88 壁はすぐにやってくる

 二年生になった私の毎日は輝かしいほどに見違えていた。


 まず、友達がいる。

 おはようと声をかけて世間話をする友人が当たり前のように存在することが私にとっては奇跡的。


 それに後輩から絡まられることもなくなった。

 後から知った話だと、どうやら香ちゃんが色々根回ししてくれたようだけど、私もそれなりに頑張った結果だと胸を張ってそう言いたい。


 そしてなにより。


「おはよう円」

「しゅうくんおはよう」


 大好きなしゅうくんとラブラブなのだ。

 それは付き合ってからは変わらないが、もちろん去年の春までの自分の軌跡を追えばまさに奇跡。


 そんな私に立ち塞がるものはもう何もない。

 とか思ったのが大間違いである。


「円せんぱーい」


 電車を降りて学校に向かう途中、いやーな声が聞こえてきた。


「り、律子ちゃん?な、なんの用かな」

「そんなに警戒しないでください。朝のご挨拶ですよ」

「そ、そう」


 しばらく大人しかった律子ちゃんが、また絡んできた。

 しゅうくんも警戒して睨みを利かせてくれていたけど今日は私をいじめにきたわけではなさそうだ。


「先輩、私はびっくりするくらい成長した先輩にびっくりしました。だからこれからは仲良くしてください」

「なか、よく?」

「はい!」


 そんな話を、当たり前のようにしてくる律子ちゃんにしゅう君が隣で「その前に、彼女にやってきたことを謝るのが先じゃないか」と怒った。


 すると。


「すみませんでした。私、つい調子に乗ってしまって。本当に二度としないので、どうか仲良くしてやってください」


 と律子ちゃんが深々と頭を下げた。


「い、いいよもう。でも、正直すぐに仲良くできるかはわからないけど」

「あはは、先輩って建前とか言えない人ですよねー。そこがいいんですけど」

「だ、だって私はひどいことされてたんだし」

「その通りですね。うん、罪滅ぼしもかねて今度何かご馳走しますね。じゃあ」


 律子ちゃんは、何もなく去っていった。


「ふう。あの子どういうつもりだ。今更仲良くなんてそんな都合のいいこと」

「しゅうくん。私、あの子が本気なら許してもいいかな。だって、反省してるわけだし」

「円……うん、そうだね。でも、何か少しでも変なことがあったら言ってね。人を信じないわけじゃないけど今までしてきたことを考えたら、ね」

「うん、わかった」


 私は甘いかもしれないが、それでも誰かを憎むよりはみんなと仲良くした方が楽しいじゃないかという単純だけど平和的な理想を持っている。


 だから私がされたことはもう水に流そう。

 そしていつか後輩たちとも仲良くなれたらいいなと、そんなことを考えながらきゅしつに向かい、やがて授業が始まる。


「えー、早速だが学力調査テストを明日行う。この結果次第で三年生の時のクラスに影響が出るからしっかりやるように」


 ガーン。


 一難去ってまた。というか私にとっての最大の敵はどこまでいっても勉強のようだ。


 この学校は進学校なので三年生の時に選抜クラス、準選抜クラスと分けられて、あまりに成績がひどい生徒は、通称『ふきだまり』と呼ばれるクラスで朝から晩まで勉強をさせられるのだ。


 そのことを知ってはいたが、まだ一年あるしと胡坐をかいていたのが大間違い。

 もうすでに選別は開始されていた。



「どどど、どうしよう」

「おちついて円。大丈夫、今日勉強すればなんとかなるよ」

「なる?なるかな?なるよね?」

「え、う、うん」

「な、なんでそんな曖昧な返事なの?やっぱりダメだよー!」


 私は絶望した。

 今年は彼と同じクラスだからいいけど、締めくくりの三年生の時に、素行の悪い人たちばかりのクラスに入れられていじめられて暗黒の一年間を過ごすかもしれないと思うと、一年後が辛くなってきた。


「で、でも噂によると赤点が多い人だけが集められるみたいだから今回クリアしたら大丈夫だよ」

「はうううう。ガンバル」


 こうして私はノリノリな気分から一気に突き落とされて、地獄の一夜漬けに向けて今日は久しぶりに泉君の家に行くこととなった。



「お邪魔しまーす」

「あら、まどかちゃん!こんばんは」

「こんばんは、おばさん。ご無沙汰してます」

「さあさああがって。あっ、ご飯食べてく?ちょうどカレーだからたくさんあるし」

「え、いいんですか?やったー」


 私は彼の家に来て、まず勉強とはならず。

 そのままキッチンに向かってカレーを二杯平らげる。


 そしてデザートまでもらってお腹いっぱい。

 さて、このまま眠ったら気持ちよく……だめー!


「しゅうくん、勉強しよ」

「そうだね。そろそろやらないと。母さん、ご馳走様」


 あやうくご飯をたかりに来た女になりそうだった私は、部屋に戻って早速勉強道具を出して泉君の部屋の机に。


「さて、やろう。苦手な社会からやっていく?」

「うん。数学とか英語はなんとかなるかもだから」


 というわけで勉強開始。


「じゃあ加賀百万石を築いた武将の名前は?」

「あ、知ってる!ええと、又在衛門!」

「なんでそこだけ覚えてるのかなあ……うーん、正解にしてくれないかもだから前田利家で覚えようね」


 もちろんこれは漫画の知識。でもふわっとしか覚えていないので復習する。


「あと範囲なのは……豊臣秀吉が武士以外から武器を取り上げるために布告したのは?」

「う、うーん」

「ヒント。『か』から始まるよ」

「か……カタストロフィ?」

「ものすごい変革が起きたのは確かだけど……刀狩りね」

「……覚える」


 こうして私の徹夜勉強会は、夜の三時くらいに私の教科書がよだれで使い物にならなくなるまで続いた。


 そして、お母さんには泊まるかもといっていたのでそのまま彼のベッドで眠ることに。

 

 久しぶりにしゅう君の部屋で朝を迎えた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る