59 楽しいね、夏休み


 氷南さんが親の実家に帰ったのを知ったのは彼女からのライムで。

 そして田舎に遊びに来ないかという誘いも受けて、俺は迷っていた。


 そんな時に知らない番号から電話が。


「もしもし」

「あ、原だけど。泉君だよね?」

「原さん?どうしたの」

「まどかが実家に帰ったって聞いてさー。寂しいしみんなで遊びに行かない?」

「あ、ちょうどどうしようか迷ってたんだよ。ええと、他に誰か誘ってるの?」

「うん、羽ちゃんと亜美。じゃあ今日の13時に駅前集合で」


 唐突に決まった小旅行。

 親に説明すると「いってらっしゃい」の一言だった。


 うちの両親も明日から旅行に行くそうで、ちょうどよかったらしい。


 急いで準備をして、昼飯を買ってから駅に向かうと、既に三人ともが海に行くようなラフな恰好で待っていた。


「泉、遅いぞ。はやく行こうぜ」

「あ、ああ。それで、彼女の田舎ってどこか聞いたのか?」

「え、知らないのか?原ちゃんが訊いてくれたみたいでさ、こっから二時間くらい行った隣の県の海の近くだってよ」


 早速電車に乗って四人で氷南さんの実家を目指す。


 亜美さんとはこの前初めて話したくらいだったけど、羽田の奴は仲が良さそうだ。

 ほんと、どんな女子とも仲がいいやつだなと見ていると、原さんがこっちに来て耳打ちする。


「ねえ、あの二人どう思う?」

「え、羽田と亜美さん?」

「そそ。亜美がさ、羽ちゃんのこと気になってるんだって。だから、ちょっと協力してあげて」

「ああ、そういうことか」


 つまりこの旅行は氷南さんに会いにいく目的の他に、羽田と亜美さんをくっつける目的もある、ということだ。

 

「でも、原さんは」

「私はフリーで楽しむから。でも、ちょっとだけまどかを貸してね」

「貸すだなんてそんな。仲良くしてくれてうれしいよ」

「はあ、そういう優しいとことか羨ましいなあまどかが」

「?」

「なんでもない。じゃあ、作戦は後でね」


 その後は電車の中で四人で話を続ける。

 途中、氷南さんから『今どのへん?』と連絡が来たのであと一時間くらいだと返すと、駅まで迎えにきてくれると返事が。


 別に何日もあっていないわけではないのに、ワクワクしてしまう。

 早く氷南さんの顔がみたいな。



「泉君、こっちだよ」

「あ、氷南さん。おむかえありがとう」

「早く会いたかったもん」

「あはは。俺もだよ」


 泉君が来てくれた。

 加えてあいちゃんや亜美ちゃん、羽田くんも一緒に遊びに来てくれた。


 嬉しくてテンションが上がる私。

 浮足立ったままみんなを実家まで案内する。


「まどか、本当にみんな泊めてもらってもいいの?」

「うん、おばあちゃん家って昔民宿みたいなのやってて。だからいっぱい部屋があるんだよ」

「へー。いいねそういうの。じゃあみんなで夜は遊べるね」


 あいちゃんたちも楽しみにしてくれているようでよかった。


「あ、もうすぐそこだから」


 駅から歩いて五分ほど歩くと実家がある。

 

 駅周りからずっと田舎で、田んぼ道ばかりの風景にポツンと建つ家で、そこからさらに行けば海も見える自然たっぷりな場所だ。


「ただいま。お友達連れてきたよ」

「おかえり円。あら、泉君こんにちは」

「こんにちはおばさん。あの、大勢で押し掛けてすみません」

「いいのいいの、もう用事は終わったし。じゃあ円、みんなを部屋に案内して」

「はーい。みんな、こっち」


 古い木造だが、中は綺麗でエアコンもないのにひんやりとした涼しい空気が漂っている。


「涼しいなあ。空気もいいよね」

「うん、田舎の家って風通しもよくてすごく気持ちいいんだよ」


 得意げに話をしながら奥の部屋に。

 

「ええと、亜美さんとあいちゃんはここ。羽田君はこっちね」

「あの、俺は?」

「……泉君は私と一緒だもん」


 きゃっ、言っちゃった!


「まどかー、一人だけ彼氏とイチャイチャなんてずるいぞー」

「だ、だって一緒にいないと不安だもん!」

「はいはい、じゃあそれでいいわ。ねえ、荷物置いたら海案内してよ」

「うん、いいよ」


 いいよとはいったものの、私はこんなに自然に囲まれた親の実家がありながらも一緒に行く友達がいないので海は小さな時以来。


 しかもこの前勇気を出して買った水着は……ちょっと色々あって使えないし使えたとしても恥ずかしいから着れないし。

 

 うーん、それに泉君以外の人に肌を見せるのはいやだし、私は服着ていこうかな。


「じゃあ十五分後に出発ね。早くしないと日が暮れちゃう」


 あいちゃんがどんどん予定を決めていくので、優柔不断な私はある意味助かる。


 泉君と一緒に部屋に戻って、二人で準備をしてから玄関でみんなを待つ。


 お母さんは、おばあちゃんと一緒に晩御飯の準備をしてくれているそうで、忙しそうだったので一声だけかけて出かけることに。


 もうすぐ夕方に差し掛かる時間だけど、まだ日差しは強い。

 じりじりと焼ける地面の暑さに汗をかきながら海へ。


「あ、潮のいい香りだね」

「そうかなあ。私は海の匂いって苦手かも」


 あいちゃんと亜美ちゃんがそんな話をしながら、海が見えてくると上着を脱ぎ始める。


「よし、泳ごう泳ごう!羽ちゃんも、早くおいでよ」

「よっしゃ。泉、今日はパーッとやろうぜ」

「そうだな。氷南さん、せっかくだし俺たちも楽しもう」

「う、うん」


 夏休み最初のイベントは海。

 みんなで海ではしゃぐなんて、そんな日が自分にも訪れたことに感動しながら、私は泉君と手を繋いでみんなのいる海に飛び込んだ。


 


 

 

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