60 誰にだってそれぞれ事情があるんです
「ぐすん、着替えもってきてないから気持ち悪いよう……」
「氷南さん、水着着てなかったんだね」
「だって、泳ぐつもりなくって……」
海には入らないと決めていた私のこんにゃくみたいな意思は楽しそうにするみんなを見て完全にどこかに消えていた。
勢いよく泳いで騒いで足つって。
そんなことをして帰ろうとした時に着替えがないことに気づく。
「どうしよう、このまま帰ったら怒られちゃう」
「まどか、私のでよかったら貸してあげるよ。何着か持ってきてるし」
「あいちゃん、いいの?」
「いいけど、彼氏とする時はちゃんと自分のに着替えてしてよね」
「も、もう!」
気の利く友人を持てたことで私はなんとか着替えて帰宅することができた。
「でも楽しかったよね海。明日もいきたいなー」
「それより夜、花火しようぜ。俺、結構持ってきたんだ」
「いいねえ羽ちゃん。まどか、花火やっても大丈夫?」
「うん、問題ないと思うよ」
花火かあ。いいなあ楽しみだなあ。
「氷南さん、花火とかワクワクするね」
「うん、楽しみ」
泉君と花火。それだけでワクワクが止まらない。
くっついて一緒に線香花火みて、そのまま見つめ合って、そして……
「にゃー!」
「ど、どうしたの?」
「あ、ごめんなさい」
つい声が出てしまった。
でも、それくらい私は興奮していた。
「じゃあ帰ったらご飯までトランプしよっか」
「うん、するー!」
ルンルンで実家に戻ると、お母さんが私を捕まえて「あんたは晩飯の準備手伝いなさい」と引っ張られていった。
「え、だってこれからみんなでトランプ」
「そんなのあとよ。お客さんをもてなすのがあんたの仕事よ」
「えーん」
♥
「みんなー、ご飯できたよ」
みんなの様子を見に行くと原さんたちの部屋でトランプをして盛り上がっていた。
「ありがとー。もしかしてまどかが料理つくったの?」
「ま、まあね。私、料理は得意だもん」
「へー、楽しみ。じゃあ早速いこっか」
確かに私は料理は得意。
でも、たまご料理限定だけど最近は進化を遂げている。
動画で勉強してなんとハンバーグや肉じゃがもできるようになったので、今日はお母さんに手伝ってもらいながらだけど作ってみた。
泉君、喜んでくれるといいなあ。
「お、うまそー。いただきまーす」
「こら羽ちゃんはしたないって。みんな揃ってからにしなよ」
「い、いいよおばあちゃんとお母さんは後で食べるって言ってたし」
泉君から、亜美さんと羽田君の件については聞いている。
だからというわけではないけど二人はとてもお似合いに見える。
聞けば高校に入ってすぐに亜美さんが困っているところを助けてもらったことがあるとか。
羽田君って誰にでも優しそうだけど、でも興味ないことには首を突っ込まない性格だと思うから、もしかしたら?
「じゃあ、あらためて。いただきます」
みんなで大広間で夕食を。
もちろん私の隣には泉君。なんて言ってくれるかドキドキ。
「氷南さん、これ全部つくったの?どれもすごくおいしい!」
「ほ、ほんと?こ、こんなのでよかったら毎日でも、その、ええと、作ってあげる、けど」
「あはは、じゃあ毎日お願いしたいな。うん、おいしい」
「こらー、二人ともイチャイチャしない」
「あ、あいちゃん!してないもん!」
笑い声に包まれながら、夕食は楽しいもので終わった。
私は終始泉君の顔を見てニヤニヤしながらも、時々羽田君たちの様子を見ていた。
原さんも泉君も同じく気になるようで二人の様子を見ていたけど、どう見てもいい感じに見える。
原さんには少し申し訳ないかもだけど、新しく二人も付き合ってくれたらみんな幸せになってうれしいのになと、そんなことを考えていると原さんが私に話しかけてくる。
「ねえ、まどかってそういえば香とはいつからあんな感じなの?」
「あ、あんな感じ?ええと、別になにも」
「いやあみてても険悪だよ。まあ多分香が泉君のちょっかい出してるからなんだろうけどさ」
「ま、まあ泉君にぐいぐい来られるのは嫌だけど……」
そんな話をしていると、羽田君は一人複雑な顔をしていた。
「羽ちゃんどうしたの?」
「……香はそんな悪いやつじゃないよ」
「え?」
「ご馳走様。俺、ちょっと休むわ。花火するとき呼びにきて」
羽田君は先に部屋に帰ってしまった。
その様子を見て亜美さんもまた複雑な顔をしている。
……羽田君と香月さんって何かあるのかな?
