62 楽しい時間の終わりに


 風呂あがりの泉君、すごくいい匂い。


 なんてうっとりしているとあいちゃんから「まどか、泉君といちゃつきすぎ」なんて怒られた。


 そんなこんなで夜遅くまでみんなでトランプしたり話したり、楽しい一日はあっという間に終わりを告げる。


「じゃあ明日は朝八時ね。まどか、明日こそおばあちゃんに挨拶させてよ」

「き、聞いてみる。じゃあ、おやすみみんな」


 私は泉君と同じ部屋に戻る。

 私にとっては案外、ここからが本番なのかもしれない。


「ふう。今日は遊び疲れたね」

「うん、でもまだ大丈夫」

「元気だね氷南さん。でも、明日も早いからそろそろ」

「やだ、二人になれたんだもん。ちゅー」

「う、うん」


 もうすっかり甘え上手になった私は、布団の上ですぐさま彼にくっつく。

 今日一日みんながいたのでずっとお預けだった分、私の欲求はすぐさま爆発していた。


「……泉君、したい」

「い、いいけど他のみんなに聞こえないかな」

「この部屋は鍵ついてるから。大丈夫」

「そ、そうなんだ。うん、じゃあ」


 ゆっくりと、暗くした部屋の中で布団に入って絡まっていく。

 泉君のエアコンで冷えた肌がひんやりと気持ちいい。

 私は恥ずかしさより彼との距離を求めて夢中になっていた。


 今日一日いっぱい色んな事があったけど、こうして彼とイチャイチャできる夏休みは、やっぱり最高だと思いながら終始彼から離れることはなかった。



「うーん、むにゃむにゃ」

「氷南さん、朝だよ」

「……ねみゅい」

「みんな朝ごはん食べたらお土産買いに行くって」

「うみゃあ」


 寝起きのだらしない自分もすっかり彼の前では曝け出すようになっていた。

 でも、そんな私を見ても「可愛いね」と言ってくれるので、私はすっかりダメになりそう。


 しばらく彼の膝でゴロゴロしてから、ようやく着替えて準備をする。


 一緒に部屋を出ると、みんなは既に玄関に集まっていた。


「まどかおそいー。もうおばさんに朝ご飯いただいたよ」

「ごめん、ちょっと眠くて」

「夜遅くまでなにしてたのかなー?」

「もう、聞かないでよ!」

「わかりやすいなああんたって」


 あいちゃんたちにいじられながら、朝食は諦めて一緒に出掛けることとなった。


 その時自然と、亜美さんと羽田君が一緒に歩いていくのを見てほっとしていたのだけど、泉君の顔は浮かない感じ。


「どうしたの?」

「いや、羽田のやつ大丈夫かなって」

「亜美さんと?仲良くみえるけど」

「あいつは誰とでも仲いいんだよ。でも、無理してないかなって」

「うーん、私にはわかんないけど……羽田君も色々あるんだね」


 泉君は羽田君の心配をしていたけど、私はちょっと違う。

 亜美さんも羽田君もそうだけど、誰だって最初は無理するものなんじゃないのかな?


 私だって、泉君の前で随分無理をしてきたし、なんなら今でも時々背伸びをしようとか思ってしまう。


 でも、それは相手に良く思われたいからであって、無理をすることも決して悪いことばかりではないと思う。


 だから、羽田君みたいな人が無理をしているのなら亜美さんにも脈があるんじゃないかと私はそう考えていた。


「あーあ、なんかあっという間だなー。もっといたいのに」

「あいちゃん、来年もよかったら来てよ」

「うん、夏の恒例行事にしなきゃね。とりあえず買い物してご飯食べて帰ったら夕方かな。まどかは今日帰るの?」

「うん。お母さんたちは残るけど、先に帰ってていいって。私もこっちいても退屈だし」

「泉君に会えないし」

「もー!」


 みんなで買い物を楽しむ間、羽田君と亜美さんは二人で楽しそうにお土産を見てまわっていた。


 何も心配はなさそう。

 そんなことを思えたのはきっと、今ここに私たちしかいなかったからなのだと、帰りの電車に乗った時にそう理解することになる。




「あれ、羽田?それに愛華に亜美も?どうしたのよ」


 お母さんに見送られて電車に乗ってすぐのこと。

 どこかからの帰りなのか、香月さんに遭遇した。


「それに泉君まで。あれー、お姫様もいるじゃんか。みんな仲いいんだ」


 香月さんがどんな人なのか、昨晩みんなの話を聞いてなんとなく理解していた。


 初対面や、仲良くなる前は猫を被って大人しいのに、相手がどんな人間かわかると急に態度をかえる。


 媚びるべき人なら媚びて、見下せる人間にはとことんエラそうになるとあいちゃんは言っていたけど、今はまさにそんな感じ。


 泉君にだけ猫なで声で、私やあいちゃんには辛辣だ。


「へー、羽田もマジで遊んでるね。まあいいけど、ほどほどにしなよ」

「うるさいな。お前には関係ないだろ」

「あっ、そ。私も色々誘われて忙しいから連絡してこないでね」

「するかよ。どっかいけ」

「はいはい。ほんと、むかつく」


 先日一緒にボウリングに行った時は、ここまで険悪ではなかった。

 あれから今日までの間になにかあったのだろうけど、しかし二人は昔付き合っていた関係のように馴れ馴れしく、そして刺々しかった。


 そんな様子を心配そうに見つめる亜美さんに、私は何と声をかけたらよいかわからず、皆も同じように下を向いてしまい、せっかく楽しかった夏のお泊り会の終わりは、お通夜のように静かなものになってしまった。



 マジでむかつくんだけどあいつら。

 何なのよマジで!


 私は今日、一人で少し遠出をしていた。

 香月家は、両親ともに働いていて誰もいないので暇だったというのもあるけど、羽田に声をかけようかと家に行ってみたら出かけたと言われて腹が立ったのもある。


 正直あいつのことは好きだった。そして多分今も好きなのかもしれない。

 でも、あいつがフラフラしてるから、むかついて躍起になって嫉妬させてやろうと他の男に手を出すふりをしたり、それこそ一番仲のいい泉君にもちょっかいかけてみたりしたのに無反応。


 やっぱりあいつは、私のことなんて好きでもなんでもない、のかもしれない。


 それに亜美といい雰囲気に見えた。

 付き合ったのだろうか。いや、別にそうだとしてもなんで私にだけあんなに冷たくあたるのか。


 あの態度に腹が立って、私は帰ってすぐに部屋の壁を蹴り飛ばした。

 そして。


 少しだけ泣いた。

 

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