそんな度胸は俺にはない。


 うん、今日はよく頑張ったと思う。


 もっとしてみたいけど、でももう一回あんな緊張は御免だなあ。

 羽田みたいに慣れるのは無理だろうけど、もっと自然にできるようになれるのかなあ。



「お、おはよう氷南さん」

「おは、よう……」


 泉君の顔を見ると、ちゅーの事を思い出して照れてしまう。

 電車の中で私はいつも以上に無言。でも、彼もそれは同じようで。


 ……気まずい。

 何も言わないと気まずいんだけど言葉が出ない。


 それに私、気づいたことがある。

 

 多分、チューするの好きだと思う。

 もっかいしたい、もっとしたい、ずっとしたいと思ってあの時から今に至るけど、その気持ちは高まる一方だ。


「ねえ、今日も勉強しに部屋に行ってもいい?」


 泉君の声を聞いただけで私はびくっとなる。

 でも、また部屋に来てくれるんだと思おうと嬉しくてすぐに頷いた。


「じゃあ、放課後よろしくね」

「うん、お願いします」


 泉君は勉強のことを言ったつもりだろうけど、私はもうキス魔モードに突入してるのでそっちの方をよろしくお願いしたつもり。


 昨日は泉君が勇気を出してくれたんだから今日は私が頑張って彼を、彼を……


 は、恥ずかしい!



「やったじゃないか泉。次はいよいよ最後までだな」

「ふざけんな。そんなに軽くないんだよ」


 キスをしたと羽田に報告すると、そんなのは序の口だからすぐに次のステップに移行するように勧められる。


「向こうも気を許してるんだしさっさと押し倒すが吉だよ」

「まあ、俺だって興味はあるけど……いや、とりあえず意識せずにキスができるように頑張るよ」

「堅物だなあ」


 彼女とのキスやその後ってそんなにハードルが低いものなのだろうかと、世間の男性諸君に問いたい。

 だって俺の友人はそんなものをハードルと思っていないから参考にならない。


「とにかく。ほれ、持っとけよ」

「なんだこれ……っておいこれは」

「お守りだよ。穴空いてないから心配すんな」


 渡されたのは、ゴムだ。箱で渡されてもやり場に困るんだが。

 しかしなぜか返すこともできずそっとポケットに。


 でも、こんなものを使う時が果たしてくるのだろうか。



 私は見てしまった。


 泉君が羽田君からとんでもないものをもらっていたのを。


 そう。


 あれは……煙草だ。

 あんな箱に入っているのを昔お父さんが吸っていたから見たことがある。


 ど、どうしよう泉君が不良になっちゃった!

 それに、もしキスしたら煙草のフレーバーがするのかな?


 いや、ダメダメ絶対にダメ。泉君が不良なんて絶対ヤダ!


 止めないと、だけど言ったら盗み見してたのがバレちゃうし……


 とりあえず、今日は泉君の様子をいつも以上にチェックしておかないと。



 放課後、珍しく氷南さんの方から俺のところに来てくれたのだけど、何か言いたそうにもじもじしている。


「どうしたの?」

「え、ええと、おうち、来るよね?」

「うん、行かせてもらおうかな」

「じゃ、じゃあ早速いこ」

「そうだね。でも、その前にトイレ行ってきてもいい?」

「私もついて行く」

「え?」

「……なんでもない」


 なんかちょっと怖いことを言われた気がしたけど、気のせいか。

 待たせているのでさっさと用を足してから俺は彼女と一緒に家にむかうこととなった。



 泉君、目を離した隙に煙草吸ってきたんじゃ……

 で、でもどうやって確認したらいいんだろう。匂いっていっても私鼻づまりだからあんまりわかんないんだよね。


 ……やっぱりちゅーしたらわかるかな。

 うん、そうだ。そうしたらわかる。


「あの、泉君」

「どうしたの?」

「……ん」

「?」

「……ん!」

「え、ええと」

「もういい……」


 思いっきりタコさんみたいな口で彼に迫ってみたけど、どうやら変顔をしたとしか思われていない様子。


 ……いや、まだ家に帰ってからでもチャンスはいくらでもある。


 今日、私は泉君の不良行為を確かめるために、自分からチューします!


 でも、その前に持ち物検査だね。


♠ 


 いつものように彼女の部屋に。


 彼女の家にまでゴムを持ち込んでしまった。


 邪魔だからカバンの中にしまったけど、どうしてもあれを学校で捨てる勇気もなく持ち帰ってしまった。


 うーん、見られたら絶対に勘違いされる。

 あー、何も悪いことないのにドキドキする。


 今日は早めに帰りたいと、そう思っている矢先に氷南さんが腰かける俺に寄ってくる。

 

 そして


「ねえ、カバンの中、見せて」



 

 

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