84 春休み

 春休み。


 去年の今頃は泉君の姿を追い求めてうろうろして不審者みたいだった私。

 ダイエットで断ったお菓子の禁断症状で、家でお母さんに当たり散らかしていた私。

 高校が不安過ぎて毎日寝れなかった私。

 そして一緒に過ごす友達もいなかった私。


 よく一年間でここまでひどかった自分から脱却できたものだと実感できるのも、今は大好きな泉君と一緒にいて、大好きな友人に囲まれて過ごすことができているからである。


「まどかー、こっちこっち」

「あいちゃん、おまたせー」


 今日はあいちゃんたちとみんなで、まだ肌寒い時期だというのにバーベキューなのだ。


 羽田君曰く「バーベキューを男女でやるってリア充だよな」とのことだけど、私もリア充の仲間入りができたのだと思うと感無量である。


「もう火はついてるから。焼けるまで待ってて」

「おにく、おにく」

「まどか、よだれ」

「じゅるっ」


 まあ私にとっては火をおこす過程や、肉の焼き加減に対するこだわりや、機材の良し悪しなんてものはどうでもよくて、ただただ美味しそうなにおいをさせながらジュージュー焼けるお肉が一番の目当てなわけで。


「はい、まどか」

「いただきまーす」

「ほんと、犬みたい。ほれ、マルちゃん」

「がるるる」


 香ちゃんはというと羽田君と正式に付き合ったそうで、まあそれについてはみんな口をそろえて「今更かい」とツッコんだけど、なんか順調そうでよかった。


 亜美さんは恋多き女になろうとしているのか、最近は他校の男子にもちょっかいを出しているそうだけど、彼女曰く「香の二の舞にはならないから安心して」だそうだ。


 あいちゃんは初詣で一緒にいた彼とどうなったのか。

 それについて聞くと「ヤリモクっぽいからいらん」といっていた。

 その意味が分からず泉君にこっそり聞いて私は赤面。そんな人いるんだと思ってまた一ついい勉強になった。


 昼間から私たち以外の人も結構来ていて、大学生みたいな人もたくさん。

 そんな環境に身を置く自分に少し酔っていると、やはり調子に乗るなと言わんばかりにトラブルが。


「あ、可愛いね君たち。こっちで一緒に飲もうよ」


 茶髪の、髪の毛の長い気持ち悪い男の人が私たちのところに来た。

 ビールの缶を片手に声をかけてきたので私はとっさに泉君の影に隠れる。


「あの、私たち身内でやってるんで邪魔しないでください」


 ビビる私を庇うように香ちゃんが言う。

 泉君は私に「大丈夫だよ」といいながら庇ってくれている。


「え、みんなかわいいじゃん。じゃあ全員でおいでよ。奢るからさ」

「いいです。迷惑なんで帰ってください」

「……おい、大人を舐めるなよ」


 香ちゃんの態度にイラついたのか、「おい」と向こうから同じように茶髪の気持ち悪い人たちを呼んだチャラ男さん。

 そして三人のサーファーもどきみたいなのが揃った時、「俺たちがこっちで飲もうかな」なんて言って用意した椅子に勝手に座りだした。


「ちょっと、やめてください」

「男はいらねえんだよ。どっかいけや」


 泉君が注意すると大声で怒鳴りだす。

 私は怖くて震えていたが、こういう時に冷静なのが泉君だ。


「……パシャッ」

「おい、何とってんだよ」

「これ、警察に持っていきます。あと、ネットに拡散します。迷惑行為なんで」

「おい、やめろや」

「じゃあやめてください。ていうかもう友達に警察の方呼びにいってもらってますんで」

「え?まじか」

「はい、マジです」


 もちろん嘘だ。みんなここにいるから誰も警察に駆け込んでなんていない。

 でも、そんなこともわからない相手側は急に慌てだして、バタバタと自分たちの居場所に戻りだして、さっさと帰り支度をしていた。


 それを見ながらあいちゃんが「あはは、かっこわるー」と笑うと、香ちゃんも「キモいからさっさとかえれー」と大声で言い放っていた。


「ぶるぶる」

「氷南さん、もう大丈夫だよ」

「……怖かった」

「うん、ああいうやつっているからね。でも、俺が守るから大丈夫」

「泉君……しゅき」

「あはは、てれるなあ」


 私は怖いせいもあったけど、泉君がかっこよすぎてぎゅっと抱きついた。

 そしてしばらく離れないつもりだったが、みんなが「お肉焼くよ」といってバーベキューを再開したので、私も匂いにつられるようにそっちに寄っていった。


「しっかしいるもんだねあんなのが。大学とかには多いんかな」

「大学、怖い」

「まどか、頑張って勉強して泉君と同じ大学いかないと。あんたすぐ絡まれて誘拐されちゃうよ」

「ひー」

「それに、お肉奢ってあげるとか言われたらほいほいついて行きそうだから、泉君もしっかり監視しときなよ」

「あはは、大丈夫。氷南さんはちゃんとしてるから」

「あーあ、ラブラブだねえあんたたち」


 私にはやはりリア充の世界なんてものはハードルが高いようだ。

 あんな目に合うくらいなら大人しく家で引き籠っているほうがいいと、そう思ったりもしたのだけど。


「ねえ、みんなで写真撮ろ」

「いいねいいね。私自撮り棒あるから集まって」


 みんなで肩を寄せ合って、狭い画面に必死に写ろうとする。

 隣の泉君がそっと肩を抱いてくれて「もう少し寄っていいよ」と。


 後ろのあいちゃんは「こら、イチャイチャすんな」といいながら、自撮り棒を持った手を懸命に伸ばし、声をかける。


「じゃあ行くよ。ハイ、チーズ」


 撮れた写真に写った私は見事に半目状態。

 撮り直してと言ったが、みんな笑いながら「これがいい」といって聞いてくれなかった。

 

 でも、ライムで送ってくれた写真を見て、こんな感じも楽しいなと、そう思ってほっこりする。


 そんな春休みだった。

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