86 新学期の決意

「しゅう君」

「どうしたの円?」

「なんでもなーい」


 ふふふ。

 ふふふふ。


 えへへへへ。


 私は決して頭がおかしくなったわけでもどこかを強打したわけでもない。

 

 なんか泉君と付き合ってしばらく経つし、それなりにすることもしてるのにまだ新鮮に大好きだから嬉しいのである。


 大体カップルなんて一年経てば冷めるとかそんな話をされたけど私には冷める気配など一切ない。

 むしろ以前より燃え上がっている。


 恋愛弱者だった私が考察するのも変な話だけど、おそらく世間のカップルはみんなぐいぐいと距離を詰めるものだから、進展も早い代わりに飽きるのも早いのではと、そんなことを思っている。


 私は亀の歩みでなんでも前に進んでいくので、泉君とのこれからも、まだまだ発展途上なのだと思う。

 だからもっといっぱい彼との日々を……


「今日はクラス一緒になれるといいね」

「どきっ」


 そう。今日から学校の新たな一年が始まる。


 始業式に入学式。そしてまた授業……


 でもその前に大事なのがクラス割。

 私は泉君と一緒のクラスじゃないと死んじゃう!


「どうしよう、一緒のクラスじゃなかったら」

「でも香月さんや原さんもいるし、誰かとは一緒だろうから」

「うううう」


 電車の中でこんな会話をしながら登校。

 そして学校に到着すると、広場のところに人だかりが。


 掲示板に新しいクラス名簿が貼られているようだ。

 私は正直見たくなかったけど、泉君に手を引っ張ってもらってなんとかそこまで行く。


 すると。


「まどかー、おはよー」

「あいちゃん!おはよー」

「あんたら仲いいねえ。また同じクラスじゃん」

「え、そうなの!?」

「あら、見てなかった?ちなみに私も一緒。亜美は違っちゃったけど」

「泉君と一緒、泉君と一緒、いじゅみくんと……」

「……よかったね」


 私の人生は不幸の連続だったと、勝手に悲劇のヒロインを自覚している。

 だからこそのご褒美。これはそう、ご褒美だ。


「やったー!」

「ちょ、ちょっと円。みんないるよ」

「泉君、大好きー!」

「ちょ、ちょっ!」


 我を忘れて大衆の面前で泉君に抱きついてはしゃぎまくる私は、新学期早々に学校中の人に覚えられた。


 かつてツンデレラ姫なんて物騒なあだ名を襲名した私は、この度「デレ姫」なんてあだ名に改名されることとなったのである。



「氷南さんだよね?わー、顔ちっちゃい」

「かわいいー。よろしくね」

「あ、あうう」


 新しいクラスに行くとさっき目立ったせいかどうかは不明だけどやたらと初対面の子たちに絡まれた。


 泉君は隣のクラスからやってきた羽田君といつものように仲良さそうに話している。

 ちなみに羽田君と香ちゃんは一緒のクラスだったようで、香ちゃんによかったねと伝えたら「別に」なんて言いながら口元が緩んでいた。


 私より彼女の方がずっとツンデレさん。

 だから私はもうツンツンした自分とはおさらばしようと思う。


「まどか、今日は午前中で終わりだしみんなでカラオケ行こ」

「うん、行く。なんか二年生になってもかわんないね」


 なんて調子のいいことを言っていたが、実際は大違い。

 一気に勉強のグレードが上がったことで、午前中の授業だけで頭がパンクしそうになっていた。


 窓側の席になった私は、いつものように外をみる。

 ここからは体育館がよく見える。


 入学式を終えた新入生が、保護者の人たちと写真をとったりしている風景を見ながら、「あー、いいなあ一年生」なんて思ってたり。

 もちろんその一年生に混ざってしまうことがないように必死に勉強したのだけど、やっぱり大人の階段を昇っていくのは大変なことだ。


 私ももっと頑張って成長しないといけないなと。

 だってそうじゃないとまた、後輩たちから舐められてしまう。


 泉君に迷惑をかけないためにも私自信が尊敬されるような先輩になるんだ。



「あれー、円先輩じゃーん」


 成長の第一歩として、私は泉君に初めてのおつかいを申し出た。

 まずは一人で二人分の購買のパンを買ってくる。それが私のミッション。


 だったのだけど調子に乗って一人でうろうろしていたせいで下校前の新一年生に絡まれた。


 律子ちゃんだ。


「あ、ええと、おはよう律子ちゃん」

「パン買うんすか?じゃあ私のも買ってくださいよー」

「え、ええと、二人分しかお金なくて」

「彼氏のー?じゃあ先輩の分くださいよー」


 先日泉君に叱られたというのに、この子は懲りないようだ。

 というよりなんで同じ学校なのかというところからだけど、ここでひいたら中学の時の二の舞だ。


「やだ」

「え、なんていったの?聴こえなーい」

「知らない。自分で買って」

「生意気じゃん。ふーん、そういう感じかあ。いいけど、あとで覚えててくださいよ先輩」


 律子ちゃんは美人だと女目線でもそう思う。

 でも、悪だくみをしている時のにたっと笑う顔は本当に怖い。


 私はあの笑顔が苦手だ。

 だから震えた。


 もはやパンを献上した方が早いのではと思ったりもしていた。

 でも。


「……ぷい」

「あー、なにそれ先輩無視っすか」

「……し、しゅうくーん!」

「え、なになに?」


 ちょっと強がって見たけど結局怖くて大声を出した。

 すると私のおつかいを心配して近くにきてくれていた泉君が、私の声ですぐにやってきた。


「ど、どうしたの?……って君は」

「あ、やべ。じゃあ先輩、また」

「待て。君、確か店で言ったよね。彼女にちょっかい出したら許さないって」

「覚えてません。私、バカなんで」

「……女子だからって甘くはしないよ。彼女の為なら別にどうなってもいいつもりだから」

「……なにそれ。マジしらけました。もういいです、つまんない」


 悔しそうにしながら律子ちゃんがくるっと向こうを向いて帰っていった。


 そして離れたところで一度こちらを向いて「お幸せに!」と嫌味のように言って走っていった。


「……厄介な子だなあ」

「あ、ありがとう」

「いいよ。それより一人で行かせてごめんね」

「わ、私が行きたいっていったから。でも、来てくれて嬉しい」

「うん。じゃあパン買ったら行こうか。みんな正門で待ってるよ」


 二年生になった初日は波乱だった。

 彼がいなかったら私は中学の時と同じか、それ以上にひどいことになっていたと思う。


 でも。


「まどかおそいよー。まさかパン買うのに迷子?」

「ち、違うもん!後輩にからまれてて……」

「え、一年に?もー、しっかりしろって。で、誰よ?私が今度ひねってやるから」

「も、もう大丈夫。でも、次何かされたらお願いしようかな……」

「任せなさいって。ねー女番長香様」

「変なあだ名付けないで。でも、まどかをいじめる奴は許さないから」

「おーおー、いじめてた人が言うようになったねー」

「うっさいわね」


 香ちゃんとあいちゃんは学校でもとても影響力がある。

 だから私を守ってくれるというのはとても心強い。


 でもでも。


「私、後輩にびしっと言いたいことがあるの。だから今度、ついてきてくれる?」

「おっけー。じゃあみんなでまどかのタイマンを見守ろー」

「おー」


 そんなこんなで結局この後はみんなでカラオケに行った。

 

 それは楽しい時間で、あっという間に今日という日が終わったけど、私は帰って一人、昔の自分の写真を見ながら決意した。


 私、律子ちゃんに負けない!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る