22 私はマスコット
♥
「いらっしゃ……あっ、泉君と、昨日の子だね」
昨日の店長さんだ。覚えててくれたんだ。
そういえば私ってまだこの店で名乗ってもなかったような……
「あ、あの、氷南、です」
「え、君が氷南さん?なんだ、そういうことだったんだ。じゃあ、今日から先によろしくね」
「は、はひ……」
ど、どうしよう。まだ心の準備どころか何も訊いてないんだけど……
「氷南さん、俺はそこの席に座って何か飲んでるから」
「う、うん」
泉君が席に着くと、私は店長さんに連れられて奥のロッカーを案内された。
「ここで着替えてね。制服はそこ、あと鍵は」
説明も半分くらいしか頭に入ってこない。
どうしようとあたふたしながらも、とりあえずロッカーにあるシャツに着替えてからサロンを巻く。
……なんかおしゃれ。
あれ? 服装が違うだけですごく仕事ができる人になった気分。
うん。これならいけるかも。
シャキッとしてきた!
「お、お待たせしました」
「氷南さん、早速だけど空いた席の食器を片付けてくれるかな」
「は、はい!」
私は自分がドジだと自覚している。
だからこういう時に食器を割ったりお客さんとぶつかったりするのが私だと知っているので、慎重に慎重に。絶対に何も落とさないように慎重に食器を持ち上げるけど、重さでプルプルと手が震える……
「お、重い……」
「氷南さん、大丈夫?」
心配そうに席から泉君が声をかけてくれる。
でも、今日の彼はお客様で私はお店の人。
だから手を貸してもらうわけには……
「む、無理……」
「手伝うよ。あの、すみません」
初歩の初歩、食器を片付けるというところから躓いてしまった私を見かねて泉君は、店長さんに時給はいらないから手伝いますと交渉していた。
「俺も働いていいって。その代わり今日は二人で一人前らしいけど」
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫大丈夫。着替えてくるから待ってて」
泉君が準備する間、店長さんに「食洗器かけておいてね」と言われたのだけど、使ったことがなくてどうしたらいいかあたふたしていると泉君がやってくる。
「これ、降ろすだけでいいんだよ」
「……すごい」
すごい、なんて便利なんだろう。
しかもものの数分で食器はピカピカ。油汚れもばっちりとれている。
「ここのは乾燥機もついてるから、そのまま棚に戻すだけでいいみたいだよ」
「う、うん。すごいなあ」
「便利だよね。でも、高いよねきっと」
「そ、そうだね……熱っ!」
食洗器から出てきた食器はすごくあちあちだ。
私は思わず声をあげてしまったけど、泉君はなんてことなく食器を片付けている。
「あ、あつくないの?」
「あついけど火傷するほどじゃないし。じゃあ熱くないコップとか並べててもらえるかな」
「う、うん」
泉君もバイト初日のはずなのに、何も言われずとも次々に仕事をこなしていた。
店長さんも感心していて、来週からは店の料理も早速覚えてもらおうかなんて冗談を話すほど、とても早くお店に馴染んでいた。
ていうか制服姿が超かっこよかった。
シャツに黒の長めのサロン姿が、彼のさわやかさを引き立てる。
むむむ、これはもう写真を撮りたい。
どうにかして隠し撮りしたくて仕方ない。
でも、落としたらいけないからとロッカーに携帯を置いてきてしまった。
大失態である。
「しゅん……」
「氷南さん、初日だから大丈夫だよ。徐々に慣れていこう」
別の意味で落ち込む私を優しく慰めてくれる彼には、隠し撮りできなかったからなんて理由で落ち込んでいたなんてもちろん言えるはずもなく。
結局カフェバージョンの泉君で目の保養をするだけの置物、もはや邪魔者である私のアルバイト初日は終わった。
「二人ともお疲れ様。泉君、どこかで働いてたことあるの?」
「いえ。でもこういうお店好きなんで」
「いやあ助かるよ。来週からもよろしくね。氷南さんも……うん、頑張ろう」
「は、はい……」
私は頑張ろうなんだ。
いや、クビだと言われなかっただけマシ、というより店長さんもすごく心の広い人でよかった。
食器持てない食洗器使えない熱いの無理で接客無理でレジもできない。
そんな私を雇ってくれるのだから文句どころか感謝しかない。
……でも、かえってお母さんに報告しよ。
♥
「というわけで、来週からバイトします」
帰ってすぐ、お母さんに力強く宣言してみた。
こういうのは先手を打った方が勝ちだと何かで見たことがあるので、あれこれ聞かれる前にまず報告を。
「ふーん。でも、マスコットみたいで可愛いですねって評価だったけどそれはわかってるかしら」
お母さんが、冷たい目で私を見ながら言いのける。
「マ、マスコットじゃないもんちゃんとお皿洗ったし片付けたもん!」
「……そんなの小学生でもできるわよ」
「い、いいの!私はそれでも大丈夫なの!」
「まあ迷惑かけないようにね」
私の先制攻撃が効いたのか、お母さんがあっさりバイトを許可してくれた。
やったー!と心の中で万歳していると、にやりと笑うお母さんが足を組み替えながら私に質問。
「で。その男の子とは付き合ったの?」
「はぎゅっ!?」
思わず変な声が……
い、泉君と私が付き合う? な、なんの話かな?
「とぼけないの。どうなのよ、実際」
「はむぅ……な、なんもないよ」
「ないことないでしょ。それとも男の子の方は脈なし? だったらあんた、ただのストーカーよ」
「ス、ストーカーじゃないもん!」
でも、それに近いことは何回もやったかも……
だけど泉君だってきっと……きっと、何?
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