48 大胆になっちゃう?


「カバンの中、見せて」

「え、いやなんで?」


 あれ、動揺してる。

 やっぱり泉君がもってるのは煙草に間違いない。


 でも、あんまりしつこいとメンヘラみたいに思われてちゃうかも。


「ええと、私のゴムが紛れてないかなって」

「ゴム!?」

「え、うん髪括ってたやつ。外した時になくなって」

「あ、そ、それなら……うーん、なさそうだよ」

「そっか」


 怪しい。いかにも何か隠してますって反応だった。

 もちろん泉君がちょっと悪いことをしたからといって嫌いになったりしないけど、か、彼女として私が彼を更生させてあげるのは当然の使命。


 だから今日は絶対に泉君の悪事の証拠を掴んで……ってなんか今日はそんなことがしたかったわけじゃないんだけどなあ。


 うーん、とりあえず勉強もしないとだし、チューもしたいのに。


「氷南さん、ちょっとトイレ借りていいかな?」

「うん、奥。わかるよね?」


 ちゃ、チャンス?

 いや、いない間に荷物を物色なんて泥棒みたいなことしたくない。

 だけど、あそこに煙草があるなら私は……


 うん、私は泉君にそんなことしてほしくない!

 だからごめんなさい!


 思い切って泉君のカバンの中を覗き見る。

 すると小さな箱が。


 これだ!


 ……あれ、煙草じゃない?

 これ、なんだろう。


 ……スキ、ン。


 ……


 ……



「ただいま……って氷南さん!?」

「あぶぶぶぶ……」

「し、しっかりして!どうしたの?」


 部屋に戻ると氷南さんが泡を吹いて倒れていた。

 介抱しながらよく見ると、彼女の手には俺が隠し持っていたアレが。


 え、これをもしかして疑ってたの?



「あ、あの……大丈夫?」

「ううっ……ごめんなさいびっくりして。でも、これ」

「ごめん。これ、無理やり羽田に渡されたんだ。でも、捨てる場所もなくてそれで」

「そ、そうなんだ」


 泉君の腕の中で目を覚ました私はゆっくり起き上がると、手に持っていたそれを見てまた「きゃっ」と声をあげてしまった。


「ご、ごめんなさい」

「いや、こっちこそごめん。そんなつもりはなかったんだよ」

「う、うん」

「じゃあ、とりあえず勉強しよっか」

「そう、だね」


 それを泉君に返して、ようやく勉強がはじまった。


「じゃあ日本史の問題出すよ。日本の初代総理大臣は?」

「えーと、伊藤……伊藤、なんだっけ」

「頑張って思い出して」

「うう、ええと、カイジ!」

「日本が終わっちゃうよ……」


 ダメだ、いつにも増して私の頭が働いてない。


「じゃあ次ね。明治維新の時に活躍した薩長同盟の成立に成功するなど活躍した土佐藩出身の志士は?」

「あっ、知ってる!坂本龍一!」

「ミュージシャンはその時代いないんじゃないかなあ……」


 恥ずかしい珍回答を連発する私だけど、もう頭の中はさっきのものでいっぱい。


 私、あれが何かくらいは知ってます。

 中学校の時にませた友達がクラスで大声で話してたのを聞いたことがあるし、授業でもそういうものがあると訊いたことがある。


 それにコンビニとかでも堂々と棚に並んでるし、大人の人はあれを使って、あれを使って……にゃー!


「ぶっ!」

「わっ、氷南さん!?」


 今まで史上最高の鼻血が出た。

 泉君とそんなことをする想像をしてしまい、私の体は限界を迎えていたのだった。



「……ううっ、あれ?」

「あ、目が覚めた。大丈夫?」

「うん」


 どうやら鼻血と共に意識も吹っ飛ばしていたらしい。

 またしても泉君の膝枕で目が覚めて、私はボーっと彼の顔を見上げていた。


「ごめんなさい。私、変なこと考えてて」

「ううん。今日は俺が変なもの持ってきたからいけなかったんだ」

「そんな……私、こんなんだからいつも迷惑かけちゃう」

「大丈夫だって。それに、こうしていつも一緒にいられるのはすごく楽しいよ」

「……ほんと?」

「うん、可愛いもん氷南さん」

「……」


 頭がぼーっとするけどそれでもわかるくらいに幸福感に満たされていく。

 ああ、泉君て本当に優しいし紳士だしかっこいいし。


 なんかずっとこうしていたい……


 でも、起きないと。


「ご、ごめん起きるね」

「あっ、大丈夫?」

「きゃっ」


 倒れそうになった私を泉君がお姫様抱っこみたいに支えてくれた。

 もう興奮が限界を超えて、私はその体制のまま目を閉じてみた。


「……ん」

「……」


 二回目のちゅーも泉君から。

 おねだりするような格好になったけど、すごく長い時間、唇を重ねて私は彼の腕の中でドキドキ。


 そして彼の手がそっと私の体に伸びるのがわかる。

 このまま、もっと彼と……


「あっ、ごめん。ええと、起きれる?」

「え、うん」


 残念。泉君が自重してしまった。

 私はもう少しだけくっついていたかったけど、ちょうどそんな空気が途切れてしまい、仕方なく体を起こした。


 まだ、心臓の鼓動がおさまらないけど泉君も同じようであたふた。

 そんな彼の姿を見ているとやっぱり誠実な人で、この人になら何をされてもいいかもなんて気持ちになってしまう。


 だから。


「あの、今日は勉強ここまでにしておこっか」

「……泉君」

「ん?」

「……興味ない?」

「え?」

「あの、そのかばんの中のもの」

「え、え、氷南さん?」


 ……


「泉君なら、使っていいよ」

 

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