45 言いたいことははっきりと

「ねえ香、ここで泉君が働いてるってほんと?」

「うん、確か……ほら、いたいた」


 香月さんが友達二人を連れて私の座っている席の後ろに。

 ボックス席みたいになってるから私のことには気づいてない様子だけど、泉君に話しかけているのが聞こえてくる。


「泉君かっこいいじゃんその服。へー、おしゃれー」

「あ、ありがとう香月さん。でも珍しいね」

「うん、泉君が働いてるって聞いてさ、遊びにきたんだー」


 むむむ、なんかすごく仲良さそうに話してる。

 で、でもお客さんだから仕方ないのかな。


「泉君、バイト終わったら暇?」

「い、いや今日は予定が」

「そっか。じゃあいい。それよりこのパフェ三つください」

「はい、かしこまりました」


 香月さん、私という彼女がいると知ってて泉君を誘うなんてなんて意地悪!


 でも泉君はあっさり断ってくれてよかった。

 

「氷南さん、先に帰る?」


 小さな声で私に泉君が声をかけてくれる。

 多分気遣ってくれてるのだろうけど、それはできないししたくない。


「いい。ここにいる」

「そっか。じゃあまた飲み物持ってくるね」


 もう勉強どころでは全くなくなってしまった。


 聞きたくもないのに香月さんたちの会話が聞こえてくる。


「ねえ香、あんたツンデレラに目つけられてるけどなんで?」

「し、知らないわよ。でも、あの子ったら私が狙ってた泉君と付き合ってるみたいだしこっちこそ仲良くするつもりなんてないけどね」

「ふーん。でもさあ、泉君とツンデレラちゃん、見た感じなんもなさそうだよ?ちょっと色仕掛けしたら泉君だって男だしコロッといくんじゃない?」

「色仕掛けかあ。まっ、氷南さんって胸小さそうだし可愛いのかもしれないけどちょっと子供っぽいから色気ないもんね」


 子供っぽい。色気ない。

 え、私のことですよね?


 ……知ってます。

 私って顔も幼いし服着てるとそうは見えないけど案外幼児体型だし確かに色気はないかも。


 でも、そんな私を泉君が好きって言ってくれてるんだから香月さんにどうのこうの言われる筋合いはないんですけど!


「お待たせしました」

「わー、おいしそー。泉君ありがとー」

「いえ、ごゆっくりどうぞ」

「ねえ泉君、この前のボウリング楽しかったね。また行こうよ」

「そ、そうだね。みんなでなら」

「みんなかあ。まっ、それでもいいよ」


 また香月さんが泉君を誘ってる。

 むむむ、イライラしてきた。


 で、でも我慢だ。こんなところで喧嘩になったらお店に迷惑かかるし。


「氷南さん、飲み物……ってどうしたの?」

「え?」

「いや、なんか険しい顔してたから」

「な、なんでも……」


 ダメダメ、今日はこの後一緒に帰るんだから。泉君と一緒なのは私なんだから!


 だから彼女の余裕というものを見せないと。


「ツンデレラちゃんって暗いしコミュ障だしあれじゃあ絶対泉君にフラれるよね」

「わかるわかる。なんもさせずに中学生みたいなことやって、男に不満溜めさせて爆発させるタイプよね」

「そんなことないもん!!」

「え、氷南さん?」


 我慢が限界を迎えて立ち上がってしまった。


 そして香月さんたちの方を見ると、口と目が大きく開いていた。

 

「え、い、いたの?」

「……いた」

「ご、ごめんなさい別に悪口言おうと思ってきたわけじゃないのよ」

「……ぷん」


 勢いで怒ってしまったものの、これ以上どうしたらいいかわからない。

 でも、みんな驚いた様子だし他のお客さんにも見られてるし、早く席に座らないと。


「氷南さん大丈夫?」

「あ、泉君。うん、ごめんなさい」

「向こうの席空いてるから。移動していいよ」

「わ、わかった」


 ちょっとお店に迷惑をかけてしまった。

 泉君にも迷惑をかけた。それがすごくつらい。


 結局香月さんたちと離されるように席を移らされて、私は奥の席で一人気まずそうにジュースを飲むのでした。



「香月さん、いい加減氷南さんのこと悪くいうのはやめてくれないかな」

「べ、別に言ってないわよ」

「会話、聞こえてたよ。でも、あんまりひどいと店追い出すから」

「な、なんでそんなにあの子がいいのよ?ちょっと過保護すぎじゃない?」

「好きな子には甘くなるもんだよ。じゃあ、仕事あるから」


 俺はちょっと怒っていた。

 氷南さんはみんなと仲良くなろうと悩んでいるのに香月さんたちがあの調子で彼女を悪者みたいにしているのが気に入らない。


 そもそも氷南さんはそんなに悪い子じゃないんだ。

 どうして不愛想なだけで目の敵にされなといけないのだと俺は段々彼女たちをみて怒りが沸いていた。


「泉君、笑顔でね」

「あっ、すみません」


 店長さんに珍しく指摘を受けるほど、顔に出ていたのだろう。

 でも、俺も彼氏として意地がある。


 みんなに絶対彼女の魅力というものをわからせてやる。

 ただ可愛いだけじゃなくて優しくてとても素直ないい子なんだと、わかってもらうんだ。


 それに、香月さんみたいな子からは俺が守る。

 

「氷南さん、もうすぐ終わるから一緒に帰ろうね」

「うん、わかった」

「せっかくだし帰りに何か食べて帰ろっか」

「じゃあ駅前のクレープ、食べたい」

「よし。そうと決まれば片付けさっさとやってくるよ」



 香月さんたちは先に店を出た。

 泉君には声をかけていたけど、私の方は見向きもせずに店を後にする。


 その後で泉君が着替えてやってきて、少し暗くなりかけた時間に一緒に帰ることとなった。


「今日は待っててくれてありがとね」

「ううん、全然。でも、やっぱり勉強できなかった」

「仕方ないよあれじゃあ。でも、香月さんたちもきっとわかってくれるって」

「そうかなあ……でも、頑張る」


 まだイライラが抜けない私だったけど、そっと帰り道で泉君が手を握ってくれたことでそんなストレスがスッと抜けていく。


 やっぱり好き。大好きだから泉君ともっと近づきたい。

 

 でもあっという間に私の家についてしまう。

 ただ、今日はお母さんが出かけてて家は真っ暗だ。


「今日も誰もいないんだ。大丈夫?」

「……」


 この前は失敗したけど、今日は自信がある。

 色気がないと言われた私だけど色仕掛けの準備もしてあるし、今日こそ誰もいないんだからこのまま帰したくはない。


 だから言うんだ。


「ちょっと、おうち寄っていかない?」


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る