63 彼と彼女の事情


「泉君。私、香月さんとお話してみたい」


 おばあちゃんの家から実家に戻って次の日の朝の事。

 電話で私は泉君に相談した。


 何も急に思いついたことでも、無謀なことをしようと躍起になっているわけでもない。


 昨日一日考えたのだけど、香月さんと羽田君って何かすれ違っているようなそんな気がしたのだ。


 もちろん亜美さんとうまくいってほしいという気持ちもあるし、私みたいなポンカスが余計なことをして、結果みんながギクシャクするなんてことも考えたりはした。


 でも、このまま何かを我慢したまま亜美さんと付き合ってても二人とも幸せになれないと思う。

 昨日香月さんに会うまでは、無理することは好きな人のために頑張ることだとも考えていたけど、彼のやっているのはやせ我慢だ。


 泉君が心配していたことの意味がなんとなくだけどわかった。

 これではいずれ、みんなが不幸になる。

 だから私は香月さんときちんと話をしてみたいと、そう考えたのである。


「うん、でも俺も連絡先は登録してないし羽田に訊けばわかるかもだけどあいつも乗り気にはならないだろうな」

「そうだよね。ねえ、香月さんと話してる時に休みの日はどこ行くとかそんなこと言ってなかった?」

「うーん」


 泉君も大した話はしてなかったようで、香月さんに関してのことは後で羽田君に訊いてみるということになった。


 でも、とりあえず夏休みは継続中。

 その後すぐに私は泉君と二人でデートに行くこととなった。


「クレープ食べたい」


 あってすぐ、開口一番にそう言ったのは私。

 いつぞやのあの日、泉君の前から泣きながら逃げ出したあの日を払拭したくて……なんて理由ではなく、駅前でクレープをあーんしているカップルに触発されたのだ。


「うん、じゃあ買おう。何味がいい?」

「一個でいいから泉くんの好きなのでいいよ」

「え、どうして」

「あ、あーんしたい」

「う、うん」


 付き合っていると、どうも泉君との幸せを誰かに見せびらかしたくなる。

 だから駅前の誰かも知らない通行人の方々に私は精一杯の惚気を見せつけるべく、買ったクレープをずっと泉君にあーんしていた。


 その後は本屋に。

 私たちは小説をきっかけに仲良くなれたわけだし、やっぱりデートコースでここは必須。

 

 二人で棚を見ていると、面白そうな本が何冊かあったので、二学期からの部活用として買うことに。

 

 そのまま手を繋いで今度はゲーセンに。

 そこでも私はわがままっぷりを全開に。


「あっ、あのぬいぐるみかわいい」

「クマのやつ?じゃあとってみようか」

「あの猫も。あと、抱き枕もほしい」

「クレーンゲームの練習しないとだね。よし、頑張るよ」


 泉君は器用で、どれも何回かでとってくれて私は両手いっぱいにぬいぐるみをもつこととなる。

 

「わーい、かわいい!」

「あはは。氷南さんの部屋にいっぱいかざったらにぎやかだね」

「うん。満足」

「じゃあこれからどうする?」

「うーん。一回家にもどろっか」


 家に戻りたかったのは、疲れたのもあるし荷物が増えたのもあるけど、早くイチャイチャしたかったから。

 だから両手を塞がれながらもずっと彼の傍を離れず、早くチューしたいアピールをずっとしていた。


 そんな時。


「あれ、香月さんと羽田君?」

「ほんとだ。あいつ、今日は亜美さんとデートだって言ってたのに」

「もしかして……浮気!?」

「いや、そんな雰囲気じゃないけど。でも、気づかれてもまずいし帰ろう」

「え、でも」

「きっと大事な話をしてるんだよ」

「う、うん」


 大事な話ってなんだろう。

 やっぱり亜美さんじゃなくて香月さんと付き合うとか、そんな話なのかな……


 私は心配になりながらもどうすることもできず、泉君と一緒に家に帰ることとなった。



「俺、亜美と付き合うことにした」


 私は羽田から呼ばれて喫茶店に来ている。

 そして、唐突にそんなことを言われた。


「だから何よ。別に私にいう必要ある?」

「俺もあの時は悪かったと思ってる。でもさ、結局俺たちはどうやってもうまくいかないんだって。それに亜美とはちゃんと付き合うつもりだから」

「何そのいい感じの元カレ感。別に私はもうなんとも」

「ごめん。俺が悪かったのは本当に謝る。でも、だからもうお前も他人の邪魔とかすんなよ。香の悪口聞くのは嫌なんだ」

「な、なによ知らないわよそんなの。私が誰とどうしようと」

「……泉に構うな。それだけは頼む」


 羽田の真剣な表情なんて初めてみたかも。

 それだけ泉君のことが大切な友人なのだということは伝わったし、それに亜美ともちゃんとしようと思ったのだってきっと、泉君たちと仲良くしてる子だから真面目にしようと心を入れ替えたのかもしれない。


 ……どうして。


「どうして私には、真剣に向き合ってくれなかったの?」

「当時の俺が浅はかだった。だからこうして謝ってる」

「謝って済む問題じゃない。うざい、まじ死ね」

「ああ。俺には何いってもいいから頼むから」

「今更良い人ぶんないでよ!いいから帰ってよ」

「……すまん」


 羽田と私の縁は中学の時から。

 友人を通じて仲良くなった私たちは、結構頻繁に会って遊んだりしていたのだけど、高校にあがる前に私の方から彼に告白しようとした。


 でも、遊び人だと豪語していた彼は、その時も私の想いを察してか「香とはずっと友達でいたいからなあ」と言って私の気持ちを聞こうともしなかった。


 その後で、すぐに彼女を作っていた。

 それを私が責める権利なんてないのに、勝手に怒って八つ当たりして、それでもって羽田の仲の良い女子の彼氏とかにちょっかいかけだしたのが今の私になるきっかけだ。


 でも、同じ高校に行くことが決まっていたので、一度彼と話をして仲直りはした。

 それでも私の悪女っぷりは加速して、高校ではちやほやもされたのですぐに色んな男をからかって楽しんでいた。


 ……そんな私を、それでもちゃんとしろよといつも声をかけてきたのはやっぱり羽田だった。

 だけど、私がこうなったのはお前のせいだって、いつも突き放していた。

 

 ボウリングの時だって仲良くしてるふりで、本当は心底ムカついていた。

 それでも変わらず羽田は「もう泉は諦めろって」と諭してきたが、私は余計に腹が立って意地になって泉君を誘おうとしていた。


 寂しそうに店を出て行く彼を見ながら、自分はなんて小さくて情けなくて人のせいばかりにするせこい女なのかと自分が嫌になっていた。


 頭ではわかっている。

 氷南さんは何も悪くないし、愛華や亜美も、それに羽田だって何も悪いことをしてはいない。


 悪いのは全部私だ。

 でも、今更どうすることもできない。


 今更他人に優しくなんてなれない。

 羽田と前みたいに友達にも戻れない。


 そう思うと、自然と泣けてきた。


 窓際の席で一人、私は泣いていた。


 すると。


「香月さん」


 可愛らしい声がした。


 見上げると。


 氷南さんが息を切らして私の前に立っていた。

 

 

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