83 我慢も大事

 お菓子は、私の人生には欠かすことのできない食べ物である。

 これがないと一日が始まらないし、これがないと何のために生きているのかわからないと言っても過言ではないほどに、私はお菓子が好き。


 でも、これがあるから勉強そっちのけになる。

 だから我慢することに。


「うえーん」

「な、泣かないで氷南さん」

「ううっ、うううっ」


 大量にキープしてあるお菓子を段ボールに詰めて、封印の儀を自らの手で行う。

 泣きそう、というよりもう泣いていたけどこれは私なりのけじめ。


「はあ。早く勉強終わらないかな」

「あっという間だよ。それに終わったら春休みだし」

「そうだね。うん、頑張る!」


 そう言って勉強を始める私。

 ちなみに今日は泉君に部屋に来てもらって勉強をみてもらっているのだけど、私がバカな原因はお菓子だけのせいじゃない。


「ふあー、ねみゅい」

「もうちょっとがんばったら今日は終わりにして早く寝たらいいよ」

「うん。わかっちゃ……」

「氷南さん?もしもし、もしもーし」

「はっ。ね、寝てないもん」


 私はとにかく寝るのが好き。

 惰眠を貪りつくしていると母に言われたことに対し、人間は眠っている時間に成長するのだからいっぱい寝る私は人より成長しまくってるはずだと反論していたのが今となっては懐かしい、いや恥ずかしい。


 かの皇帝が一日三時間しか寝ていなかったという逸話を歴史の授業で聞いた時に、絶対嘘だーと思ったが、やはりできる人は寝る間も惜しんで頑張っているのだろう。


 だから私も睡眠時間を削って頑張らないといけないのだけど。


「……」

「もしもーし」

「はっ。ご、ごめんなさい。今日は眠くて」

「じゃあ今日はこの辺にしとこうか。明日また」

「ダメ。それじゃ変わらないの。今日は頑張るって決めたし」

「氷南さん……うん、わかった。頑張ろう」

「うん!」


 とまあやる気にはなったが、しかし眠くて仕方ない私はうとうとしながらよだれをダラダラしながら、それでもなんとか一教科分の勉強を終えたところで限界を迎えた。


「もう、無理……」

「これだけやったら大丈夫。じゃあ今日は解散しよっか」

「……寝るまで、いてほしい」

「う、うん。いいよ、じゃあおやすみ、氷南さん」

「うん、おやすみなさい」


 私が唯一勉強をしようと頑張れる理由。

 それはもちろん泉君である。


 受験の時も、今もそうだけど、彼がいるから頑張れる。

 だから彼のお膝でねむねむして、ちょっと充電させてください。


 おやすみなさい。



 勉強漬けの日々も毎日泉君と一緒なら頑張れる。

 でも、その間あいちゃんや香ちゃんたちとあまり接点がなく彼女たちがどうしているのかがとても気になるところ。


 最も避けられてるとかそんなんではなくて、彼女たちが私の為にテストが終わるまでは極力連絡とかしないように計らってくれているのだと、泉君から訊かされた。


 みんなが私のテスト結果を心配してくれている。

 だから私もしっかり頑張らないと。


 その気持ちで頑張り続けた一週間は、思ったより長かった。

 嫌なことをしている時はほんとに時間がゆっくり流れる。

 でも、着実にテストの日は近づいてくる。


 私はお菓子を求める禁断症状と眠気と闘いながら、それでも勉強をやり切った。


 そして。


「今日はテストだね。がんばろう」

「うん、不安だけど……」

「大丈夫。氷南さんならいけるよ」

「うん、絶対来年も泉君と一緒のクラスになりたいから、頑張る」


 絶対に負けられない戦いがうんたらと、よく喋るおじさんが何かの中継の時に言っていたのを思い出す。


 私は今、そんな心境だ。


 絶対に失敗できない。

 でも、これだけ頑張ったのだから大丈夫。


 やってみせる!



 ……テストが終わった。

 

 一日で全ての教科のテストをやりきるうちの学校のシステムは受験向けにそうしているとか先生が話していたけど、やはり一日で全教科分を詰め込むのはかなりの労力だ。


 でも、なんとかやれたと思う。

 

「おつかれさま氷南さん、どうだった?」

「だ、大丈夫だと、思う」

「明日の結果次第だけど絶対大丈夫だよ」

「そ、そうだね」

「じゃあ、無事に結果が出たらみんなで打ち上げだね」

「お、おかし」

「うん、いっぱい食べよう」

「わーい」


 プレッシャーから解放されたこと、やりきったことで私の今までの我慢が一気に爆発する。


「泉くん」

「どうしたの?」

「今日……泊まれない?」

「え、おばさんたちは?」

「い、いないの。だから」

「う、うん。いいよ」

「いちゃいちゃして、いい?」

「う、うん。俺も、氷南さんとそうしたいな」

「うん!」


 この日だけはテストのことなど忘れて、泉君といっぱいイチャイチャしたのだけど、翌朝彼に起こされて、テストの結果を知るために学校に行く時に私はすごく胃が痛かった。


「あうう、どうしよう落ちてたら」

「大丈夫。自分を信じて」

「うん……」


 昨日泉君にいっぱい充電してもらったからこその不安。

 もし今日ダメだったら、あんな幸せも全てなくなってしまうのではないかという恐怖。


 それが私を押しつぶそうとのしかかってくる。


 でも、待ってはくれない。

 学校に着くとすぐに担任の先生がやってきて全教科の答案用紙を返却するという。


「じゃあ次は、氷南」

「は、はひ!」


 私のうわずった声に香ちゃんがクスクス笑っていたが、私は手と足を一緒に出しながら先生から用紙を受け取る。


「氷南」

「はい……」


 あれ、この空気やばいのかな?

 私、やらかしたのかな?


「……よくやった。赤点なしだ」

「……え!?」

「でももっと頑張れよ」

「は、はい!」


 やった!

 まだ結果は見てないけど赤点がなかったみたい!


 もう嬉しくて嬉しくて、私は喜びが爆発した。


「わーい!」

「こら、答案を投げるな!」


 教室に舞い散った私の答案用紙は、そのまま見事に風に乗って窓からグラウンドへと飛んでいった。


 そして拾ってくれた用務員のおじさんが先生に怒られたあとの私にそれを持ってきてくれたのだけど、どれも赤点ぎりぎりというか、もはや先生が何かしてくれたのではないかと思おう程にきわどい点数ばかりのテスト結果に、恥ずかしくて死にそうになったのが今回の期末テストの顛末である。


 でも、なんとか私は二年生になれるみたいです!


 

 

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