20 困った時にはいつも君が


「あんた、今日の面接どうだったの?」


 帰ってすぐ、母さんに訊かれたのはアルバイトのこと。

 もちろん何もなかったので問題ないと答えると、少しニヤニヤしながら俺の方をみてくるではないか。


「なんだよ」

「いやいや、聞いたんだけどあんた彼女連れて行ってたんだって?」

「彼女じゃないよ、友達。それに一緒に帰ることになってたから待ってもらってただけだよ」

「ふーん。でも、その子と一緒に働くんでしょ?青春ねえ」

「しっかり詳細訊いてるじゃんか。まあ、そういうことだから来週からは帰りおそくなる」


 うちの母さんは今年で四十だけど、恋愛ドラマとかが大好きでこの手の話は大好物だ。

 父さんとも仲が良く、いつも土日になると二人で出かけているし夫婦円満の秘訣は母さんに訊けばいいと思うくらいに、仲睦まじい。


 ただ、実の母親と恋愛話をするのははっきりいって恥ずかしい。

 だから相談なんてもちろんしたこともないし、俺は今まで好きな子の話題すら家の中で提供した覚えはない。


 そんな色気のかけらもない息子を心配してか、時々俺に向かって「家空けてほしい時は言うんだよー」とか、遠回しに俺の恋愛事情を探ってはいたけども、今回氷南さんを連れて面接に行ったという話が嬉しかったようで、この後もしつこいくらいに彼女のことについて聞かれる羽目になる。


「ねえ、どんな子?なんか話ではすっごく可愛かったって」

「別にいいだろ。そんなに気になるなら来週から働くんだし店に来いよ」

「はいはい。期待してるわよ」


 母さんは最後にニンマリと、それはそれは嬉しそうな顔をして台所へ戻っていく。

 気まずくてすぐに部屋に戻ったが、やはり周りから見れば俺と氷南さんは恋人のように見えるのかなと考えだすと、恥ずかしさと興奮で寝つきの悪い夜となった。


 

 ううっ、眠い……

 カフェのウェイトレスさんってやること多すぎるよー。動画見てたらつい夜更かししちゃって、寝落ちするまでずっと動画見てしまった。


「円、早く起きなさい」

「あうー、もう五分だけー」

「あっ、そ。電車乗り遅れても知らないからね」

「電車……泉君!」


 はっきりいって朝も弱い私がこうして毎日高校に電車通学できているのは、泉君と一緒の電車に乗れるという、いや、乗らなければという執念が為せる業。

 多分そんなモチベーションがなければとっくに何度も遅刻して、なんなら不登校になっていたかもしれない。


 だからそういう意味でも、一方的にではあるが私は泉君に感謝している。

 彼がいるから頑張れる。今日も私は頑張って電車に乗る!



 ……行っちゃった。

 電車が行っちゃった。


 泉君が、行っちゃったよー!


 結局朝の寝坊が響いていつもの電車には乗れず。

 次の電車を待つために駅のホームの端の方に移動し、椅子に座ってしくしくと悲しんでいると、私は誰かが近づいてくる気配に気づく。


「ねえ君、隣の高校だよね。よかったら俺たちと一緒に授業さぼんない?」


 へ、誰?

 なんか茶髪の変な顔の男の人たちが二人、私の前に立っている。


「え、あ、えと……」


 だ、だめだ怖い……

 声が出ないし足が動かない。


 だ、誰か助けて……


「ねえ訊いてる?嫌じゃないってことはオッケーってことだよね?」

「そういうことっしょ。じゃあ早速カラオケでも行ってみるかー」


 ひーっ、私誘拐されちゃう!

 ど、どうしよう……周りの人は高校生同士の会話にしか見えてないのか誰も助けに来てくれないし……


「あ、あの……」

「ん? カラオケじゃない方がいい? じゃあ俺んちとかはどうだよ」

「お前いきなりすぎ―。そういうのはもうちょっとほぐれてきてからだろー」


 やばいやばいやばい……私、この人たちに拉致されて、乱暴されて、そんで……


 ううっ、こんな時こそ泣けばいいのに恐怖で涙も出ない。

 どうしよう。ほんとどうしよう……


 泉君、助けてー!


「氷南さん!」


 ……へ?


「すみません、その子俺の連れなんで離してください」


 ……泉君?


「おい、俺たちが先に声かけたんだからあっちいけよ」

「駅の人、呼んだからな」

「ま、まじか!? おい、どうする?」

「い、行こうぜ。この子喋んないし気味悪いって」


 私が固まっている間に泉君がチャラ男さんたちを追い払ってくれたようで、彼らはさっさとどこかへ消えてしまった。


「氷南さん、よかった。乗ってこないからもしかしてと思って降りたのが正解だったよ」

「え、ええと……」

「何もされなかった? もし何かされたんなら」

「さ、されてないよ……ありがと……」


 心配そうに声をかけてくれる泉君の姿があまりに眩しくて、私は目も見れない。

 もう泣きそうなのを必死にこらえるので精いっぱい。

 それにホッとしたせいで全身に力が入らない。


「だ、大丈夫?手、貸そっか?」

「う、うん……」


 多分色んな意味でてんぱってたおかげだろう。

 冷静ではなかった私は、差し出された泉君の手をぎゅっと握ってしまった。


 少し冷たくて、そして大きい手。

 自分が手汗を書いてるかとか、そんなことを気にする余裕もなく、ただ彼の手を握ったまま、次の電車に一緒に乗って、そのまま学校まで。


 電車を降りてしばらくしてから、とんでもないことをしている自分に気が付いて慌てて手を離したけど、彼の手の感触だけはずっと離れない。


 もう恋だのなんだのとか知らない。

 彼のように優しくてかっこよくて、そんな人とずっとこうしていたい。

 

 でも、絶対に私から告白なんてできない。

 だからまず、アルバイトを一緒にできるように今日の……そういえば今日、お母さんに言われた知り合いのお店ってどこ?


 え、どこ?

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