「ま、まあいない人間の話はもうやめよっか。ごめん、私が変なこというから」
「そ、そんなことないよ。それより片づけたら羽田君呼んで花火しよっか」
ちょっと空気が変になってしまったので、一旦各々の部屋にもどってから暗くなって花火をする予定に。
洗い物は泉君と一緒に。
そのあたりは原さんたちが気をきかせてくれて久しぶりに二人きりになれた。
「泉君、なんか楽しいね」
「うん、きてよかったよ。でも、羽田のやつはちょっと心配だな」
「心配?」
「……まあ考えすぎならいいけど」
「?」
あの自由奔放でなんでもありだという羽田君になんの心配があるのか。
でも、泉君はそのあとこの話題には触れなかった。
片付けが終わって少ししてからみんなでまた外へ。
庭、というか周りには誰も住んでないので真っ暗な外で花火を始める。
原さんがうまく機転をきかせてくれながら私と泉君、亜美さんと羽田君に分かれて花火を開始した。
「わー、見てみて!すっごくきれい!」
「氷南さん危ないよ!ほら、ちゃんと下向けて」
「わー、すごいすごい!」
私は久しぶりの花火に終始興奮していた。
もう次々に勝手に火をつけて一人ではしゃいでいると、少し真剣な表情で泉君と原さんが話をしているのを見かけた。
「どうしたの二人とも?うまく火がつかない?」
「い、いやそうじゃなくて。さ、もうちょっとやろうか」
何かあったのかと首をかしげていると、そこでようやく羽田君と亜美さんがいなくなっていることに気づく。
「あれ、二人は?」
「……ちょっと抜けたんだって。でも、待つしかないよ」
「?」
二人きりでどこかに行ったのならそれはいいことなんじゃ?
そんなことくらいに考えていた私だったけど、花火をもれなく全部消化し終わったときに泉君が申し訳なさそうに話してくれた。
「羽田、たぶん香月さんのことが好きなんだよ」
「え?そ、それってどういうこと?」
「……」
泉君の話では、以前より羽田君は好きな人がいると言っていたそうだ。
でも、絶対自分と付き合うことはないしほかにいい子がいたら普通に付き合うとか言ってたそうできにしてなかったようだけど、さっきの反応でピンときたそうだ。
「で、でもそれじゃあ亜美さんは」
「いや、振ってくれたほうが亜美のためなんだけどさ……私もそうとは知らなくて、どうしたらいいか」
「?」
まったく理解が追い付いてない私に、今度は原さんが説明をしてくれた。
香月さんは、本当に人のものが欲しがるどうしようもない性格だということ。
だから羽田君も、香月さんに好意を寄せてもらうために亜美さんと付き合って、そして乗り換えるなんてことにならないか心配だということだそう。
「そ、そんなひどいこと……さすがに羽田君でもそれは」
「まあ、二人が帰ってきてどんな感じか、だね。俺も後であいつに正直なところ聞いてみるし」
なんか普通にみんな好き好き同士でみんなハッピーみたいな安易な考えしかもっていなかった私には、到底理解できない展開だった。
さっきまでのテンションはとっくにどこかへ行ってしまい、家の明かりしかない暗い庭にたたずみ、二人の帰りを待つこととなった。
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