20 奮起します!


 どうしたんだろ、今日はすごくうまく話せてる気がする。

 泉君が話題を振ってくれるおかげもあるけど、私も勇気を出したからかな?


 それに話しててすごく楽しい!

 も、もちろん泉君とだから何を話しても楽しいんだけど、そうじゃなくて会話をすることが不安じゃないし、考えなくても言葉が出てくる。


 ……もしかしてコミュ障が治った?

 だとしたら、私も明るい女子の仲間入り?

 そして泉君と……きゃーっ、いい流れだー!


「~ッ!!」

「氷南さん?」

「あっ、ごめんなさいなんでも、ないです」

「本当にお菓子好きなんだね。今日は氷南さんがいっぱい持ってきてくれたから楽しいよ」

「うん、明日もいっぱい持ってくるね」

「じゃあ、帰りに明日の分、買いに行く?」

「行く!」


 つい大きな声が出てしまった。

 でも、それくらい私の気分は乗っていて、舌も滑らかだ。

 こんな経験、生まれて初めて。もうこのままお喋りキャラに転身したいくらいに会話が楽しい。


「あっ、電話だ。ごめんちょっといい?」

「う、うん」


 もう、今のタイミングで電話って、誰からよ。

 せっかくいい感じだったのに。


「もしもし?あっ、そうかバイトの面接行くの忘れてた。うん、今日だね。わかった」


 バイト?面接? 泉君、バイトするんだ。

 じゃあ相手はお母さん? ……ごめんなさい、電話してきてイラっとしちゃって。


「ごめん氷南さん、今日そこのカフェの面接になったんだ。母さんの知り合いがやってて、頼まれてたのすっかり忘れてたよ」

「そ、そう、なんだ……うん、いいよ」


 あれ、やっぱりうまく話せない。

 さっきまでの私はどこ行った?


「じゃあ、今日はそろそろ帰らないとだけど」

「う、うん……」


 えー、せっかくいい感じで買い物まで約束してたのにー。


 ……やだ、今日はもう少し一緒にいたい。


「……行く」

「うん、帰ろっか」

「私も、行く」

「……え?」

「面接、行く」

「い、行くって……待たせるのも悪いし」

「電車、一緒に乗る約束」

「そ、そうだね。じゃあ待っててくれる?」

「……いいよ」


 ……何言ってんだろ私。

 バイトの面接にまでついて行くとか、どんなメンヘラ女だよって絶対思われただろうな……


 でも、でもでも電車に一緒に乗って帰る約束は有効だから。だから仕方なく待ってるって理由も通らなくは……ないけど無理やりすぎるなあ。


 そもそも毎日行き帰りの電車を絶対一緒に乗れとかいう約束が無理ある話だし、そのうちめんどくさくなって泉君に逃げられないかが心配で仕方ない。


 それでもついて行くと言ってしまったので、一緒に部室を出てから彼の面接先である学校前のカフェに、二人で行くことになった。



「いらっしゃいませ……あっ、もしかして泉君?」

「は、はい。母の紹介で面接に来ました」

「助かるよー。ちょっと座ってて」


 サロンを巻いたおしゃれなおじさんが出てきた。

 私のことには触れないけど、ついてきてよかったのかな?


「今日は来てくれてありがとう。ええと、隣の彼女は?」

「あっ、ええと……友人です」

「そっか。ええと、僕はこのカフェの店長をやってる谷口です。夕方からの時間、ちょっと人が足りなくてバイトを探してるんだ」


 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけだけど、泉君が「彼女です」とか紹介してくれることを期待してしまっていた私は勝手にしょんぼり。

 それでも邪魔はしないように、うつむいたままおじさんと泉君の話を横でじっと聞いていた。


「平日、週三回くらいでいいかな?」

「ええ、お願いします」

「それじゃあ時間はまた相談するね。多分終わりは八時くらいになると思うから」

「はい、わかりました」


 八時?ということは、週三回は泉君と一緒に帰れないってこと?

 えー、やだよーせっかく毎日一緒に帰れてるのにー。


 でも、バイトするなとか言えないし……

 うーん、その時間まで待つ? ……ストーカーだよねそれ。


「じゃあ、来週からよろしくね。また連絡入れるから」

「はい、ありがとうございました」


 変なことばかり考えていると、二人の話が終わってしまい慌てて私も立ち上がる。


「氷南さんお待たせ。帰ろっか」

「う、うん」


 帰りの電車の中でも、来週からどうすればよいかという悩みで頭がいっぱい。

 どうすれば彼とこうして毎日一緒に帰れるのかを必死で考えたが答えは出ない。


 ……こんな幸せな時間もあとちょっと、なのかな。


「氷南さん、来週からアルバイトが始まるんだけどさすがに終わるまで待ってもらうのは遅くなるから」


 あーあ。そうなるよね。待ってもらってても困るって話だよね。

 うんうん、そうだよね。


 ……あー、なんか泣きそう。


「遅くなるから、よかったら氷南さんも一緒にバイトしない?」

「……え?」

「いや、店長さんが言ってたの訊いてなかった?二人で入ってもいいよって」

「……私も?」

「うん。もしよかったら、だけど」

「……親に相談してみる」


 え、そんな話してたの? 私全然聞いてなかった……


 で、でもアルバイト一緒に入るってことは、つまり泉君と仕事も一緒にできるってことだよね?


 うっわ、それめっちゃ楽しそう!


「あっ、氷南さん着いたよ」

「う、うん」


 もう!電車つくの早すぎ!


 勝手に電車に文句をたれながら降りようとする時に、泉君から「じゃあまた明日」と言われて振り向いたのがいけなかった。


「あ、危ない!」

「へ…‥ふぎゃっ!」


 またしてもドアに挟まれてしまった。

 私というストッパーのせいで……いや、もう説明はいいけど、とにかく恥ずかしくて、また走って逃げる羽目になった。


 今日はちょっと鼻血も出てる。

 あの扉、ちょっと危なくないですか?


 でも、今日は気分がいいから許す。

 なにせ、来週から泉君と一緒にアルバイトだから!



「ダメよ」


 帰ってすぐに希望が絶望にかわる。

 お母さんにアルバイトのことを相談したら一蹴された。


「え、なんで!?いいじゃんアルバイトくらい」

「働くことには賛成よ。むしろそうしなさいと言いたかったくらい」

「じゃ、じゃあ」

「でも、あんたがカフェの店員なんてできるわけないでしょ。愛想悪いし不器用だし非力だし物覚え悪いし第一何時間も立ちっぱなしで仕事なんてできないって。迷惑かけるから他のことにしなさい」

「そ、そんなこと言ったら仕事ないよう」

「じゃあ鍛えなさい。勉強しなさい。あんた、部屋でグーたらしてるだけでしょ」

「はうっ……」


 あまりに辛辣だった。

 でも、ぐうの音も出ない程に正論でもあった。

 

 ……で、でも諦めたくない。

 泉君と一緒の職場。一緒に帰る。毎日一緒!


「私、やれるもん!」

「ふーん。じゃあ、試しに明日、私の知り合いのところで手伝いしてごらん。それでちゃんとできたら許してあげる。無理なら大人しく内職でもしなさい」

「な、内職って……」


 そんなのやだーとごねてみたが、「じゃあちゃんとやれるところ見せな」と一喝されたので、渋々引き下がった。


 でも、今日の私はちょっと違う。

 理想の日々の為に、今からネットでカフェの店員に必要なことを勉強します!

 




 


 

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